赤い獅子と淑女

あーす。

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プロローグ

ローフィスの証言

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 その時の事は良く、覚えてる。

三年のジェイラスはごつくてガタイがデカく、態度もデカい男で…。
一緒に奴の監督下に置かれた二年の小柄な美少年、ファーガスンは、心から怯えていた。

ファーガスンはよく、女の代わりにされてる。
とやはり二年で、同じ班のランスティルに聞いた。
だがランスティルは含みある瞳で、俺を見た。
「まあ…ファーガスンみたいなのが好みな奴が、それは多いが…。
好みは人それぞれだ」

俺は、どういう意味だ?と、聞く気も無かった。
だから…ジェイラスが
「こっそり入手した高級酒がある」
と俺を誘った時、まさかそれが…俺をどうこうする気だとは、てんで気づかなかった。

第一シェイルみたいな飛び抜けた美貌の持ち主の義弟を持ち、俺の方を押し倒そうとする奴が居るなんて、誰に想像付く?

…ともかく…。
自分でもあの時間抜けてる。
と思ったが、押し倒されて初めて奴が冗談カマしてるんじゃなく、本気だと気づき…。
正直、頭の中が真っ白になった。

理解不能だ。
俺を押し倒して楽しい。と思う男がいるなんて。

…で結局、先手を打たれて腹に喰らっちまった。
大抵の事には驚きもしない、世間ズレした俺だったが、あれは流石に…。
びっくりした。

だが腹の痛みで正気を取り戻し、ついでに奴にも正気に戻って貰う為に、思い切りブン殴った。
けど奴はまだ正気に戻らず。
俺は掛ける水が無いので代わりに奴の、横腹を思い切り蹴り倒した。
体がデカイからきっと、脳に到達する迄時間がかかるんだろう。
そう思い、ついでに俺の貞操も守る為に(自分で自分に言い聞かせながらも、呆れた。
男相手に貞操を、俺が護る必要が生じるだなんて)、念入りに蹴ってやった。

俺が男に迫られた時と言えば、嫁さんに逃げられた木こりが、最初シェイルを手込めにしようとするからブン殴り、シェイルを逃がした後木こりに泣きつかれた。

切羽詰まってるし、大人の事情に長けるにはもう少し年取らないと解らないだろうが、どうしても相手が必要だ。
結婚の時絶対別の女とは寝ない。と誓っちまったから、女には頼めない。
シェイルが駄目なら、俺でいいから相手してくれ。

そう…。
言って俺の返事も聞かず押し倒して来るから、股を思い切り蹴り上げ、気の毒だとは思ったが、俺は叫んで逃げ去った。
「いくらあんたが可哀相でも、これだけはごめんだ!
他を当たってくれ!」

…ともかく……。

何が起こったのか暫くショックで呆然としつつも丘を登り、腹の痛みが現実を、思い出させた。
途端…だった。
肩下に滑り込む体温と…デカイ体の感触。

奴は力強く俺の肩を支え…俺はふい。と奴を見た。
入学式の上級との顔合わせの時、奴は一際高い背と体格とで目立ちまくり、上級生の感嘆の声音にも、見せ物のようにその場全員の注目を浴びてもビクともせず、一年離れした貫禄を見せつけた。

笑顔が印象的で、人の心を一発で溶かし、つい奴には何でも打ち明けちまう…。
そんな…親しみ易い笑顔だった。

皆誰もが、「ヤツは大物だ」そう思ったし、そう思わせるだけの風格を、ヤツは一年ながら持っていた。

奴が俺を、見ない事で俺にはさっきの顛末を、奴は全部知ってる。と解った。
自覚があったらバツが悪かったろうが、俺はまだ、自分の身に起こった出来事の心の整理が付かず、つい、黙って肩を借りた。

宿舎の自室迄にはずいぶん道のりがあった筈だが、その間オーガスタスは一言も
「良くある事なのか?」
みたいな、同情的なセリフは吐かず、俺をほっとさせた。
もし聞かれていたら、怒鳴ってたろう…。
腹の痛みを軽減させるだけの力持ち、ガタイ良く、俺に気良く肩を貸す、大事な看護士(オーガスタス)に向かって。

「黙ってろ!俺だって教練の噂は嫌という程聞いて
『騎士気取りの貴族野郎は夜盗と変わらず、平気で下級生を女の代わりにする』
と、ちゃんと知ってる。
がまさか、俺を押し倒そうとする趣味の最悪な変態野郎が居るだなんて、そこまでひどいとは思わず、ショックでどうにかなりそうなんだ!」
と……………。

オーガスタスはもしそれを聞いたら、目を見開いたろう…。

ともかく…俺の殴られた腹だけで無く、気持ちも思いやる、そのデカイ体のライオンに、俺は心の中で感謝した。

自室の扉を開ける頃には、腹も心も落ち着いた。
奴は彼の肩を外し…そして俺は、ガタイのやたらデカい男は、大嫌いだった。

自分はそれ程小さくないにしても…デカい男達は大抵馬鹿で、態度がデカくて威張っていたからだ。
(俺がデカイ男が嫌いな顛末を話すと長くなるが。
ともかく…俺に好意を持つ女の子が好きだった、デカブツ嫌いになった原因の、そのデカブツは。
身の程知らず。と俺に思い知らせる為にそのデカイ体にモノ言わせ、脅しまがいの命令を俺に言い渡した。
俺を奴の使い走りにし、好いた女の前で
『ヤツはこの程度の野郎だ』
と、見せびらかす為に。
当然、奴の下に就く俺を、彼女は軽蔑するし、俺への好意を無くすだろうと。
その脳味噌の少ないデカブツは思ったんだろう…。
もう少し脳味噌があったら、絶対俺をやっかむ前に、身なりを構う。
せめて…二日に一辺くらいは、風呂に入ってた筈だ。
臭い男は女に好かれないと、どうして解らないんだ?

…ともかく、俺は嫌だと言ってやった。
俺は見くびってたが、奴は脳味噌が無い代わりに怪力を持っていた。
今でも悔しいが、木の根に足を取られ、あいつに掴まり…そしてその怪力で思い切り体を、捻られた。

ぼきっ。
と言う鈍い音と激痛を、今でも思い出せる。
ともかく俺は背骨を折り…見ていたシェイルが親父を呼び…親父は枕元で医者代わりの呪術師の、判断を聞いた。

「…直…死ぬか、良くても手足が動かせなくなる」
シェイルがそれを聞き、あの大きなエメラルド色の瞳を悲しげに瞬かせ、必死で俺の手を、握りしめていたのを思い出す。

俺は…シェイルがあんまり綺麗で可愛くて
「こんな天使に看取られて逝くのは、悪く無いかも」
とその時あまりの痛みでつい…そう思った。

が、親父はシェイルの頭をぐりぐり撫でると、ぶっきらぼうに怒鳴った。
「安心しろ。どっちにもさせない」

シェイルはいつも…親父が言った事を必ず何とかする。
と知っていた。
でもシェイルがこう思ってるのは、解った。
『食べ物が無いんじゃなく、暖かな毛布が無いんじゃないのに…』

親父はいつも、旅先で無くて困るものを必ず、どこからか調達して来たからだった。
俺達チビ二人を安全な洞穴に待たせ、二日以上かかって、ズタボロに成って戻っても。
必ず、俺達にその手の平を開いて見せた。
『ほら。ちゃんと持って帰ったろう?』

その信頼を、親父は裏切った事が無い。

だが…。
俺でも思った。
俺を直す薬草も手段も、知り尽くしている専門家の呪術師がそう言ってる以上、他に手段は、無いだろう?と。

…が、親父は俺にありったけの酒を飲ませ…シェイルに酒瓶渡して、痛むようならそれを飲ませろ。と言って荷馬車の荷台に俺とシェイルを乗せ、馬車を走らせ続けた…。

親父の目指す地に、辿り着く前に俺は自分でも事切れる。
と思ったが、虫の息で着いた途端、痛みは突然引き…。
暖かい光にじんわり、包まれたように心地良くて…それを感じた時、気絶していた。

目が醒めると…横でシェイルが、大きなエメラルド色の瞳からぽろぽろと涙を、真珠の滴のように流していて
『ああ…綺麗だな』
そう…思った事を覚えてる。

その不思議な場所に…一週間は居たろうか…。
住民は皆、背が凄く高く、皆白っぽい姿をしていた。
ここは天国で彼らは天使に違いない。そう思う程、彼らは皆素晴らしく美しかった。

…だが、見慣れた親父の顔もある。
親父は跳ねた栗毛の髪と鼻髭を揺らし、荒っぽい伊達男…の風体のいかつい表情で…。
そして、きらりと光る宝石のように透けた青の瞳を真っ直ぐ俺に投げて…ぶっきら棒に言った。
「…くたばるにゃ、まだ早い」

俺は…幾つの時だったろう…?
ともかく…7・8才…そんな餓鬼だったと思う。
俺が溜息付くので、親父は俺が横たわる寝台に屈んで顔を寄せた。
『どうした?』
その表情につい、言った。
「一気に夢が覚めるぜ…。
激痛のご褒美としちゃ、俺は出来るだけシェイルの顔を眺めていたい………」

俺が元気なら頭をはたかれたろう。
が…その時親父はやっぱり俺の頭をぐりぐりなぜて…唸った。
「もう暫くはそうしてやる」

そして…背を向けた。
広い肩幅…。大きな背。
一瞬見せたその横顔の…その瞳にきらり…。と涙が、光った気がした。

…後にその天国は『光の里』と呼ばれる、『光の民』の住む場所で。
彼らは…神のごとくの奇跡の力を、持つ種族だと知った。

ほら…やっぱり長くなったろう?
ともかくそれ以来、俺は図体のデカイ男を、毛嫌いし続けたし、そんな奴らを叩きのめす攻略法を、練り続けた)

だがオーガスタスに向かって、俺は直ぐ、顔を上げ言った。
「よぉ…!」

自分でも意外だった。
奴は俺が、一目で敬遠するガタイなのに。
例え、肩を、借りたとしても。
優しいデカい男は、大抵が図体の割に優柔不断で………。

ともかく利口なデカい男に、出会った事が、俺は無かった。
ぐずぐずと良い訳がましく行動に出れないか…それとも威張って乱暴か…。
大抵そのどっちかだった。

だがどっちも…脳味噌が無い。
親切にしては貰っても…やがて俺に何かをさせようとし、俺がぐずると、途端思い出させる。
俺は小さく、自分は俺をねじ伏せるだけの力と体格があるんだ。
と、毎度威嚇してくる奴ら。

そんな付き合いは真っ平だし、奴らは結局、俺を子分に従え…。
丁の言い使い走りにさせるだけだ。

だが俺の言葉に、奴は苦笑いして言った。
「薬草は、持ってるのか?」

持ってない。
もしそう言ったらきっとこの、貫禄ある優しい顔をした、デカい体のライオンは。
医務室まで俺を抱えるか…それとも単独で出向いて、薬を、持ってくる腹だ。
そう…読めたから俺は、懐に常備してある薬草袋を、上着の上から叩いて示した。
『必要無い』と。

俺は信じ難かったが…その人懐っこい笑顔と軽い頷きでようやく…確信した。
利口で気持ちの通じる…本当にそのガタイに見合った、懐の広い男も、世の中には居るんだと。

だから、奴に言ってやった。
「今夜の夕食で会えるな」

また会った時、俺は奴に言った。
「よぉ…!」

自分でも不思議だった。
が直ぐ納得いった。
懐の広い…奴が俺にそう、させるんだと。

奴は例の…屈託無い、親しみ易い笑顔を浮かべ、頷いた。
奴の周囲にはもう、奴の人柄を慕う男達が侍っていたし、俺はその中の一人に、過ぎなかった。
だがオーガスタスは周囲の男達と、分け隔てなく付き合う。

侍(はべ)る男達をだれ一人、奴は子分にする事無く、いつも対等の付き合いをする。
それが気に入り…そして皆が、奴自身をも気に入り………。
事ある毎に俺達は、奴を取り巻いた。

そして…同じ学年の、面だけが取り柄の嫌味で悪行だらけの、最低な王族、グーデンを敵に回しても…。
誰も、慌てふためかなかった。
オーガスタスが、居たからだ。

身分が低かろうが…オーガスタスの態度と風格はいつも、王族の血を持つグーデンを圧倒した。

俺達はオーガスタスを取り巻き…そしていつも、愉快に笑って過ごせた。
奴が居なけりゃ…きっと王族のグーデンは幅を利かせ、それは…窮屈で退屈な教練生活だったろう…。

だがオーガスタスはそれを一度も、恩に着せた事が無い。
皆が皆…言葉にはしなかったが…。
奴の恩に報いようと…奴の望む事を率先し、した。

「正義の味方面しやがって!」
グーデン一味に言われたが、平気だった。
オーガスタスと一緒にやる“正義"はいつも、痛快で愉快だったからだ。
 
奴の境遇が、何だってんだ?
奴隷上がり。
もし誰かがオーガスタスの事をそう蔑んだら、俺達は黙っていないだろう…。

俺は後年…神聖神殿隊付き連隊に入り、そして『光の民』を身近に知った。
奴らは光の力を持ち…常に光りに包まれている。
光とはどういうものか。
それが近くにあるだけで、どれ程の不安や恐怖が去ってゆくか。
を…俺は目前で思い知らされた。

奴らが部屋に、入って来る。
それだけで、空気が違った………。

もちろん、『光の国』の『光竜』をその身に宿すディアヴォロスもそうだった。
が、彼は特別で別格だと、思い込んでた。

だが…『光の民』に出会った時、俺はようやく解った。
オーガスタスも…そうなんだ。と。

奴が部屋の中に入ってくる。
途端…安心感と頼もしさが広がる…。
恐怖も不安も…綺麗に消え去って行く。

奴は列記として人間で…光の力なんて持っちゃいないのに。

だから…俺は今でも、デカイ男は大嫌いだ。と胸を張って言える。
ディアヴォロス?奴は別格だし、オーガスタスは例外だ。
『光の民』?
奴らはデカイんじゃない。
デカイのが、当たり前の種族で、ああいう人種なんだ。
それに…奴らは子供を、大事にする。
俺達は奴らにとっちゃ、子供のような身長で…。
人間の脳味噌の無いデカブツとは、訳が違う………。

それを聞いた時、オーガスタスは肩を竦めた。
「つまり、俺もディアヴォロスも。
お前のデカブツ嫌いを、直せなかったんだな?」

俺は…もちろん、思い切り頷いた。


※注釈 ローフィスの言うデカい男。とは、身長2mを越す男の事を言います。







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