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第三章 復讐編

第134話 鎮魂歌

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「こちらの部屋をお使い下さい」

 執事のヒツジに案内された部屋は、一冒険者の護衛が与えられるような粗末な部屋ではなく、一流ホテルのスイートルームのような部屋だった……と言いたいところだが、何の変哲もない六畳一間の小さな部屋だった。

「食事は給仕の者に運ばせるので、お嬢様からの呼び出し、または不測の事態が起きない限り、勝手に動き回らぬように」

 ヒツジは一礼すると去っていく。

「護衛という名の軟禁状態だな。余程見られたくない物があるのか、それとも……」

 ガチャっ!

 ノックもなく部屋のドアが開けられる。

「こんな部屋でごめんなさい」

「別に客人じゃないからな」

 ごめんなさいと言う割には、メリッサの顔に申し訳なさはない。

「食事は朝と夜の二回、決まった時間に運ばせるわ」

「俺は何をしたら良いんだ?」

「朝食の後は私の部屋に、それからは夜までずっと一緒よ」

「暗殺は夜に来るものだと思うが?」

「朝まで部屋に居られると同衾どうきんの噂がたっちゃうじゃない! これでも一応伯爵令嬢なのよ?」

「一週間後に死ぬ令嬢な」

「だからこそよ! 重要なのは一週間後。それまでは何も起きないから夜の護衛はいらないわ」

 死ぬ運命にある転生者にしては、危機管理能力が欠落している。それが転生者クオリティなのかそれともメリッサが馬鹿なのか、クロとしては殺す事に変わらない。

「ふ~ん」(父親を殺してしまえば回避できるのに馬鹿なのかこいつは)

「詳しい事はまた明日話さない? 今から父にあなたを紹介するから」

 ミルドに会える。

 仲間を死に追いやった元凶であり、復讐のターゲットである男。

 クロは口元が歪むのを必死に抑える。

「今から?」

「えぇ、父は忙しい人だから会うのが難しいのよ。だから急いで!」

 メリッサとクロはミルドのいる部屋まで急ぐ。

 コンコンコン!

「誰だ」

「メリッサです」

「入りなさい」

 部屋へ入ると、書類仕事をしているミルドが満面の笑みでメリッサを迎える。

「どうした? 愛しい我が娘メリッサよ」

「お父様、紹介したい者がいまして」

「紹介?」

 ミルドはギロリとクロを睨む。

「こちら、アースハイド帝国で活動しているAランク冒険者のクロ様です」

「冒険者? 冒険者が何用で?」

「私の護衛に雇いました」

「護衛だと!?」

「最近、何かと物騒でしょう? だからウーツのギルド長が推薦する腕利きの冒険者を雇いましたの」

 ミルドは訝しげな表情でクロを凝視する。

「お初にお目にかかりますミルド伯爵閣下、Aランク冒険者のクロと申します」

「ほう」

 クロは丁寧にお辞儀をすると、ミルドは感心するかのように呟く。
 冒険者は礼儀、礼節を弁えない者が多く、クロのようなタイプは珍しい。

(こいつがミルドか)

【(主ぃ~? なんかこいつ気持ち悪い~)】

(ヴィトお前もそう思うか? 俺もだよ)

 初めて対面するミルドは、表面こそ善人を装っているが、瞳は獰猛な獣のように鋭い。
 それは娘を想う父親の目ではなく、敵を見定めるかのような目だった。

(謀略、調略に長けるタイプか、慎重に行動する必要がありそうだ)

「頭をあげてくれクロ殿、我が屋敷へようこそ」

 ミルドは近づき肩を触り握手を求めてくると、クロはその手を握り笑顔で返す。

「光栄です閣下」

「あはははっ! 閣下など堅苦しいよ、ミルドと呼んでくれ」

 笑顔を見せ、気軽に接するミルドだが、クロの一挙手一投足を観察している。

「たかが一冒険者にそのようなお言葉、感謝の念に堪えません」

「ふむ」

 ミルドは満足したのか席に戻る。

「いつ、侵入者が襲ってくるかもわからないし、私が人質に捕られると困るでしょ? だから専属の護衛に」

ミルドは大袈裟に頭を抱え、立ち上がりメリッサを抱き寄せる。

「私の不甲斐なさで怖い思いをさせてしまっていたのだね? すまないメリッサ、役立たずな父を嫌いにならないでくれ」

「そんなっ! お父様はお国のために必死に……」

(なんだこの茶番は! ターゲットは確認した、今この瞬間に殺すか? いや、ダメだ! 殺しはもっとドラマティックな演出でやりたい! それが死んでいった仲間への鎮魂歌レクイエムとなる)

 その後もミルドとメリッサの茶番劇は続き、クロはいい加減飽きていた。

「ではクロ殿、屋敷内を自由に歩き回る許可を出す、メリッサをそしてこの家を護ってくれ」

 話し合いの結果、メリッサ付きの護衛として正式に雇われる事になったが、追加報酬を払うとの事で屋敷の警備も兼任する事になった。

(高待遇だが、二、三日は大人しくするか……)

 メリッサとクロが部屋から退室すると、ミルドはヒツジを呼ぶ。

 音もなくミルドの傍にヒツジは姿を現す。

「あの男をどう思う?」

「多少の腕どころか、かなりの強者かと」

「素性を可能な限り調べ上げろ」

「はっ」

「それと、監視は怠るな」

「怪しいところがあった場合は……?」

「殺せ」

「仰せのままに」

 ヒツジはミルド伯爵邸の執事長という肩書きと、暗部の長を兼任している。


「じゃあ今日のところはゆっくり休んでちょうだい。護衛は明日から本格的にお願いするわ」

「わかった」

 クロはメリッサを部屋まで送ると、与えられた部屋までゆっくりと歩く。

(既に監視が付いているな、仕事が早い)

【(主ぃ~? 見られてるね)】

(まあ想定内だ)

 部屋へと戻ると、何か仕掛けが施されていないか確認する。

「ん? これは……」

 ベッドの下に隠し戸がある事に気付く。

「どこに繋がってる? 夕食まで時間はあるな……行くか」

 監視の目は屋根裏に潜むなど、忍者のような監視体制ではなく、屋敷内の使用人に扮するタイプだった。

 音を立てずに隠し戸を開け、僅かに入る光を頼りに暗い道を進むと行き止まりになっていた。

「行き止まりか? いや、何かあるはずだ……」

 手探りで周囲を探索すると、小さな凹みを見つけた。

「これかな?」

 凹みを押すとガコンッ!と音がし、壁が少しズレる。その壁を押すとゆっくりと回転しクロは外に出る。

「ふんっふふーんふふふんふんふん♩ ふ……」

「あっ」

 クロは冷静にゆっくりと回転した壁を元に戻し部屋へ戻った。

 壁の向こう側から何やら叫び声が聞こえたが、不可抗力で回避不能な事故だと自己完結した。

「やはり、おっぱいは正義だな」

 ラッキースケベに遭遇し、良い夢が見れそうなクロだった。
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