赤い獅子と淑女

あーす。

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ヨーンの襲撃

ヨーンの襲撃 2

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 馬から降りたギュンターを、アンローラだけで無く次女、エレイス迄もが取り囲み、少し遅れてラロッタも後ろに付く。

マディアンは引かれるようにギュンターの方に歩き出し、妹達の後ろから尋ねた。
「今日はオーガスタス様は、ご一緒じゃないのね」

ギュンターは気づいて顔を上げる。
金の髪の紫の瞳の、煌めくような美貌の青年。

「…あいつは左将軍の用で忙しい。
早々俺のお守りも、していられないさ」

マディアンが、余程がっかりして見えたのだろう。
ギュンターは前を塞ぐアンローラを、やんわり押しどけると、マディアンに真っ直ぐ進み、その前に立つ。
「…あいつに伝言なら、俺が伝える」

マディアンは目前の美貌の青年が…少し気の毒そうに顔を下げて見つめているのに気づく。
かなり長身だった。
けれどあの方は、もっと…。

ギュンターが、返答を待っているようで、マディアンはしどろもどろの小声で囁く。
「あ…あの…、今思いつきませんわ。
また、後なら…」

ギュンターは、頷く。
「あいつはああ見えて、いい加減な事はしない男だ。
だが今は、若年(じゃくねん)なのに左将軍補佐なんて大役に任命され、何かと忙しい。
あんたとその…約束してたとしても、気が回らない事だってあるかもしれないから、その辺のとこ、容赦(ようしゃ)してやってくれ」

マディアンはその、親身な言葉に顔を上げた。
「彼の事、とても信頼してるのね?」

そう尋ねると、素晴らしい美貌の青年は、けれど普通の青年に見えた。
「信頼してるのは俺だけじゃない。
あいつは大勢に頼られてるし、それだけの器の男だ」

素っ気無い…言葉だったけど、その無器用な美貌の青年の、彼に対する温かい心遣いが感じられた。

「…彼は貴方の事、近衛の出世頭だって」
ギュンターは、苦笑した。
「“手に負えない暴れん坊で、俺のようにデカい男じゃなきゃ喧嘩の仲裁に入れない”
とは、言ってなかったか?」

マディアンは、笑いたかった。
けど尋ねた。
「貴方も…彼と一緒に戦場で、戦ったりするの?」

ギュンターは一つ、吐息を吐くと、言った。
「あいつが仲間だと、負ける気がしない」

マディアンは、ギュンターを見た。
“私達、女では…想像も付かない戦いの場で、彼と…一緒に戦っているのね…”

マディアンは俯くと、そっと聞いた。
「…貴方も…そう?
妻を迎え子供が出来る幸福より…戦場で名誉の戦死がしたいと…そう思っていらっしゃるの?」

ギュンターは、暫く黙り…そして苦笑した。
「そんな…事まで、あんたに話してんのか?あいつ…。
確かに、俺もそう思ってる。
騎士としては、最高の死に様だ。
けど妻や子供がいちゃ…心安らかに死ねないだろう?」

マディアンは、顔を上げた。
“だから…”
その、美貌の男が勇猛な理由が解って。

命が惜しくない。
だからどれだけの危険も、平気なんだ。と。

でもどうしても、聞きたかった。
「命を大切にしろと…おっしゃる方は誰も居ないの?」

ギュンターは少し、困惑して見えた。
「俺は母親が早くに死んで、ずっと父親が誰かも解らなかったし…。
オーガスタスは幼少の頃、両親が事故で他界してる。
だから…と言う訳じゃないが、しがらみが無いから自分の身を、自由に出来るのは確かだ」

マディアンはそう言った、微笑むとうっとりするような美貌の青年を見つめた。

ギュンターは背後で待ってるアンローラとエレイスに振り向き、二人に取り囲まれて人々の集う前庭へ歩き出し、マディアンの横にはシェダーズが、並び歩いた。

シェダーズが頻(しき)りに話しかけていたが、マディアンは自問し続けた。

“ご両親が居ないなら…ずっと寂しかったのかしら…?
その寂しさに、慣れてしまわれたから…本当の人付き合いが苦手なのかしら…?”

長く赤い髪が覆う、大きな背。
大らかな、屈託の無い笑顔…。

でも本当は…本当は、孤独な方なのかしら…。
誰にも言えない涙を、たくさん抱えてらして…。
そしてそれを、誰にも見せられなくて………。

とても…心の温かい、優しいお方なのに。


前庭に辿り着くと、ギュンターはもう、大勢の女性達に取り囲まれていた。

シェダーズが椅子を勧め、それに習って腰掛けようとして…浮かす。
「ごめんなさい。
一人になって考えたいの」

マディアンはそのまま、横の蔓の巻き付く石壁に囲まれた、小道へと歩き出していた。
シェダーズが素早く背後で囁く。
「貴方が失恋されたというのは…左将軍補佐殿ですか…?!」

マディアンは返事を返さず振り向きもせず…小道のその先。
屋根のある小さな屋外のあずまやに急いだ。

座って…一人きりで、ゆっくり考えたかった。

どうしたら…オーガスタスがあの美貌の青年と一緒に戦って、二人仲良く天国に旅立ってしまうのを、阻止できるのかを。

だって、酷い!
そんな事聞かされるぐらいだったら、ギュンターと彼が恋人だと聞かされる方が、何倍もマシだわ!

だって思えるもの!
貴方が、女性をどうしても愛せないから、無理だって!

違う…別の世界の人種だって!

貴方を取り合う相手が、天国だなんて!
よっぽどの事が無きゃ、太刀打ち出来ないじゃない!!!

固い…石のベンチだったけれど…腰掛けると、ほっとした。
心の中でもう一人の自分が呟き続けるのを、マディアンは聞いていた。

“左将軍補佐だなんて、雲の上の理解出来ない人よ。
ちゃんと足が地に付いてる、真っ当な家庭のシェダーズ様を選ぶべきよ!”

ああ、私岐路(きろ)に立たされてる…。
マディアンはぼんやり、そう感じた。

そうして…オーガスタスの事をどうやって忘れよう。
それを、考え続けた。

でも浮かぶのは…彼の手が触れたら、どんな温もりだろう…?
彼の大きな腕で抱きしめられたら。

そんな事ばかりが浮かんで、絶望的な気分になる。
“一夜の付き合いで忘れられるかも”

でも…きっとまた次。
そして次…。
そうしてる内にもう、彼の表情や仕草の一つ一つが、愛しくなるわ。

屈託の無い笑顔に浮かぶ、悲しげな表情。
彼の命を失いたくない。
そう願う私を、悲しそうに見るあの人。

それを考えただけで、彼がどれだけ好きで失いたく無いか。
を思い知ってしまう。

けどふいに、腕を掴まれ、マディアンは振り向く。

“ヨーン!”

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