アグナータの命運

あーす。

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夢の中の逃避行

189 隠れ家

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 皆が洞から出た時、既に足元には4センチ程の雪が積もり始め、まだ吹雪のような雪は止む様子が無い。

結局この雪で、南尾根に一番近いロレンツの別荘へ行く。
と話は決まってたから、一同は雪を踏みしめ、黙々とそこに向かう。

岩の点在する南尾根。
が、切り立つ岩もどんどん雪の冠を被り、行く手は真っ白な雪景色。

アリオン、シーリーン、ファオンはマントのフードを被り、更に顔も目だけ出して、布で覆った。
南尾根付近で雑兵アルナも見かけた。
が、ロレンツが頷くと雑兵アルナも頷き返し、向こうもこの雪の中、気の毒だと思ったのか、一行の歩を止めず行かせた。

南尾根の一番端の岩道を、南領地へと下る。
次第に平らな雪で覆われた草原が、段になって幾段も下に連なる見晴らしの良い場所へと出る。

尾根を抜けたせいか、雪の粒は小さく、景色も少しは見渡せる。

段の横の坂を下りていくと、やがて右手に広い道。
次第に両側に点々と大木が並び、少し行くとロレンツが左下の道へと降りて行く。

それから小一時間。
尾根よりも少しは温かい、けれど雪道を、皆が黙々とロレンツの後に続き、歩く。
周囲はどんどん暮れて行き、時間も分からず、それでも誰も口も聞かず、一行は歩き続ける。

幾度も曲がっては進み…入り組んだ小道を歩き続けると、やっとロレンツは門を潜って行く。

そして…窓辺から暖かな灯りの揺れる、オレンジと黄色のレンガの積まれたコテージへと辿り着く。
玄関扉は茶色の大木で、金飾りの装飾が手が込んでいたから…。
ロレンツはお坊ちゃんなんだな。
と皆が思った。

ロレンツは一向に振り向き、が玄関をノックする。
使用人が出て来ると
「客人を連れて来た」
と言って中に入る。

髪を後ろにひっつめた、田舎風のドレスを着た少し太めのおばちゃんは、室内に入って行くロレンツに振り向く。
「旦那様が、お帰りを待ってるのに!
ここで休んだら、ちゃんと邸宅にお戻りになるんか?!」

ロレンツはおばちゃん使用人に、毛皮のフードを下ろし、振り向く。
「…日も暮れたし雪も、降ってるだろ?
ここで数日、ゆっくり休む」

おばちゃんが溜息を吐く横を、キリアンが無言で入って行き、アリオン、ファオン、シーリーンもキリアンに続く。

ロレンツは暖炉の火の燃える、明るく暖かな室内を抜けて奥の扉に手をかけ、振り向いてキリアンを導く。
「奥の客間使うから。
メシ作ってくれると心底嬉しい。
腹ペコなんだ。
風呂って浸かれる?」

おばちゃんは玄関扉を閉めると、腰に手を当て、低い声で言った。
「客間の横の温泉は掃除済みですだ。
食事は…何人分?」

ロレンツはキリアンと共に後ろからやって来る、長身で逞しいアリオン、シーリーンを見る。
「うーん。
俺、三人分食える」
そしてキリアンに顎しゃくる。
キリアンが思案げに呟く。
「…俺も、それくらい?」

次にキリアンが、背後のアリオンに振り向く。
アリオンが困って言い淀んでいると、その後からシーリーンが尋ねる。
「…そもそも、一人前ってどんだけの量なんだ?」

聞かれてロレンツは面倒だったのか
「20人分くらい作っといてくれたら、多分朝までに全部平らげる」
と声を上げて言った。

おばちゃんは、溜息と共に
「んじゃ風呂から上がった頃に出来てるようにするだ。
でもでっかい人がぎょうさんいる。
運んでくれるか?」
と聞く。

ロレンツは頷く。
「ワゴンに乗せといてくれたら、後はやる」
「お飲み物は?」
「客間、水汲んである?」
「あるだ」
「んじゃ、果実酒とミルクたっぷり。
後はこっちで適当に…温めたり作ったりする」

おばちゃんは頷く。
「んだ。
ちゃんと旦那様に顔、見せないと旦那様、また泣くだよ!」

ロレンツは俯いて、扉を開けた。
扉の向こうはレンガ剥き出しの壁に囲まれた、短い廊下。
横の窓から日の暮れた、降りしきる雪景色が見える。

次の扉を開けると、かなり広い部屋に出る。
大きな暖炉。
その周囲に背もたれのある、座る場所がかなり幅の広い海老茶色のソファがぐるり。
と取り巻いてる。

ロレンツは横のコートかけに、雪塗れのコートをかけるから、後から来るキリアン、アリオン、ファオン、シーリーンも習ってそこにコートをかける。
床はレンガで、濡れたコートをかけても平気そう。

分厚い毛皮の敷物の前で、靴も脱いで横の箱に入ってる室内履きに変えて暖炉の前へ。
後の者もそれに習う。

ロレンツは暖炉の前に屈み、火を付け始める。
皆、床の敷物よりちょっと高いだけの、ソファに腰掛けた。
がふかふかで体が沈む。

直ぐ、部屋の中は温かくなる。
全員が、疲労が押し寄せてソファの上へと、へたり込んだ。
「…キリアンとロレンツと出会えた事で…最短で南尾根、抜けられたな…」

アリオンの呟きで、ソファに沈んでいたシーリーンも背もたれに腕を乗せて言い返す。
「夜にはこんな居心地のいい場所で、休める。
…なんて考えても無かった」

ファオンも頷く。
「尾根にこんな近いのに…あのおばちゃん、凄いね…。
南尾根が破られたら《化け物》キーナンの襲撃、真っ先に受けるのに」

ロレンツもソファにやって来ると立ったまま頷く。
「…いざとなったら調理道具で殴り飛ばすか…包丁や斧も使うから、ヘタな雑兵アルナより強い」

皆、太めで体も大きなおばちゃんを思い浮かべ、顔下げる。
「…それより、《化け物》キーナンと戦って腐臭そのまんまだろ?
先に風呂に浸かって着替えしないと…。
雪の中は寒くて匂わなくても…ここだと直、臭くなる」

そう言う突っ立つロレンツに、皆が一斉に、億劫そうに顔を上げた。
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