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プロローグ
思い出の館ヴィラヴィクス邸(オーガスタスの養父ゼッデネスの独白)
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俺は我が儘だった。
家柄もそこそこ良く、旧家で広く美しい邸宅に、住んでいた…。
母はこのヴィラヴィクス邸が自慢で…心からこの館を愛していた。
緑生い茂る中に歴史を感じさせる、茶レンガの二つの塔そびえる重厚な外観。
自然溢れる美しい庭園。
テラスで朝日浴び、良く母と父と共に食事を取った…。
落ち着き…品のある屋敷で、調度は全て時代ものの手の込んだ装飾で飾られていた。
多くの身分高い大物達が、この落ち着いて品の良い邸宅を訪れる事を楽しみにし、母はそれを…自慢にしていた…。
良く口にしていたのは
「女の子が欲しかった」
授かったのは俺一人。
一人っ子だったから、母も父も俺には甘く…それで我が儘を、当たり前の事と受け取ってた。
そして俺は…幼い頃から剣の講師にその腕を認められ、更に教練で学年一位を取り、天狗だった…。
四年の時、一学年下の北領地[シェンダー・ラーデン]の大公子息に黄金のグリフォンを奪われはしたが…それでも教練では二位。
卒業では校長の言葉を直に受けた唯一の卒業生だった…。
だから…近衛に入り、新兵となってのし上がるのに夢中。
出動が楽しみで、腕を振るい認められ、隊長候補に示唆され有頂天だった。
そんな時だった。
両親の訃報を受け取ったのは…。
アシャンテ婦人の夕食会に出向く途中、岩に車輪を取られ崖下へ。
崖は大した高さは無かったが、馬車がひっくり返った拍子に二人共体を強打し、父は数時間息があったが結局…亡くなったと………。
葬式に帰った時、がらん…としたその屋敷を見回す。
母の幻が屋敷のそこらかしこに見える。
いつも…微笑っていた。
この家を愛していた母が居ない。
それだけで…この屋敷は価値を無くした。
寂しくて、暫く遊び回り深酒もした。
そんな俺を見かねて、叔父が俺を舞踏会に誘いそこで…一人の女と出会った…。
少し…笑顔が母に、似ていた。
彼女はヴィラヴィクス邸を気に入り、この家の女主人に成りたいと言った。
彼女と過ごす屋敷での日々は、母や父が居た頃のように…輝いていた。
近衛の出動がかかると俺は…だがそんな安らぎを忘れる。
暴れ、戦う事を心から…楽しんだ。
生きてる気がした。
敵を斬り裂き、味方の力と成る事が。
皆が俺の存在を、頼もしいと思っているのが解ったし、実際俺を頼ってた。
婚約者が出来てから、付き合いやすくなったと言われ、友も増えた。
両親の事を思い出すと胸が痛んだが…。
…幸せだった。
彼女との結婚の準備をし、隊長に昇級もし…近衛でも一目置かれる存在と成った…。
戦う事が楽しかったし、准将に成れる器と言われ、自分でもそれを疑わなかった。
だから…あの戦闘の際もまさか…。
と思った。
だが背後の岩から突然六人程降って湧き、背を斬られ傷を庇い戦ったが、背後の崖に、足滑らせ転げ落ちた。
途中…右足を強打し、ひどい激痛に呻きながら転げそのまま…あまりの痛みに気絶した。
味方が駆けつけてくれなかったら、狼に食われていたかもしれない。
ともかく戸板に乗せられ、寝台に運ばれけれど右足は…膝下から粉々に砕け…元には戻らないと…。
切らずに済むのはそれでも…幸いな事だと………。
俺は自分でもどうしようも無かった…。
立ち上がれず自分では歩けず…愛した女に当たり散らし女は…去って行った。
荒れまくり友も去り…近衛の職も名誉も失った。
何も…無くなったが右足が動かず、自在に動き回れた頃を思い返すと涙が溢れた。
もう一度…あんな風に動き回れたら…魂を悪魔にだって、引き渡しても良かった。
目をかけてくれた准将の一人が、俺の荒れように“障気”が付いたのでは?
と疑ったのか…俺は東の聖地。
神聖騎士宿舎に付きそわれ連れて行かれた。
その光の結界の中で…暫く俺は癒やされ、“障気”では無く原因は足の痛みだと…言われ、一週間の滞在を許された。
じんわりと…暖かさが傷を包み、痛みは遠のき、時折…つくんつくんと微かな痛みが湧き出る。
激痛は無くなっていたが、指先すら動かせなかったのが、指先程度は動くように成った。
骨は再生したようだがどうしても…塞がらない神経があって、足は満足に動かせないだろうと…。
動く度に痛みが走っていたから…そして光溢れる結界の中のせいか、痛みが無いだけでも有り難いと、癒やし手に告げる事が出来た。
不思議な場所だった。
空気の中に、じんわりと体と心を癒やす暖かさがあって…心地良く、不安も不満も消え去って行く。
そこでふ…と思い出した。
あの戦闘の前日…右足を挫いていた。
岩にぶつけ…部下に
「手当てを」
と言われ、断った。
そうだ俺は…いつもいつも…断って来た。
気遣われる事が大嫌いだった。
弱く見られる事を誰より嫌い…自分をいつも強く見せようと…。
どの場面も浮かんだが、俺は自分の強さを人々に誇示し続けた。
涙が、浮かんだ。
馬鹿な奴だな。
今こんなに成ると解ってたら…そんな風に
「自分は強い。
これくらいの怪我は何でも無い」
そんな風に、偉そうに威張って言えたか?
あの時も俺は…あの程度の足の痛みは何でも無いと…。
もっと酷い怪我をしていても平気だったから大丈夫だと…。
だが…あの崖っぷちで…右足を付こうと痛み走りそのままバランスを崩し転落したのは…確かだった。
突然の襲撃で混乱し…暗かったし崖がそれ程高いと…知らなかった。
あの時痛み走らず踏み止まっていたら…。
それが出来ていたら…。
例え背に一太刀喰らおうが、敵を全て殺していた………。
涙が、止まらなかった。
母の顔が思い浮かんだ。
いつも…怪我をした時いつも心配げな表情で、囁く。
「手当てをさせて…」
でも子供の俺は…血を流そうが、痛くないふりをする事で遊び仲間に感心されて以来…そんな心配を鬱陶しがった。
「痛くないよ!
手当てなんていらない!」
ふ…と思い出す。
大抵…朝、気づくと痛みが無かった。
傷の手当てをいつも…眠ってる間にされていた。
…そうだだから…俺は思ってしまった。
痛くない。
傷は直ぐ治り、痛みも直ぐ消え去ると………。
教練に上がって更に俺は思った。
傷を作るのは腕の無い証拠だと。
…だからいつも…傷を痛がる奴を軽蔑した。
腕の無い弱虫だと………。
そして…同時に気がついた。
その弱虫に自分が成った事が…俺をあれ程荒れさせた原因だと。
動けず、痛み、それがもっと自分を惨めにさせた………。
一週間が過ぎ、神聖騎士宿舎から自宅へ帰る頃、俺の痛みは消え…荒れる事は無くなったが、それでも…自在に動けるようになる事叶わず、自宅に籠もり酒浸った…。
あんまりいつ会っても酒臭い。と…気に掛けてくれた友人の一人が、俺を南領地ノンアクタルの旅行に連れ出した。
南領地ノンアクタルには麻薬が有り…それで感覚を麻痺させられ、幸せな幻覚が見られた。
常用性は無かったが…俺は東の聖地での幸せな感覚を思い返し、麻薬を常用した。
南領地ノンアクタルには色々な薬が豊富にあり、珍味や女…そして色彩溢れる建物と、まるで異国だった。
そこで…一人の若者に会った。
まだ…少年だった。
奴隷を買える。
と女奴隷を薦められた。
褐色の肌の…豊満で色っぽい美人だった。
が、ヴィラヴィクス邸を想像するとどうしても…買って帰る気には成らなかった。
彼女にあの屋敷は似合わない。
そして…奴隷の見せ試合の話を聞いた。
俺は一度首を横に、振った。
「まだ若い少年ですが、そりゃ強くて見物ですよ?」
それを聞いた時、ふ…と顔を上げた。
そして闘技場に足運んだ…。
場内で横の男が物知り顔で、声高に怒鳴ってた。
「ヤツの両親が馬車に轢かれて死んで、それで奴隷小屋に売られたんだと!」
金が行き交ってた。
皆、どっちが勝つかに賭けていた。
どうだ。と手を出すから、しない。とその手を跳ね退けた。
だが聞いた。
「あいつの…年は?」
「13。相手は16だ」
どうだ?とまた手を出すから、しない。と再び跳ね退けながら、どうしてだか思った。
13か。
教練(王立騎士養成学校)は14で入学だから、間に合うな…。
不思議に思った。
まだ戦う前。
どうしてそんな事を考えたのか。
彼は堂とした体格をしていた。
相手は16でもうゴツかったが、背も体格も劣らない。
そして…剣を持ち、振るその仕草に目が引きつけられる。
自分が剣を振っていた様を思い返す度…悔し涙か浮かんだが、その時は…なぜだか、浮かばなかった。
そして…試合は始まった。
確かに荒っぽかったが…強かった。
相手が剣離し突然蹴り入れてもひょい!と避ける。
そして一瞬で斬り込む、その速さ。
心臓が、早鐘のように鳴った。
その少年がもっと成長し、堂とした体格曝す戦士として戦う姿が瞳に浮かぶ。
どきどきした。
相手が突然腕掴み、右腕肩殴りつける。
彼は顔しかめ、肩下げる。
利き腕の肩だ。痛めると不利になる。
が途端、少年の髪が、かっ!と赤く染まったように見えた。
瞳は黄金(きん)色に輝く。
痛めた右で、がっ!と剣を振り切る。
その素早さに、相手の表情が変わる。
相手が怯んだ隙に、一気に斬りかかる。
その様は獅子の如く。
赤い髪がばっ!と散り、黄金の瞳がきらり…!と光る。
「それ迄!」
振り切れば殺っていた。
が、彼は振り切った。
…相手の頭頂掠める。
声が飛んだ途端、剣の軌道変えていた。
試合終了後、直ぐに商人のテントを潜った。
「彼を買いたい」
だが相手は袖にする。
「あいつは大臣家がいつか高値付ける男になる。
あんたに、出せるのか?」
金はあった。
が、法外だった。
南領地ノンアクタルの、大臣家が目当てか。
「幾らなら譲る」
値を聞いて耳を疑った。
が、ある。
歴史あるヴィラヴィクス邸。
買い手は大公家。
どうしても欲しいと…付けた値が同じ。
迷わなかった。
必ず金を用意する。
言って、直ぐ使者を大公家に出し、ヴィラヴィクス邸を譲ると言って、金を送らせた………。
金を差し出したときの、奴隷商人の顔。
が、受け取り直ぐ…彼を引き会わせた。
オーガスタス。
その名だった。
近くで見た時、解った。
傷だらけ…だった。
俺と同様か?
やはり…痛くないと強がって、ロクに手当てしなかったのか…?
どうしてだか…近くで会うと、親しみを感じた。
予定してなかった。
が、言った。
「お前を養子にする」
オーガスタスは俺を見た。
物好きな奴。
そんな風に。
だから言った。
「お前が近衛で名を上げれば家名が上がる」
オーガスタスはやっと…頷いた。
南領地ノンアクタルから領地へ帰る馬車での中で、聞いた。
「馬車の事故で両親いっぺんに亡くしたのか?」
オーガスタスの横顔には何の感情も、浮かびはしなかった。
が、掻きむしられるような胸の痛みが横の彼から沸き上がるのを感じたから、顔背け、言った。
「俺の両親も、馬車の転落で一辺に死んだ」
奴が、俺に振り返った。
驚いたような表情。
俺はむっつり…見返していたかも知れん………。
ヴィラヴィクス邸は売っぱらっちまったから、別邸で使っていた屋敷に移り住んだ。
小じんまりし、手入れもそこそこだが庭だけは広かったから、男二人には丁度良い。
俺は…その馴染みの無い屋敷に両親の面影や思い出を見いだせなくて落ち着いたのか…それともオーガスタスを得て落ち着いたのか…それ以来、深酒をしなくなった。
オーガスタスは聞いたら、11だと言った。
13にしとかないと、あの試合に出られなかったから、誤魔化したと。
だがもっと年若い頃から試合に出てたから、皆本当の年齢を知っていたと。
11にはとても、見えなかった。
落ち着き払い…大人びた表情の…あまり感情を見せない面構えのいい、鍛え抜かれた男…。
とりあえず剣の講師を付ける。
庭であの赤い髪をたまに、見る。
大抵…傷付いてた。
怪我を負うと猛攻が始まる。
剣の講師でも、捌くのに苦労していた。
俺は吐息を一つ吐き、執事に薬箱を用意させる。
だがどうしても可笑しい。
必要無い。と突っぱね続けた俺が…奴の傷を心配する事が。
だが感謝してる。
奴が居る。
そして…戦ってる。
俺の代わりに。
自由に。生き生きと………。
どうしてだか、癒やされる。
とても…見ていられないと思ったのに。
思えば…昔のように動き回れない苦しみはどうやら、神聖騎士宿舎で消えたようだ。
あの時…納得したのかもしれない。
足の捻挫の手当てをしていなかった。
その報いで、受け取るしか無い結果なのだと。
オーガスタスが13に成った時…かつての婚約者に会った。
てっきり結婚してるものと…思った。
会い…しゃべり…。
そして一夜を過ごし…別れた。
辛すぎた。
彼女の中に、まだ足が動いた頃の昔の俺が居た。
俺はもうその俺とは別人だと…解りすぎて辛かった。
別れ際、彼女に言った。
「ヴィラヴィクス邸はもう、無い」
その女主人に、彼女は決して成れない。
彼女にヴィラヴィクス邸は似合いすぎた。
彼女は顔歪め、泣いた。
だが俺は…代わりに得たものの素晴らしさに、後悔は無かった。
昔の俺に、俺は成れない。
だが俺は、昔の俺を、取り戻した。
オーガスタスと言う名の、別のもう一人の俺を。
オーガスタスが教練に上がり、家を出俺は…思った。
また酒浸るか?
だが不思議な事に…奴の帰省を楽しみにしてる。
奴が教練に居る事が、どういう訳か楽しい。
奴が帰った所で、様子をちょいと聞くだけで、大して話さない。
が…奴の存在がどういう訳か、嬉しかった。
いつも…俺をそっ…と見やる。
そして…無言の瞳で、こう言う。
“近衛で俺は、必ず手柄を立てる”
それが俺への恩に報いる事だと、そう言うように…………。
恩は俺が受けた。
助かったのは、俺の方だ………。
言った事が無い。
そんな言葉を。
奴が、教練宿舎に帰る時、俺は必ず尋ねる。
「俺は…楽しそうか?」
オーガスタスは肩竦め…呟く。
「まあ…俺にはそう見える」
「ならいい」
奴は毎度不思議がる。
がそれが…奴が近衛で手柄立てる決意への…返答と、気づいてるのかどうか………。
ゼッデネスはまた、くすくすと笑った。
オーガスタスは約束道理近衛に上がり、上がった途端、左将軍補佐なんて大役を射止めたからだ。
左将軍の呼び出し受け、オーガスタスは扉開ける。
「…また、ムストレスの横やりか?
俺の口調がぞんざいだったと?」
ディアヴォロスが机前で微笑む。
「君には義父が居たろう?
君の誕生日が直だから、出来れば君の義父と共にある場所で祝いたい」
オーガスタスは途端、口ごもる。
「教練前確かに義父はしてくれたが…教練上がってから、誕生祝いはダチと酒場で祝杯が定番だぞ?」
ディアヴォロスはそれでも、微笑った。
「彼らも招待しよう。
私のつてで、女性も構わないかな?
あまり身分の高くない女性を選ぶから」
オーガスタスは若く男らしい美しさたたえ、気品溢れる上司の、その顔をマジマジと見た。
「…出来れば前日、そこに君の義父と出向いてそのまま、泊まって欲しい」
オーガスタスはじっ…とディアヴォロスの顔を見た。
「これが…あんたの流儀か?」
「だって君は私の、一番の片腕だ」
言われてオーガスタスは、毎度近しい者の誕生祝いを…その相手が一番悦ぶ方法でディアヴォロスがしてるのを思い出す。
「…俺の番…って事か」
「どうして自分はされないと思ってるんだ?」
ディアヴォロスに素っ気無く言われ、オーガスタスは肩竦めた。
その日、自宅に帰り数時間後、王族の馬車が訪問する。
オーガスタスはゼッデネスと共にその馬車に乗り込んだ。
道が進む毎に、ゼッデネスの表情が変わる。
そして…門の前に馬車が止まり、門が開くと…ゼッデネスは微かに感激するように、震った。
「…知ってる屋敷か?」
オーガスタスの問いに、ゼッデネスは答えなかった。
いや…答えられなかったのだ………。
ヴィラヴィクス邸。
その懐かしい佇まい。
オーガスタスを迎えてから…荷を取りに、一度訪れはした。
その時はもう、新しい家人の趣味で、けばけばしく飾り付けられ、懐かしい母の愛した調度品は、けばい家具の隅に、隠れていた………。
ごてごてとした飾り。
あの…落ち着きと優しさと…包み込むような歴史を刻んだ風情は消え…ただの悪趣味でへんてこな屋敷に変わっていた。
だが…オーガスタスを得たゼッデネスは構わなかった。
ここを愛する両親は…もう、居ないのだから………。
だが…!
屋敷を目にすると再び心が震えた。
良く、昼寝をした大木の枝。
あの…花畑の前で…シュスーラと笑い合ってキスをした………。
あああの…テラスで母はいつも…美味しいお茶を煎れてくれた………。
ゼッデネスの瞳に、幸せだった幼い頃が蘇る。
オーガスタスが、ぼそり…と言った。
「ここが…ヴィラヴィクス邸なのか?」
ゼッデネスは振り向かなかった。
潤んだ瞳を、見られたくなくて。
玄関に馬車は止まり、扉が開く。
「ダルディアス公が、私の養子の誕生祝いを?」
言って顔を見る。
執事はかつての主人を見、瞳を潤ませた。
「ディキス…そのまま…努めていたのか?」
「アリアナもロンゲスもおります!
旦那様!
お久しぶりでございます………」
老執事の瞳が潤み、ゼッデネスは顔を、伏せた。
がぼそりと言う。
「いい主人で、良かったな…。
俺は…お前達の進退については何も………」
「でも…調度も私どもも、そのままと…そうおっしゃったと………」
「俺が言ったのは…執事も使用人も、調度も込みで売るから、最高値で買ってくれと………」
「それでも大公様は、私どもを大切にして下さいました」
ゼッデネスはようやく顔を上げ、ほっとしたように言った。
「それを聞いて安心した」
扉を開けると、犬が尾を振り飛んで来る。
「アレクサンドル!
まだ…生きてたのか?」
「アレクサンドルは昨年老衰で…これは息子でございます」
「そっくりだな…」
言って…顔を上げたゼッデネスは、呆然とした。
そのまま………昔そのままの玄関。
だが、以前訪れた時、この広い玄関ホールにはもっと…金がふんだんに使われた飾り物がごてごてと………。
「……………」
執事は
「こちらでおくつろぎを」
言って横の、応接間に通す。
ゼッデネスは室内を見回す。
そこらかしこに幻影が…見える。
客が居るのに、アレクサンドルの親…レキサスと一緒に駆け抜けて母に叫られた。
「どうしてここを抜けるの?!
お客様に、失礼でしょう?!!」
俺は笑って………笑って…レキサスと……。
そのレキサスも昔死んだ。
息子のアレキサンドルはまだ子供で………。
良く…纏わり付いて来た。
レキサスに良く似ていたから…いつも、その頭をなぜ、アレキサンドルは嬉しそうに………。
足が動かず、酒浸りに成った時、悲しそうに………。
動けなかったから、側で駆け回るあいつに、酒瓶投げつけた事もあったな…。
なのに…アレクサンドルの奴、庭で転んで動けない俺の服の裾懸命に引っ張って…。
俺が立てないと解ると、吠えて人を呼んでくれた………。
そうか…死んだのか…………。
ゼッデネスはその時、老執事が銀の盆を自分に差し出してるのに気づく。
その上の書状。
「なんだ?これは………」
「ここの新しい主からの、お手紙でございます」
「新しい主………?」
道理で。とゼッデネスは周囲を見回す。
その新しい主は、母が居た頃のここの常連の誰かで…きっと昔を懐かしみこの屋敷から、ごてごてした装飾を取り払ったのだろう……。
昔、そのままだ。
そして…手紙を開き、目を見張り…………。
すっかりその存在を、忘れていたオーガスタスを見つけ振り向き…叫んだ。
「どうして…お前の上司はここの事を…!」
オーガスタスは俯いたまま…ぼそり。と言った。
「誰…とは聞かないでくれ。
ともかくそいつが俺に教えてくれた。
あんたは昔大金持ちで素晴らしい邸宅持ってたが、俺を買う為売っぱらっちまったと………」
「それをディアヴォロスに話したのか?!」
オーガスタスはバツが悪そうに、顔背けた。
「まあ、話の流れで。
あんたには、うんと恩がある。
そう言ったら」
「お前も…一枚噛んでるのか?!
この屋敷が一体幾らすると…お前、それ程の給料貰ってるのか?!」
がこの時オーガスタスは眉寄せて少し睨むように言った。
「何の話だ?」
「これは…この屋敷の権利書だ!」
言った途端、ゼッデネスにも解った。
オーガスタスも知らなかったのだと。
だって目だけを…まん丸に見開いて、叫んだ自分を見ていたから。
すっ飛んで来て、手紙ひったくり、そして読む。
「…あんたのものだと…」
ゼッデネスは怒鳴った。
「その下を読め!」
「これをオーガスタスの誕生祝いにしても多分…彼は賛同こそすれ、怒りはしないでしょう…?
………ディアヴォロス」
二人はそのサインの主を思い浮かべ、顔見合わせ………そしてオーガスタスは突然部屋を出ようと扉に駆け寄り…だが、振り向いた。
が、ゼッデネスは叫ぶ。
「突っ返して来い!
誕生祝いには、高価すぎると!」
が、オーガスタスは背と顔をゼッデネスに向け、眉下げて尋ねる。
「あんたは…?けど、嬉しかったんじゃ無いのか?」
ゼッデネスはだが、睨んだ。
「幾ら何でも、こんな高い物ポンと、貰えるか!!!」
オーガスタスが、言い淀む。
「だが…あんたはその高い物を俺の為に………」
「だが俺はお前を得た!
かけがえのない息子をな!
この邸宅同様価値あるものを得てる!
一銭足りとも失ってないぞ!」
オーガスタスは一瞬、泣きそうに顔歪めた。
「俺には…大してあんたに何もしてないのに?」
「お前に俺の気持ちが解るか?!
居てくれる。
それだけでいいんだ。
お前が俺の息子として、この世に」
オーガスタスは、言いたかったみたいだった。
そんな…事だけで良いのか?
その言葉を。
が、飲み込んで頷き、扉閉めて出て行く。
ディアヴォロスは近衛軍指令本部の左将軍室に居て、扉を開けるなり言った。
「ちゃんと文面は読んだのか?
君が私の元で10年勤めるのが条件だと言う条項は?」
「………読んだ!
だがあの後の文はどういう事だ!
“私は彼が10年命を落とさず側近を辞める事なく過ごすよう断固として見守るので、事実上は貴方の屋敷と受け取って頂いて構いません”だと?!」
オーガスタスは走りずめだったので、息切らし怒鳴った。
が、ディアヴォロスは素っ気無く言った。
「屋敷を突っ返そうと思ったら、私の所を辞めるしかないが、私は君を手放す気は無いぞ」
オーガスタスは、沸騰した。
「もっと安い物にしろ!!!」
が、ディアヴォロスは即答する。
「ゼッデネスに言え。
君の価値をあの邸宅の値段だと、そう決めたのは彼だ」
オーガスタスは言い返そうとした。
が、この数ヶ月ディアヴォロスと渡り合い、もう解っていた。
彼は引く事をしない。
バン!
腹立ち紛れに扉思いっきり閉め、その場を後にする。
そしてヴィラヴィクス邸に戻り、ゼッデネスに告げた。
「俺がディアヴォロスの元を10年前に辞めれば、この邸宅を奴に返せる」
ゼッデネスは呆れたように首横に振り、言った。
「貰うしか無いようだ。
俺だってお前が左将軍の元を10年前に辞めるとは、思えない」
かつん…かつんかつん…。
ゼッデネスは杖突きながら、邸宅内を見回る。
どの部屋を見ても、昔のままだ…。
オーガスタスはその…懐かしさで潤むゼッデネスの…瞳を見た。
お茶を持ってきた老執事が呟く。
「つまりそのう…ディアヴォロス様は、皆の記憶を総動員して昔に戻せと………。
この屋敷を良く知るご婦人まで伴われて…」
ゼッデネスはオーガスタスを見、オーガスタスも…ゼッデネスを、見た。
翌日の誕生会に、悪友はぞろぞろ顔出したが、ディアヴォロスは顔を見せなかった。
オーガスタスはそこで、ギュンターを口説いているかしましい妹達を微笑って見守る長女、マディアンと出会った……。
オーガスタスが左将軍補佐に戻り一人懐かしいヴィラヴィクス邸に居ると…耐えられなかった。
欠けた者が気になって。
それで…かつての婚約者、まだ結婚してないシュスーラを訪ねていき…そして、膝を折ってプロポーズした。
ゼッデネスの結婚を聞かされたオーガスタスは、ディアヴォロスが微笑っている。
と感じた。
が肩竦めた。
相手は光竜身に宿す千里眼。
戦う事自体が、馬鹿げてる。
その結婚式の日、オーガスタスは花婿に言われた。
「ディアヴォロスに、礼を言いに行く」
オーガスタスは言った。
「あんたが礼言ってる事くらい、ディアヴォロスはとっくに知ってる。
だがあんたの気が済むなら、きっとディアヴォロスも付き合ってくれるさ」
ゼッデネスの横で花嫁が輝くような笑顔で腕を取り…ゼッデネスはもう一度、愛おしい記憶で詰め込まれた、屋敷を見回す。
ヴィラヴィクス邸…。
我が心の…。
懐かしさで瞳が潤む。
今は亡き、母と父がそこで微笑浮かべ、式に参列してる気がした。
微笑返す。
幻のように、透けた二人が、頷き返す。
屋敷に馴染む麗しのシュスーラの手取り…ゼッデネスは絨毯の上を歩く。
周囲、祝福する懐かしい顔、顔、顔…。
見回しながら、もう一度振り返る。
赤い髪のオーガスタスがそこに見える。
奴を手に入れ、全てが戻って来た。
文字道理、全てが………。
オーガスタスが、頷く。
ゼッデネスは潤んだ瞳で、頷き返した………。
家柄もそこそこ良く、旧家で広く美しい邸宅に、住んでいた…。
母はこのヴィラヴィクス邸が自慢で…心からこの館を愛していた。
緑生い茂る中に歴史を感じさせる、茶レンガの二つの塔そびえる重厚な外観。
自然溢れる美しい庭園。
テラスで朝日浴び、良く母と父と共に食事を取った…。
落ち着き…品のある屋敷で、調度は全て時代ものの手の込んだ装飾で飾られていた。
多くの身分高い大物達が、この落ち着いて品の良い邸宅を訪れる事を楽しみにし、母はそれを…自慢にしていた…。
良く口にしていたのは
「女の子が欲しかった」
授かったのは俺一人。
一人っ子だったから、母も父も俺には甘く…それで我が儘を、当たり前の事と受け取ってた。
そして俺は…幼い頃から剣の講師にその腕を認められ、更に教練で学年一位を取り、天狗だった…。
四年の時、一学年下の北領地[シェンダー・ラーデン]の大公子息に黄金のグリフォンを奪われはしたが…それでも教練では二位。
卒業では校長の言葉を直に受けた唯一の卒業生だった…。
だから…近衛に入り、新兵となってのし上がるのに夢中。
出動が楽しみで、腕を振るい認められ、隊長候補に示唆され有頂天だった。
そんな時だった。
両親の訃報を受け取ったのは…。
アシャンテ婦人の夕食会に出向く途中、岩に車輪を取られ崖下へ。
崖は大した高さは無かったが、馬車がひっくり返った拍子に二人共体を強打し、父は数時間息があったが結局…亡くなったと………。
葬式に帰った時、がらん…としたその屋敷を見回す。
母の幻が屋敷のそこらかしこに見える。
いつも…微笑っていた。
この家を愛していた母が居ない。
それだけで…この屋敷は価値を無くした。
寂しくて、暫く遊び回り深酒もした。
そんな俺を見かねて、叔父が俺を舞踏会に誘いそこで…一人の女と出会った…。
少し…笑顔が母に、似ていた。
彼女はヴィラヴィクス邸を気に入り、この家の女主人に成りたいと言った。
彼女と過ごす屋敷での日々は、母や父が居た頃のように…輝いていた。
近衛の出動がかかると俺は…だがそんな安らぎを忘れる。
暴れ、戦う事を心から…楽しんだ。
生きてる気がした。
敵を斬り裂き、味方の力と成る事が。
皆が俺の存在を、頼もしいと思っているのが解ったし、実際俺を頼ってた。
婚約者が出来てから、付き合いやすくなったと言われ、友も増えた。
両親の事を思い出すと胸が痛んだが…。
…幸せだった。
彼女との結婚の準備をし、隊長に昇級もし…近衛でも一目置かれる存在と成った…。
戦う事が楽しかったし、准将に成れる器と言われ、自分でもそれを疑わなかった。
だから…あの戦闘の際もまさか…。
と思った。
だが背後の岩から突然六人程降って湧き、背を斬られ傷を庇い戦ったが、背後の崖に、足滑らせ転げ落ちた。
途中…右足を強打し、ひどい激痛に呻きながら転げそのまま…あまりの痛みに気絶した。
味方が駆けつけてくれなかったら、狼に食われていたかもしれない。
ともかく戸板に乗せられ、寝台に運ばれけれど右足は…膝下から粉々に砕け…元には戻らないと…。
切らずに済むのはそれでも…幸いな事だと………。
俺は自分でもどうしようも無かった…。
立ち上がれず自分では歩けず…愛した女に当たり散らし女は…去って行った。
荒れまくり友も去り…近衛の職も名誉も失った。
何も…無くなったが右足が動かず、自在に動き回れた頃を思い返すと涙が溢れた。
もう一度…あんな風に動き回れたら…魂を悪魔にだって、引き渡しても良かった。
目をかけてくれた准将の一人が、俺の荒れように“障気”が付いたのでは?
と疑ったのか…俺は東の聖地。
神聖騎士宿舎に付きそわれ連れて行かれた。
その光の結界の中で…暫く俺は癒やされ、“障気”では無く原因は足の痛みだと…言われ、一週間の滞在を許された。
じんわりと…暖かさが傷を包み、痛みは遠のき、時折…つくんつくんと微かな痛みが湧き出る。
激痛は無くなっていたが、指先すら動かせなかったのが、指先程度は動くように成った。
骨は再生したようだがどうしても…塞がらない神経があって、足は満足に動かせないだろうと…。
動く度に痛みが走っていたから…そして光溢れる結界の中のせいか、痛みが無いだけでも有り難いと、癒やし手に告げる事が出来た。
不思議な場所だった。
空気の中に、じんわりと体と心を癒やす暖かさがあって…心地良く、不安も不満も消え去って行く。
そこでふ…と思い出した。
あの戦闘の前日…右足を挫いていた。
岩にぶつけ…部下に
「手当てを」
と言われ、断った。
そうだ俺は…いつもいつも…断って来た。
気遣われる事が大嫌いだった。
弱く見られる事を誰より嫌い…自分をいつも強く見せようと…。
どの場面も浮かんだが、俺は自分の強さを人々に誇示し続けた。
涙が、浮かんだ。
馬鹿な奴だな。
今こんなに成ると解ってたら…そんな風に
「自分は強い。
これくらいの怪我は何でも無い」
そんな風に、偉そうに威張って言えたか?
あの時も俺は…あの程度の足の痛みは何でも無いと…。
もっと酷い怪我をしていても平気だったから大丈夫だと…。
だが…あの崖っぷちで…右足を付こうと痛み走りそのままバランスを崩し転落したのは…確かだった。
突然の襲撃で混乱し…暗かったし崖がそれ程高いと…知らなかった。
あの時痛み走らず踏み止まっていたら…。
それが出来ていたら…。
例え背に一太刀喰らおうが、敵を全て殺していた………。
涙が、止まらなかった。
母の顔が思い浮かんだ。
いつも…怪我をした時いつも心配げな表情で、囁く。
「手当てをさせて…」
でも子供の俺は…血を流そうが、痛くないふりをする事で遊び仲間に感心されて以来…そんな心配を鬱陶しがった。
「痛くないよ!
手当てなんていらない!」
ふ…と思い出す。
大抵…朝、気づくと痛みが無かった。
傷の手当てをいつも…眠ってる間にされていた。
…そうだだから…俺は思ってしまった。
痛くない。
傷は直ぐ治り、痛みも直ぐ消え去ると………。
教練に上がって更に俺は思った。
傷を作るのは腕の無い証拠だと。
…だからいつも…傷を痛がる奴を軽蔑した。
腕の無い弱虫だと………。
そして…同時に気がついた。
その弱虫に自分が成った事が…俺をあれ程荒れさせた原因だと。
動けず、痛み、それがもっと自分を惨めにさせた………。
一週間が過ぎ、神聖騎士宿舎から自宅へ帰る頃、俺の痛みは消え…荒れる事は無くなったが、それでも…自在に動けるようになる事叶わず、自宅に籠もり酒浸った…。
あんまりいつ会っても酒臭い。と…気に掛けてくれた友人の一人が、俺を南領地ノンアクタルの旅行に連れ出した。
南領地ノンアクタルには麻薬が有り…それで感覚を麻痺させられ、幸せな幻覚が見られた。
常用性は無かったが…俺は東の聖地での幸せな感覚を思い返し、麻薬を常用した。
南領地ノンアクタルには色々な薬が豊富にあり、珍味や女…そして色彩溢れる建物と、まるで異国だった。
そこで…一人の若者に会った。
まだ…少年だった。
奴隷を買える。
と女奴隷を薦められた。
褐色の肌の…豊満で色っぽい美人だった。
が、ヴィラヴィクス邸を想像するとどうしても…買って帰る気には成らなかった。
彼女にあの屋敷は似合わない。
そして…奴隷の見せ試合の話を聞いた。
俺は一度首を横に、振った。
「まだ若い少年ですが、そりゃ強くて見物ですよ?」
それを聞いた時、ふ…と顔を上げた。
そして闘技場に足運んだ…。
場内で横の男が物知り顔で、声高に怒鳴ってた。
「ヤツの両親が馬車に轢かれて死んで、それで奴隷小屋に売られたんだと!」
金が行き交ってた。
皆、どっちが勝つかに賭けていた。
どうだ。と手を出すから、しない。とその手を跳ね退けた。
だが聞いた。
「あいつの…年は?」
「13。相手は16だ」
どうだ?とまた手を出すから、しない。と再び跳ね退けながら、どうしてだか思った。
13か。
教練(王立騎士養成学校)は14で入学だから、間に合うな…。
不思議に思った。
まだ戦う前。
どうしてそんな事を考えたのか。
彼は堂とした体格をしていた。
相手は16でもうゴツかったが、背も体格も劣らない。
そして…剣を持ち、振るその仕草に目が引きつけられる。
自分が剣を振っていた様を思い返す度…悔し涙か浮かんだが、その時は…なぜだか、浮かばなかった。
そして…試合は始まった。
確かに荒っぽかったが…強かった。
相手が剣離し突然蹴り入れてもひょい!と避ける。
そして一瞬で斬り込む、その速さ。
心臓が、早鐘のように鳴った。
その少年がもっと成長し、堂とした体格曝す戦士として戦う姿が瞳に浮かぶ。
どきどきした。
相手が突然腕掴み、右腕肩殴りつける。
彼は顔しかめ、肩下げる。
利き腕の肩だ。痛めると不利になる。
が途端、少年の髪が、かっ!と赤く染まったように見えた。
瞳は黄金(きん)色に輝く。
痛めた右で、がっ!と剣を振り切る。
その素早さに、相手の表情が変わる。
相手が怯んだ隙に、一気に斬りかかる。
その様は獅子の如く。
赤い髪がばっ!と散り、黄金の瞳がきらり…!と光る。
「それ迄!」
振り切れば殺っていた。
が、彼は振り切った。
…相手の頭頂掠める。
声が飛んだ途端、剣の軌道変えていた。
試合終了後、直ぐに商人のテントを潜った。
「彼を買いたい」
だが相手は袖にする。
「あいつは大臣家がいつか高値付ける男になる。
あんたに、出せるのか?」
金はあった。
が、法外だった。
南領地ノンアクタルの、大臣家が目当てか。
「幾らなら譲る」
値を聞いて耳を疑った。
が、ある。
歴史あるヴィラヴィクス邸。
買い手は大公家。
どうしても欲しいと…付けた値が同じ。
迷わなかった。
必ず金を用意する。
言って、直ぐ使者を大公家に出し、ヴィラヴィクス邸を譲ると言って、金を送らせた………。
金を差し出したときの、奴隷商人の顔。
が、受け取り直ぐ…彼を引き会わせた。
オーガスタス。
その名だった。
近くで見た時、解った。
傷だらけ…だった。
俺と同様か?
やはり…痛くないと強がって、ロクに手当てしなかったのか…?
どうしてだか…近くで会うと、親しみを感じた。
予定してなかった。
が、言った。
「お前を養子にする」
オーガスタスは俺を見た。
物好きな奴。
そんな風に。
だから言った。
「お前が近衛で名を上げれば家名が上がる」
オーガスタスはやっと…頷いた。
南領地ノンアクタルから領地へ帰る馬車での中で、聞いた。
「馬車の事故で両親いっぺんに亡くしたのか?」
オーガスタスの横顔には何の感情も、浮かびはしなかった。
が、掻きむしられるような胸の痛みが横の彼から沸き上がるのを感じたから、顔背け、言った。
「俺の両親も、馬車の転落で一辺に死んだ」
奴が、俺に振り返った。
驚いたような表情。
俺はむっつり…見返していたかも知れん………。
ヴィラヴィクス邸は売っぱらっちまったから、別邸で使っていた屋敷に移り住んだ。
小じんまりし、手入れもそこそこだが庭だけは広かったから、男二人には丁度良い。
俺は…その馴染みの無い屋敷に両親の面影や思い出を見いだせなくて落ち着いたのか…それともオーガスタスを得て落ち着いたのか…それ以来、深酒をしなくなった。
オーガスタスは聞いたら、11だと言った。
13にしとかないと、あの試合に出られなかったから、誤魔化したと。
だがもっと年若い頃から試合に出てたから、皆本当の年齢を知っていたと。
11にはとても、見えなかった。
落ち着き払い…大人びた表情の…あまり感情を見せない面構えのいい、鍛え抜かれた男…。
とりあえず剣の講師を付ける。
庭であの赤い髪をたまに、見る。
大抵…傷付いてた。
怪我を負うと猛攻が始まる。
剣の講師でも、捌くのに苦労していた。
俺は吐息を一つ吐き、執事に薬箱を用意させる。
だがどうしても可笑しい。
必要無い。と突っぱね続けた俺が…奴の傷を心配する事が。
だが感謝してる。
奴が居る。
そして…戦ってる。
俺の代わりに。
自由に。生き生きと………。
どうしてだか、癒やされる。
とても…見ていられないと思ったのに。
思えば…昔のように動き回れない苦しみはどうやら、神聖騎士宿舎で消えたようだ。
あの時…納得したのかもしれない。
足の捻挫の手当てをしていなかった。
その報いで、受け取るしか無い結果なのだと。
オーガスタスが13に成った時…かつての婚約者に会った。
てっきり結婚してるものと…思った。
会い…しゃべり…。
そして一夜を過ごし…別れた。
辛すぎた。
彼女の中に、まだ足が動いた頃の昔の俺が居た。
俺はもうその俺とは別人だと…解りすぎて辛かった。
別れ際、彼女に言った。
「ヴィラヴィクス邸はもう、無い」
その女主人に、彼女は決して成れない。
彼女にヴィラヴィクス邸は似合いすぎた。
彼女は顔歪め、泣いた。
だが俺は…代わりに得たものの素晴らしさに、後悔は無かった。
昔の俺に、俺は成れない。
だが俺は、昔の俺を、取り戻した。
オーガスタスと言う名の、別のもう一人の俺を。
オーガスタスが教練に上がり、家を出俺は…思った。
また酒浸るか?
だが不思議な事に…奴の帰省を楽しみにしてる。
奴が教練に居る事が、どういう訳か楽しい。
奴が帰った所で、様子をちょいと聞くだけで、大して話さない。
が…奴の存在がどういう訳か、嬉しかった。
いつも…俺をそっ…と見やる。
そして…無言の瞳で、こう言う。
“近衛で俺は、必ず手柄を立てる”
それが俺への恩に報いる事だと、そう言うように…………。
恩は俺が受けた。
助かったのは、俺の方だ………。
言った事が無い。
そんな言葉を。
奴が、教練宿舎に帰る時、俺は必ず尋ねる。
「俺は…楽しそうか?」
オーガスタスは肩竦め…呟く。
「まあ…俺にはそう見える」
「ならいい」
奴は毎度不思議がる。
がそれが…奴が近衛で手柄立てる決意への…返答と、気づいてるのかどうか………。
ゼッデネスはまた、くすくすと笑った。
オーガスタスは約束道理近衛に上がり、上がった途端、左将軍補佐なんて大役を射止めたからだ。
左将軍の呼び出し受け、オーガスタスは扉開ける。
「…また、ムストレスの横やりか?
俺の口調がぞんざいだったと?」
ディアヴォロスが机前で微笑む。
「君には義父が居たろう?
君の誕生日が直だから、出来れば君の義父と共にある場所で祝いたい」
オーガスタスは途端、口ごもる。
「教練前確かに義父はしてくれたが…教練上がってから、誕生祝いはダチと酒場で祝杯が定番だぞ?」
ディアヴォロスはそれでも、微笑った。
「彼らも招待しよう。
私のつてで、女性も構わないかな?
あまり身分の高くない女性を選ぶから」
オーガスタスは若く男らしい美しさたたえ、気品溢れる上司の、その顔をマジマジと見た。
「…出来れば前日、そこに君の義父と出向いてそのまま、泊まって欲しい」
オーガスタスはじっ…とディアヴォロスの顔を見た。
「これが…あんたの流儀か?」
「だって君は私の、一番の片腕だ」
言われてオーガスタスは、毎度近しい者の誕生祝いを…その相手が一番悦ぶ方法でディアヴォロスがしてるのを思い出す。
「…俺の番…って事か」
「どうして自分はされないと思ってるんだ?」
ディアヴォロスに素っ気無く言われ、オーガスタスは肩竦めた。
その日、自宅に帰り数時間後、王族の馬車が訪問する。
オーガスタスはゼッデネスと共にその馬車に乗り込んだ。
道が進む毎に、ゼッデネスの表情が変わる。
そして…門の前に馬車が止まり、門が開くと…ゼッデネスは微かに感激するように、震った。
「…知ってる屋敷か?」
オーガスタスの問いに、ゼッデネスは答えなかった。
いや…答えられなかったのだ………。
ヴィラヴィクス邸。
その懐かしい佇まい。
オーガスタスを迎えてから…荷を取りに、一度訪れはした。
その時はもう、新しい家人の趣味で、けばけばしく飾り付けられ、懐かしい母の愛した調度品は、けばい家具の隅に、隠れていた………。
ごてごてとした飾り。
あの…落ち着きと優しさと…包み込むような歴史を刻んだ風情は消え…ただの悪趣味でへんてこな屋敷に変わっていた。
だが…オーガスタスを得たゼッデネスは構わなかった。
ここを愛する両親は…もう、居ないのだから………。
だが…!
屋敷を目にすると再び心が震えた。
良く、昼寝をした大木の枝。
あの…花畑の前で…シュスーラと笑い合ってキスをした………。
あああの…テラスで母はいつも…美味しいお茶を煎れてくれた………。
ゼッデネスの瞳に、幸せだった幼い頃が蘇る。
オーガスタスが、ぼそり…と言った。
「ここが…ヴィラヴィクス邸なのか?」
ゼッデネスは振り向かなかった。
潤んだ瞳を、見られたくなくて。
玄関に馬車は止まり、扉が開く。
「ダルディアス公が、私の養子の誕生祝いを?」
言って顔を見る。
執事はかつての主人を見、瞳を潤ませた。
「ディキス…そのまま…努めていたのか?」
「アリアナもロンゲスもおります!
旦那様!
お久しぶりでございます………」
老執事の瞳が潤み、ゼッデネスは顔を、伏せた。
がぼそりと言う。
「いい主人で、良かったな…。
俺は…お前達の進退については何も………」
「でも…調度も私どもも、そのままと…そうおっしゃったと………」
「俺が言ったのは…執事も使用人も、調度も込みで売るから、最高値で買ってくれと………」
「それでも大公様は、私どもを大切にして下さいました」
ゼッデネスはようやく顔を上げ、ほっとしたように言った。
「それを聞いて安心した」
扉を開けると、犬が尾を振り飛んで来る。
「アレクサンドル!
まだ…生きてたのか?」
「アレクサンドルは昨年老衰で…これは息子でございます」
「そっくりだな…」
言って…顔を上げたゼッデネスは、呆然とした。
そのまま………昔そのままの玄関。
だが、以前訪れた時、この広い玄関ホールにはもっと…金がふんだんに使われた飾り物がごてごてと………。
「……………」
執事は
「こちらでおくつろぎを」
言って横の、応接間に通す。
ゼッデネスは室内を見回す。
そこらかしこに幻影が…見える。
客が居るのに、アレクサンドルの親…レキサスと一緒に駆け抜けて母に叫られた。
「どうしてここを抜けるの?!
お客様に、失礼でしょう?!!」
俺は笑って………笑って…レキサスと……。
そのレキサスも昔死んだ。
息子のアレキサンドルはまだ子供で………。
良く…纏わり付いて来た。
レキサスに良く似ていたから…いつも、その頭をなぜ、アレキサンドルは嬉しそうに………。
足が動かず、酒浸りに成った時、悲しそうに………。
動けなかったから、側で駆け回るあいつに、酒瓶投げつけた事もあったな…。
なのに…アレクサンドルの奴、庭で転んで動けない俺の服の裾懸命に引っ張って…。
俺が立てないと解ると、吠えて人を呼んでくれた………。
そうか…死んだのか…………。
ゼッデネスはその時、老執事が銀の盆を自分に差し出してるのに気づく。
その上の書状。
「なんだ?これは………」
「ここの新しい主からの、お手紙でございます」
「新しい主………?」
道理で。とゼッデネスは周囲を見回す。
その新しい主は、母が居た頃のここの常連の誰かで…きっと昔を懐かしみこの屋敷から、ごてごてした装飾を取り払ったのだろう……。
昔、そのままだ。
そして…手紙を開き、目を見張り…………。
すっかりその存在を、忘れていたオーガスタスを見つけ振り向き…叫んだ。
「どうして…お前の上司はここの事を…!」
オーガスタスは俯いたまま…ぼそり。と言った。
「誰…とは聞かないでくれ。
ともかくそいつが俺に教えてくれた。
あんたは昔大金持ちで素晴らしい邸宅持ってたが、俺を買う為売っぱらっちまったと………」
「それをディアヴォロスに話したのか?!」
オーガスタスはバツが悪そうに、顔背けた。
「まあ、話の流れで。
あんたには、うんと恩がある。
そう言ったら」
「お前も…一枚噛んでるのか?!
この屋敷が一体幾らすると…お前、それ程の給料貰ってるのか?!」
がこの時オーガスタスは眉寄せて少し睨むように言った。
「何の話だ?」
「これは…この屋敷の権利書だ!」
言った途端、ゼッデネスにも解った。
オーガスタスも知らなかったのだと。
だって目だけを…まん丸に見開いて、叫んだ自分を見ていたから。
すっ飛んで来て、手紙ひったくり、そして読む。
「…あんたのものだと…」
ゼッデネスは怒鳴った。
「その下を読め!」
「これをオーガスタスの誕生祝いにしても多分…彼は賛同こそすれ、怒りはしないでしょう…?
………ディアヴォロス」
二人はそのサインの主を思い浮かべ、顔見合わせ………そしてオーガスタスは突然部屋を出ようと扉に駆け寄り…だが、振り向いた。
が、ゼッデネスは叫ぶ。
「突っ返して来い!
誕生祝いには、高価すぎると!」
が、オーガスタスは背と顔をゼッデネスに向け、眉下げて尋ねる。
「あんたは…?けど、嬉しかったんじゃ無いのか?」
ゼッデネスはだが、睨んだ。
「幾ら何でも、こんな高い物ポンと、貰えるか!!!」
オーガスタスが、言い淀む。
「だが…あんたはその高い物を俺の為に………」
「だが俺はお前を得た!
かけがえのない息子をな!
この邸宅同様価値あるものを得てる!
一銭足りとも失ってないぞ!」
オーガスタスは一瞬、泣きそうに顔歪めた。
「俺には…大してあんたに何もしてないのに?」
「お前に俺の気持ちが解るか?!
居てくれる。
それだけでいいんだ。
お前が俺の息子として、この世に」
オーガスタスは、言いたかったみたいだった。
そんな…事だけで良いのか?
その言葉を。
が、飲み込んで頷き、扉閉めて出て行く。
ディアヴォロスは近衛軍指令本部の左将軍室に居て、扉を開けるなり言った。
「ちゃんと文面は読んだのか?
君が私の元で10年勤めるのが条件だと言う条項は?」
「………読んだ!
だがあの後の文はどういう事だ!
“私は彼が10年命を落とさず側近を辞める事なく過ごすよう断固として見守るので、事実上は貴方の屋敷と受け取って頂いて構いません”だと?!」
オーガスタスは走りずめだったので、息切らし怒鳴った。
が、ディアヴォロスは素っ気無く言った。
「屋敷を突っ返そうと思ったら、私の所を辞めるしかないが、私は君を手放す気は無いぞ」
オーガスタスは、沸騰した。
「もっと安い物にしろ!!!」
が、ディアヴォロスは即答する。
「ゼッデネスに言え。
君の価値をあの邸宅の値段だと、そう決めたのは彼だ」
オーガスタスは言い返そうとした。
が、この数ヶ月ディアヴォロスと渡り合い、もう解っていた。
彼は引く事をしない。
バン!
腹立ち紛れに扉思いっきり閉め、その場を後にする。
そしてヴィラヴィクス邸に戻り、ゼッデネスに告げた。
「俺がディアヴォロスの元を10年前に辞めれば、この邸宅を奴に返せる」
ゼッデネスは呆れたように首横に振り、言った。
「貰うしか無いようだ。
俺だってお前が左将軍の元を10年前に辞めるとは、思えない」
かつん…かつんかつん…。
ゼッデネスは杖突きながら、邸宅内を見回る。
どの部屋を見ても、昔のままだ…。
オーガスタスはその…懐かしさで潤むゼッデネスの…瞳を見た。
お茶を持ってきた老執事が呟く。
「つまりそのう…ディアヴォロス様は、皆の記憶を総動員して昔に戻せと………。
この屋敷を良く知るご婦人まで伴われて…」
ゼッデネスはオーガスタスを見、オーガスタスも…ゼッデネスを、見た。
翌日の誕生会に、悪友はぞろぞろ顔出したが、ディアヴォロスは顔を見せなかった。
オーガスタスはそこで、ギュンターを口説いているかしましい妹達を微笑って見守る長女、マディアンと出会った……。
オーガスタスが左将軍補佐に戻り一人懐かしいヴィラヴィクス邸に居ると…耐えられなかった。
欠けた者が気になって。
それで…かつての婚約者、まだ結婚してないシュスーラを訪ねていき…そして、膝を折ってプロポーズした。
ゼッデネスの結婚を聞かされたオーガスタスは、ディアヴォロスが微笑っている。
と感じた。
が肩竦めた。
相手は光竜身に宿す千里眼。
戦う事自体が、馬鹿げてる。
その結婚式の日、オーガスタスは花婿に言われた。
「ディアヴォロスに、礼を言いに行く」
オーガスタスは言った。
「あんたが礼言ってる事くらい、ディアヴォロスはとっくに知ってる。
だがあんたの気が済むなら、きっとディアヴォロスも付き合ってくれるさ」
ゼッデネスの横で花嫁が輝くような笑顔で腕を取り…ゼッデネスはもう一度、愛おしい記憶で詰め込まれた、屋敷を見回す。
ヴィラヴィクス邸…。
我が心の…。
懐かしさで瞳が潤む。
今は亡き、母と父がそこで微笑浮かべ、式に参列してる気がした。
微笑返す。
幻のように、透けた二人が、頷き返す。
屋敷に馴染む麗しのシュスーラの手取り…ゼッデネスは絨毯の上を歩く。
周囲、祝福する懐かしい顔、顔、顔…。
見回しながら、もう一度振り返る。
赤い髪のオーガスタスがそこに見える。
奴を手に入れ、全てが戻って来た。
文字道理、全てが………。
オーガスタスが、頷く。
ゼッデネスは潤んだ瞳で、頷き返した………。
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