野獣のうぶな恋心

あーす。

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5 恋の結末

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 ファントレイユがどんどんイラ立ちを増すのをターレフは感じたが、どうしようも無かった。

廃屋から納屋。
そして屋敷内のコテージ。

もう四カ所を見て回ったが、彼らの姿は見つからない。
中を覗く度、後ろの野次馬軍団がファントレイユをいちいち覗き込んでは、諦めろと目で促し。
その度にファントレイユに凄まじい目で睨み返される。

五カ所目の荒野の狩猟小屋を覗いた所で、栗毛のランクが言った。
「…もしかしてテテュスは特別な相手だから、宿屋に連れ込んでないか?」

ターレフが振り返ると、銀髪のイーライが肩を揺らす。
「さっき寄ったコテージの側の宿屋だ。
ちょいと聞いてきたが、あいつあそこに泊まってる」
「…胸のうんとせり出した色っぽい未亡人がやってる、馬鹿高くて貴族趣味に走った内装の宿屋か?」
ターレフが聞くと、ランクはぼやいた。
「…あれで一応貴族なんだぜ?
品があるだろう?
お前、口説いて振られたじゃないか。
身分の高いいい男じゃなきゃ、なびかない」

ターレフは下を向いたまま、唸った。
「お前、俺よりグエンの方がいい男だと、さりげなく言ったろう?今」
ランクは肩をすくめた。
「…そのつもりは無いが、確かにグエンの時はあっちの方からすり寄っていたよな…」

だん!
ターレフは足で地面を思い切り踏みつけると、顔を上げてにっこり笑った。
「じゃあ、行こうか?」

ギデオンがファントレイユを見、ファントレイユは視線を感じてギデオンに振り向き、肩をすくめて見せた。



 宿屋の玄関口には確かに貴族らしい、品のいい貴婦人が出て彼らを出迎えた。
「宿屋と言うより屋敷だな」

ギデオンがつぶやくと、貴婦人は彼を見て目を丸くする。
「元、右将軍ご子息じゃ、あられません事?」
ランクがターレフを見、ターレフは思い切り、ため息を付いた。


貴婦人がギデオンだけを、それは丁重にもてなしたのは言う迄も無かった。
ギデオンだけは、それは豪華で立派な一人掛けの椅子に座らせ、後の野次馬軍団は壁にもたれて立たされていたからだ。

更にそれは胸の開いた衣服で彼女自らお茶を手渡したのは、やっぱりギデオンだけで。
ギデオンの目前に、そのせり出した白い胸の谷間がくっきりと見えた。

どう見ても彼女が来客用に使う立派な応接室で、調度品も見事だった。

女中からお茶のカップを手渡され、イーライが隣のランクに小声で囁く。
「お前、ここに通された事あるか?」
ランクが首を、横に振る。
イーライは俯き、溜息交じりに同意した。
「俺もだ………」

隣の、小振りな椅子にファントレイユは掛けていたが、口を開く前にギデオンが察し、その上品な女将さんに尋ねる。
「グエン=ドルフが泊まっていると聞いたんだが」
「あら……!あの東領地ギルムダーゼン大公の、金髪の息子さんね?
ええ、お泊まりですわ」

ファントレイユが思わず、身を乗り出す。
「ここに今、居ますか?」
婦人はファントレイユの綺羅綺羅しい美貌も、それはお気に召したようだった。
にっこりと微笑むと
「まだ、帰ってはいらっしゃらないけれど」

途端、ファントレイユががっかりする様子を目にし、ギデオンは気遣う表情をファントレイユに向けて囁く。
「…ファントレイユ。
だが私はテテュスがどうしても大人しく、グエンの手管に乗るとは思えないんだが」

ファントレイユはギデオンを見つめると、そっと言葉を返す。
「…殴り合って、無いといいんだが」

ターレフが壁際から唸った。
「グエンが、自分の可愛い子ちゃんを殴ったりするもんか。
相手が気絶していたりどっか傷めてたりすると、全然楽しめないっていつも言ってるからな。
きっと、とっくに縛り上げてるぜ」

ギデオンもファントレイユも、背後からの声に同時に顔を揺らす。

「…グエン=ドルフは、やっぱりケダモノのようだな」
ギデオンが掠れた声でつぶやくと、ファントレイユも頷く。
「…テテュスに散々した忠告が、役に立ってくれてると良いんだが………」
「何て、忠告してるんだ?」
「絶対隙を見せるなと」

ギデオンはたっぷりファントレイユの顔を、見る。
「だがグエンはいつも君を、トラブルから助けてたろう?」
ファントレイユは下を向いて、吐息を吐き出す。
「テテュスの機嫌を取る為だ」

ギデオンは呆れた。
「…私はてっきりテテュスとグエンは友達で、グエンは実は君を、口説きたいんだと思っていた。
親友(テテュス)の手前、それが出来なくて我慢してるんだと」
ファントレイユはムキになる。
「…ギデオン。それは全くの誤解だ。
あいつが自室に誘うのは、決まってテテュスだ」
ギデオンが顔を上げる。
「だって君もいつも、一緒に出かけていたろう?」

後ろから再び、ターレフの声が飛ぶ。
「世間じゃそう見えたのか?
こいつはテテュス可愛さに、グエンと二人切りにしない為、毎度邪魔しに付いて来てただけだ」

ギデオンがまた、たっぷりファントレイユを見つめた。
「…邪魔してたのは、君の方なのか?
テテュスじゃなく?」
「そう。私があいつの邪魔していた。
あいつ、私がテテュスのいとこじゃなけりゃ絶対、私を殴ってるぞ!」

「…まあ、あれだけ邪魔しちゃな……」
後ろからぼそりと声がし、また別の声が響く。
「可愛い子ちゃんは殴らないぞ。
テテュスのいとこじゃなきゃ、間違いなく犯されてる」

ギデオンは野次馬軍団の方に一瞬振り向き、ファントレイユに視線を戻して尋ねる。
「グエンは怒ると犯すのか?
…不自由はしてないって話だが」

ファントレイユはギデオンに、言い聞かせるように囁く。
「ギデオン。相手は言葉の通じない野獣なんだ。
気に入らない相手を黙らせるのに、乱暴者だと殴り、可愛い子ちゃんなら犯して鼻っ柱を、へし折るつもりなんだろう?」

ギデオンはこっそり問うた。
「君、可愛い子ちゃんだなんて言われて、よく黙ってられるな?」
ファントレイユはだが、テテュスの事が余程心配なのか、俯いてぶっきら棒に告げる。
「言わせておくさ」

ギデオンはファントレイユのその様子に、思い切り肩をすくめた。

が、その時だった。
背後の野次馬軍団が、ざわめいたのは。

一斉に、窓に寄る。
ファントレイユとギデオンが気づくと、その窓の外に、馬から先に降りるテテュスと馬上のグエンの姿を見つけた。

野次馬軍団は一斉に窓を開け放っては、グエンに手を振り叫ぶ。

「グエン!!やったな!」
「とうとう落としたのか?!」
「とっとと言え!賭けの総取りが、かかってんだぞ!!!」

グエンはその、屋敷の窓から囃し立てる見慣れた面々を見やり、ため息をつこうとし、その横の窓辺に、猛烈に怒ったファントレイユの綺羅綺羅しい美貌が睨み付けてるのを、遠目で見た。

テテュスが騒ぎに気づいて振り向き、途端窓辺にファントレイユの顔を見つけ、笑顔で叫ぶ。

「ファントレイユ!」

手を振るテテュスを見、ファントレイユが一気に、安堵で気が抜けたように体中の緊張を解く様を、ギデオンが隣で見守った。

「ギデオン!君迄どうしたんだい?」
テテュスに声を掛けられ、ギデオンは怒鳴り返す。
「君の姿が見えないと、ファントレイユがそれは心配していたから、付き合ってたんだ!」

テテュスは嬉しそうにギデオンに微笑むと
「ありがとう!」
と叫んだ。

ギデオンは素直な感謝の言葉に頬を染めると、隣でまだぐったりするファントレイユにそっと言った。
「君もテテュスも、本当に素直に感謝の言葉を述べるな」

だがファントレイユはまだ復活しないまま、片手を窓辺に掛けて体を支え、俯いたまま呟く。
「感謝は素直に述べるものだと、教わらなかった?」
「それはそうだが……。テテュスのはちゃんと、感情がこもってる」

ファントレイユは顔を、上げる。
「礼は言っても、心がこもっていなければそれは、ただの言葉だろう?」

そう言うギデオンに、ファントレイユは言葉を返そうとした。
ためらい…だが、それを口にした。

「…じゃあ君は、感情のこもらない感謝を、いつも受けている?」

ギデオンは、ファントレイユが気の毒そうにそれを言ったのに気づく様子なく、笑って返す。
「まあ、そうだ」

ファントレイユは暫くギデオンのその素晴らしく綺麗な横顔を、じっと見つめていた。


女将が、下品な男達が大騒ぎする様子に、高価な調度品を壊されては!と、慌てて彼らを部屋から追い立て、大広間に押しやった。

泊まり客が食事や飲み物を取る部屋で、彼らはそこでグエン=ドルフとテテュスが現れるのを、今度は椅子に掛けて待つ。

扉が開くと一斉だった。
やんやの大騒ぎで、ファントレイユはいつもグエンが、彼らにウケのいい事をする度にこの騒ぎを目にしたのを、思い出していた。

が、テテュスが長身グエンの後ろから姿を現すと、ファントレイユは一気に彼の前へと飛んで行く。
心配げなファントレイユの顔を見て、テテュスは胸を傷める表情を浮かべ、顔を傾けた。
「ファントレイユ」
「……無事で、良かった!」
言って、ファントレイユは大事ないとこを抱きしめた。

と、言ってもテテュスの方が大柄だったから、テテュスの胸に顔を埋めた。と言った方が的確だったかもしれない。

だが野次馬達は一斉に、ブーイングを始めた。

ギデオンは、他にも客が居るのにな。と思い、この騒ぎに顔をしかめる数人の、彼らから離れた椅子に座る客の男達をチラリと見た。

「…冗談だろう?テテュスが無事だなんて!」
「間違いなくやったんだろう?今度こそは!」

全員が、グエン=ドルフを、凝視した。
グエンは暫くファントレイユを抱くテテュスの、心配かけて悪かった。
という様子を眺めていたが、ほっと吐息を吐いてかつての悪友どもに、顔を上げて唸る。

「…まさか賭けてたんじゃ、ないよな?」

一人が叫ぶ。
「賭けて無い訳、無いじゃないか!!!」

グエンはうんざりして言った。
「どっちなんだ」

「やっちまったんなら、俺の一人勝ちだ」
グエンは思い切り、肩をすくめた。
「ネイサン。俺の部屋にドスキュルの特級酒がある」
「勿論、頂く」

だがその他の野次馬達はグエンの首尾に気づいた様子で、一斉に落胆のため息を吐いて俯く。
ネイサンの、まだ尋ね顔に、とうとうグエンが怒鳴った。
「いい加減察しろ!!!」

だがネイサンは泣きそうな表情をした。
「頼む!俺が勝ったと言ってくれ!!!」
グエンは怒鳴り返す。
「…俺だってどれだけお前が勝ったぞと、言ってやりたいか解らないか?!」
だがネイサンは引き下がらなかった。
「そんなにしたいんなら手伝ってやる。
今からだって全然遅くないぞ!」

引こうとしないネイサンに、皆が一斉に呆れ顔を向ける。
「…ファントレイユはどうする?縛り上げるのか?」
ターレフに聞かれ、ネイサンは俯く。
「縛るんなら直ぐ口を塞がないと。
あいつに喋られると、そりゃあ落ち込む言葉を山程投げつけられるからな」

ランクがぼやく。
「…きっちり、本気だな」
「グエン。お前だって本気なんだろう?!」
ネイサンのフリに、グエンは言葉を詰まらせた。

イーライが、グエンの様子にネイサンを諭す。
「いい加減察してやれ。
あいつ、テテュスには本気過ぎて手が出せないんだ」

が、隣の男は怒鳴った。
「…違うだろう?
テテュスを犯そうとする度、父親のアイリスの、一見優雅なそれは恐ろしい顔がチラついて、怖くて手が出せないんだ」
「じゃ、なくて!
テテュス相手に迂闊にキス以上の事をしようとしたら、格闘になるからだ」

全員色々な意見を捲し立て、ギデオンは椅子にかけたまま呆れて頬杖ついて、見物に徹した。

「…グエンが本気なら、とっくだろう?」
「だから!本気以上の本気だからだ!」
「アイリスが怖いに決まってる!
あいつ、呼び出されたんだろう?
自分の息子に悪さしそうな奴は、呼び出しを喰らうんだぞ!」

ギデオンが見ていると、グエンは騒ぎを静めようとせずに部屋を出て行った。
暫くは怒鳴り合いが続き、テテュスとファントレイユがそれを聞いているギデオンの横に、揃ってやって来る。

ギデオンは横のテテュスを見上げる。
「テテュス。
私はまた、グエン=ドルフはファントレイユを口説きたいんだとばかり、思ってた」

テテュスはそれは、暖かに笑った。
「でも、それはそうかもしれない。
私の手前、絶対ファントレイユに手なんか出せないし、出させないからね」

ギデオンは、やっぱり?とテテュスを見、ファントレイユを見た。
が、ファントレイユは押し黙り、肩をすくめただけだった。

ファントレイユがそっと小声で、隣のテテュスに尋ねる。
「で?あいつ何て言ったんだ?」
「私の事が、好きだって」

テテュスが優しげな顔でさりげなく言い、ギデオンは目を見開いてファントレイユを見た。
だろう?と言うファントレイユの顔を見て、ギデオンはテテュスに尋ねる。

「君は何と答えたんだ?」
「私も、好きだって言った」

どこかヘンか?と、いう顔でテテュスが言う。
ギデオンの瞳が、もっとまん丸になった。

「…つまり、告白しあったのか?」
テテュスは笑った。
「だってそれを言うなら、私はファントレイユは勿論の事、ギデオン。
君の事もとても好きだ」

「…………………。君の好きは、そういう意味か?」
テテュスは驚いたように、ギデオンに聞き返す。
「他に、あるのか?」

ファントレイユが、きっぱり言う。
「間違いなく、グエンの意図する好きとは違うとは思う。
で、乱暴はされなかった?」

テテュスは困ったように肩をすくめる。
「それは無いが、犯罪者にされかけた」

つい、意味を計りかねてギデオンとファントレイユは顔を、見合わせた。

扉が開くとグエン=ドルフは両手で瓶の数十本入った木箱を、抱えて入って来た。

悪友共が一斉に、わっ!と取り巻く。
その箱を彼から受け取り、リレーのように瓶を次々に木箱から持ち出し、手渡し栓を抜く。

グラスを棚からしこたま出しては、注いで飲み始める。

ネイサンが怒鳴った。
「俺の分を確保してくれ!
酒だけでも、ぶんどってやる!」
「欲しいんなら自分で取れ!」

悪友共は陽気に騒ぎ始めると、その場に居た他の泊まり客に迄、酒を振る舞い始めた。
「ドスキュルの特級酒だ!」

客達はグラスを手渡され、目を丸くした。
「滅多に飲めない、高級酒じゃないか!」
「堪能してくれ!」

カチンと、グラスを鳴らす音があちこちでする。
ギデオンは酒が大好きだったので、とっくに二杯目をあおっていた。

騒ぐ連中から少し離れ、グエン=ドルフは巻き込まれて酒を振る舞われるテテュスを、見つめていた。
酒が入り、ほんのり頬がピンクに染まっていた。

ファントレイユが、グエンの横に付く。
腕組みしている長身のグエンを見上げ、それは気迫籠もる瞳を向け、言った。

「大事になってたら、俺だけでなくアイリスだって、黙っちゃいないからな」

グエンは暫く、ファントレイユのその、威嚇するような美貌を見つめて脅しを聞き、ぼそりと言い返す。
「今度俺を脅したら犯すぞ」

だがファントレイユは腸が煮え繰り返っているようで、もっと低い声音で腹の底から静かに、怒鳴り返した。

「…やって、みろ。
テテュスに永久に、笑いかけて貰えなくてもいいんならな!」

こちらの弱味を知り尽くしているその小憎らしい美貌を、グエン=ドルフはそれは忌々しげに見つめた。

「暗闇で相手が解らず犯されたら、俺だと思っていいからな!」
「馬鹿だな。どんな闇でもお前が解らない訳無いだろう?
ちゃんと、相手は暗くて見えなかったが確かにグエンだった。
と、テテュスに言ってやるさ!」

グエンはそれは本気で睨んだが、ファントレイユも負けないくらい本気だった。

テテュスが睨み合う二人の横に付く。
「飲まないのか?」

グエンが途端、表情を緩める。

ファントレイユは思い切り肩をすくめたが、取りあえずこれだけ大勢が居たら何も出来ないだろう。
と、彼らを残し一緒に陽気に騒ぐギデオンの隣に付き、酒のグラスを口にした。

グエンはまだ怒りに総毛立ってはいたが、テテュスの温もりある存在に、緊張が一気にほぐれるのを感じる。

「…テテュス。本当に時間が取れたら、東領地ギルムダーゼン迄来るな?」
テテュスは頷いた。
グエンがそれは、寂しそうな顔をしたので。

「グエン。
本当は東領地ギルムダーゼンではちっとも、遊べないんじゃないのか?
教練の頃は寂しいだなんて素振りは、全然無かった」
「だってお前が居たじゃないか」

テテュスは暫く、そう真顔で返すグエン=ドルフを見つめる。
「でもあの頃君の寝室にはいつも誰か、居たろう?
東領地ギルムダーゼンではそうはいかなくて、だからとても寂しいんだろう?」

やっぱり解って無いテテュスに、グエンは思い切り、心の中でため息を付いた。
そっ、とテテュスの腰に腕を、回す。

優しくするつもりもあったが、性急にしたりしたらテテュスの反撃を、喰らうと意識したのも確かだった。
気配を極力消し、動きを読まれないよう、テテュスの頭の後ろにそっ、と手を回して自分に引き寄せる。

それと気づかれず唇を奪うのはいつも成功したが、今度も大丈夫だった。
テテュスの柔らかな唇はそれは甘くて、酒の味が残り少し、苦かった。

「グエン=ドルフ!貴様…………!」

怒髪天を突くようなファントレイユの怒鳴り声に、だがさすがに悪友共は気をきかせて彼を、こぞって取り押さえてくれた。

テテュスはじっとしていたが、自分に何が起こっているのか、解らない様だった。
それで顔を上げて一瞬見つめ、顔を傾けてもう一度、口づけた。

そっとテテュスの唇に、唇を押し当てるだけで胸が、いっぱいになる。
グエンはつくづく、自分は重傷だ。と自覚した。

だが舌なんか入れたりしたらもう他も欲しくなるだろうし、そんな事になったらテテュスは自分をそれは、軽蔑するだろう。

あの濃紺の瞳に侮蔑が浮かんで自分を見つめると思うと、胸が潰れそうな気がしたから、グエンは自分ですら自覚する野獣だったが、それは大人しく、唇を重ねるだけのキスを続けた。

「ギデオン!頼むから俺の代わりにあの野獣を殴ってくれ!」

取り押さえられてファントレイユが叫ぶが、悪友共は言った。
「ほっとけ、ギデオン」
「あれがグエン=ドルフの挨拶だ。
親しい奴には大抵、やる」
「…な訳、無いだろう?…いい加減放せ!!!」
「放したらグエンを殴る気だろう?」
「ここで乱闘なんかしたら、あの未亡人を二度と口説けない」
「お前もう振られただろう?」
「それで引き下がったら、情けないじゃないか!」
「ターレフが振られる方に賭けるぞ!」
「俺もだ!」
「じゃあ俺は、五度目の成功に賭ける」
「いやもっとかかるんじゃないのか?」

グエンは腕に抱くテテュスの温もりに、思い切り浸っていたかった。
が、あまりの外野の五月蠅さに、唇を離し顔を上げ怒鳴った。

「全然ムードが出ないぞ!
振る舞ったのは特級酒なんだ!
もっと気を使え!」

全員が、グエンの様子にどっ!と沸き返り、一人が楽器を部屋の隅から取り出し音を奏で始めると、誰かが歌い出し、調子っぱずれの声が次々に参加した。

それは失恋の歌で、振られて惨めだが、思い出は残る。日はまた登る。
という内容だった。

“…だから、諦めるのはまだ早い。
いつかこの気持ちが、愛しのあのこに、届く日が来る。
…それでも応えてくれるとは限らないが、日はまた登る。
恋はきっとまた、訪れる"

グエンがわなわなと震え出す。
「いい加減にしろ!!!
俺は失恋、した訳じゃないんだぞ!!!」

だが悪友共は、酔っていた。
「どうせコクって無いんだろう?」

「弱虫のグエンに、乾杯!」
「意気地無しのグエンに!」
「情けないグエンに!」
「弱腰のケダモノに!」
「牙を抜かれた猛獣に!」

テテュスが心から呆れた様子で、彼らを見た。
そして怒りで震えている、グエンを見上げる。

「君の、言った事が本当なんだろう?」

グエンは、問う顔をテテュスに向けた。

「失恋、した訳じゃないって」

テテュスのそれは、グエンが自分に恋心なんて抱いてはいないから当然、失恋も無い。
という意味だったが、グエンは解っていても、自分の都合良く解釈する事にした。

自分はまだ、決してテテュスに、振られてなんかはいないんだと。

             
         


       END


タイトルを、『懲りない野獣』に変えた方が、良かっただろうか……………。




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