婚約破棄されたので、脚本書きました

桜野なつみ

文字の大きさ
3 / 3

帰宅

しおりを挟む
控室では甘いものを食べながら一通り愚痴を言い終えると、
再び重たい沈黙が落ちていた。

エリセがぽつりと呟く。

「……私、帰ったらどうなるのかしら。
お父様、たぶん……修道院に送り込むとか言い出すわよね……
だって私、王太子殿下から婚約を破棄されたのですもの……」

再び泣き出したエリセの背をさすり、侍女が慌てて首を振る。

「そんなこと……お嬢様は何も悪くございません。きっと旦那様も分かってくださいます」

「いいえ……お父様は体裁を気になさるわ。きっと、私をどこかに放逐なさるわ……」

マリエットも深くため息をつく。

「……うちは実家の領地の田舎に、しばらく押し込められるでしょうね。
向こうで適当な人と結婚させられるか……修道院かしら?
なんで私たちばかりが、こんな目に遭うのよ……」

エリセも苦しげに頷く。

「いっそ、最初から婚約なんてなかったら良かったのに……」

その会話を、リディアは黙って聞いていた。

(……修道院……田舎領地……
そうなる人も、きっとたくさんいるんだろうな……)

二人の怯えと絶望が、リディアの胸にもじんわりと広がる。
彼女はただ静かに、言葉を飲み込んでいた。

そのとき、控室の扉がノックされた。

「ヴェルディア侯爵家の馬車が参りました」

エリセが立ち上がる。

「……行ってきます。マリエット、あなたも気をつけて」

「ええ……あなたもね、エリセ」

続くノック。

「アシュベル伯爵家の馬車が参りました」

マリエットも立ち上がった。

「……はあ。帰りたくない……」

エリセがそっと肩を抱く。

「大丈夫よ……また、会いましょうね」

「そうね。もしかしたら、同じ修道院にいるかもしれないわ」

二人は控室を出て行った。

室内には、リディアだけが取り残される。

しばらくして、控室前で足音が止まり、侍従が声をかけた。

「フェルマー子爵家の馬車も、まもなく参ります」

リディアは、静かに頷いた。



小さな屋敷に、リディアは戻ってきた。
高い門も豪華な玄関もないが、温かい灯りが迎えてくれる。

扉を開けた瞬間、母がぱっと駆け寄った。

「リディア! 聞いたわよ!」

「……ただいま……お母様」

家族以外には聞き取れない小さな声でも、母はしっかり受け止める。

奥から父が現れた。
普段は穏やかで優しい人なのに、今日は目が鋭い。

「リディア……断罪、だと!? あの若造が……!」

母はリディアをぎゅっと抱きしめ、優しく言う。

「大丈夫よ、リディア。ここにいればいいの」

「クソッ……! 何をどう勘違いしたら、うちの娘を……!」

父の声は低く震えていた。

そこへ兄と弟も飛び出してくる。

「リディア!!一体 何されたんだよ!?」
「“姉さまが乱暴した”とか言ってたって聞いたぞ! 絶対嘘だろ!!」

騒がしくも温かい家族。

リディアは、ひとつひとつ説明した。
あの断罪劇が、どれほど稚拙で“芝居めいていたか”も。

話し終えると、家族の反応はほぼそろっていた。

父「……あの愚か者め。次に会ったら殴る」
母「殿方って……本当に涙に弱いのね」
兄「気づけよ、バカかあいつは」
弟「姉さま、あんなやつ別れて正解だよ!」

怒りは激しいが、暗さはなかった。
むしろ、どこか明るく吹き飛ばしてくれるような空気すらあった。

父は腕を組んで言う。

「場合によっては、この国を出て、隣国の我が実家に身を寄せてもいい。
お前が望むなら、すぐにでも送るぞ」

母も頷く。

「あなたのお父さんの実家は芸術の国だもの。
そこなら、ゆっくりできるわ」

兄と弟が食い気味に賛成した。

「姉さま、絶対行ってきたほうがいいよ!」
「うん! しばらく帰ってこなくてもいいぞ、こちらは俺がなんとかする!」

その勢いに押されながら、リディアは小さく首を振る。

「……国を出る気は……ないよ……
でも……少しだけ……隣国に……いたい……」

父はふっと表情を和らげた。

「そうか。ならそれでいい。
お前が心を休められる場所で、しばらく過ごすといい」

母も、娘の肩を優しく撫でる。

「ええ。戻りたいと思ったときに戻ってきなさい」

リディアは静かに「うん」と答えた。



その後すぐに、リディアは隣国へ発った。
一緒に断罪された二人の令嬢は……やはり令嬢の地位を失ったらしい。
そしてあの“泣き芝居”の一年生は、彼らの側に居座り続けているという。

そんな噂は、逐一兄弟が知らせてくれた。

隣国の公爵家――父の実家。
芸術家たちを多く抱える、少し変わった家だ。

祖父母にあたたかく迎えられ、リディアは静かに毎日を過ごした。

そして夜になると、必ず行うことがあった。

窓の外の月は白く光っている。

リディアは深く息を吸った。

机の引き出しから、真っ白な原稿用紙を取り出す。

ゆっくりペンを置き――。

「…………書く」

小さな声が、誰もいない客間に落ちる。

怒りも、悔しさも、哀しさも。
エリセとマリエットの涙も、侍女と侍従の証言も。

全部、全部。

物語に変えて。

ペン先が静かに走り出した。

――リディアの“脚本家としての反撃”が始まった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました

er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?

婚約破棄までにしたい10のこと

みねバイヤーン
恋愛
デイジーは聞いてしまった。婚約者のルークがピンク髪の女の子に言い聞かせている。 「フィービー、もう少しだけ待ってくれ。次の夜会でデイジーに婚約破棄を伝えるから。そうすれば、次はフィービーが正式な婚約者だ。私の真実の愛は君だけだ」 「ルーク、分かった。アタシ、ルークを信じて待ってる」 屋敷に戻ったデイジーは紙に綴った。 『婚約破棄までにしたい10のこと』

「婚約破棄だ」と叫ぶ殿下、国の実務は私ですが大丈夫ですか?〜私は冷徹宰相補佐と幸せになります〜

万里戸千波
恋愛
公爵令嬢リリエンは卒業パーティーの最中、突然婚約者のジェラルド王子から婚約破棄を申し渡された

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

婚約破棄されるのらしいで今まで黙っていた事を伝えてあげたら、一転して婚約破棄をやめたいと言われました

睡蓮
恋愛
ロズウェル第一王子は、婚約者であるエリシアに対して婚約破棄を告げた。しかしその時、エリシアはそれまで黙っていた事をロズウェルに告げることとした。それを聞いたロズウェルは慌てふためき、婚約破棄をやめたいと言い始めるのだったが…。

義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので家出してあげたら、大変なことになったようです

睡蓮
恋愛
婚約関係にあったビショップ伯爵とエレナは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、エレナの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、エレナは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

処理中です...