森と花の国の王子

あーす。

文字の大きさ
10 / 418
略奪

出陣前の森と花の王国〔シュテフザイン〕王城にて

しおりを挟む
 その日、レジィリアンスは国王である父の元へ、次々に慌ただしく使者が駆け込むのを見た。

彼は自室に居るよう命じられ、寄り添うように横に立つ、従者エウロペを見上げる。
エウロペはレジィリアンスより、うんと背が高かったから。
自分を見下ろし、優しげに微笑むエウロペに、レジィリアンスは不安を隠さず囁く。

「…また、戦ですか?」
エウロペは安心させるような、暖かな笑みをレジィリアンスに投げかける。
「心配はいりません」

穏やかな口調。
全てが、分かっているかのような落ち着き。
けどレジィリアンスは納得しない。

「…でも、なぜ。
古くからの友好国である中央王国〔オーデ・フォール〕が、攻めてくるのですか?
条約はどうなってしまったの?」

エウロペはため息をついた。
その理由を、当事者の彼に説明するのは、難しい。
王子であるレジィリアンスに、それでも大丈夫、と笑ってみせた。

「大事にはなりませんよ。
最初の領土を攻められた時も、領土を取られはしたが、死人は出ていないんです」
「それでも…」

言いよどみながらも、レジィリアンスは言葉を続けた。
「今また使者が、父上の元に訪れています」

それに呼応するかのように、扉は開き、入って来た召使いに、エウロペは呼ばれた。
「王様がお呼びです」

レジィリアンスは不安げに、エウロペを見上げる。
エウロペは一瞬、この呼び出しがレジィリアンスの更なる不安をかき立てるだろうと、眉をひそめ、短い吐息を吐き、首を微かに横に振った。

が、エウロペはそれでも。
この華奢で少女と見まごう美貌の王子に、微笑んでみせる。
細い肩に落ち着かせるように温かな両手を乗せ、優しく見下ろして囁く。
「行って来ます。
いたずらに不安がっては、いけませんよ?」

言い諭すようにそう告げると、もう一度微笑んで、エウロペは出て行った。

レジィリアンスはエウロペの、頼もしい後ろ姿を見送る。
高い背。
広い肩幅とがっしりとした体格。
でもその足運びは、音もせずとてもしなやか。

エウロペの顔は、どちらかと言えば菱形に近い形をしていて、頬骨が少し出ていた。
髪は明るい栗色。
明るくくっきりとした爽やかな緑の瞳は際だって、彼の全てを物語っていた。
彼に出会った者全て、彼に好感をもたずにはいられない、爽やかさと、暖かさと、信頼感を醸しだしていた。

エウロペは『王国の宝』と称される、ルーベリール家の長子。
この家は代々王家に、息子を捧げる。
その為、エウロペは子供の頃から、あらゆる訓練を課せられていた。
薬草、社交、地理、護衛術。
言うまでも無く、武術や剣術も。

彼の落ち着きは数々の経験からくるもので、彼は国民に
『民の中から出た、民に近いもう一人の王様』
と言われるくらいの信頼を得ていた。

本来王に付くはずのこの人物は、レジィリアンスが王の弟大公の手の者に命を狙われ、ついには安全のため、王城を出なくてはならなくなった時。
王の命を受け、王子の護衛となった。

幼い王子を連れ、それでも隠れ家を襲う暗殺団から王子の命を守りきり、数ヶ月後ようやく、レジィリアンスは王城に戻る事が出来た、その矢先の大国の襲撃。

「(けれど、エウロペさえ側にいてくれたら…。
どんな時も、安心)」

幼い頃から常に側を離れず、どんな不安からも護り切ってくれたエウロペへの信頼で、心に暖かな安心が広がる。

『王家の宝』と呼ばれるこの人物を自分に付けてくれた、父王の心使いに。
レジィリアンスは感謝せずには、いられなかった。


 国王居室に呼び出され、エウロペは王の表情を覗う。
困惑を通り越し、怒りを見せていた。

「ではどうしても…」
エウロペは小声で、王の決断を尋ねる。

王は即座に激高し、振り向き怒鳴った。
「他に方法があるか?
…とんでもない条件だ!!!」

「もちろん、それは承知。
しかし、王自らご出陣とは…。
どうか、お考え直すか、私を供として戦場にお連れ下さい」

この信頼感溢れる有能な男の申し出に、王はそれでも首を、横に振った。
「異母弟の陰謀で、レジィリアンスは何度も命を落としかけ、長い間城中にすら居られず。
諸侯を転々せざるを得なかった。
君のお陰でやっと…この城に王子を戻す事が出来た矢先の、この非道なる申し出!!!
レジィリアンスにここで、安心して暮らしてもらいたい。
その為に、君の力がいる」
言い切る国王に、エウロペはそれでも喰い下がる。
「しかし…」

が、王はエウロペの言葉を阻み『何も言うな』と、目で諭した。

エウロペは首をたれた。
この、たおやかでしなやかな、野生と自然の優しい気配を持つ男は、それでもたちこめる暗雲と心配を振り払う事が出来ず、王を見つめる。

が、固い決意を王の横顔に見つけ、ひそめた声で囁く。
「どうか、どうかご武運を」

王は頷き、言葉を返した。
「王子を頼む」

エウロペは深くこうべを垂れ、その言葉に応えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

雄牛は淫らなミルクの放出をおねだりする

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...