赤い獅子と淑女

あーす。

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出立 と番外編 ディアヴォロスとオーガスタス ギュンターとディンダーデンの出会い

左将軍就任 2

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 日が暮れてもずっと、椅子に掛けたまま。
彫像のように動かず考え続けるディアヴォロスに、『光の国』の『光竜』ワーキュラスが彼の中から、心配するようにささやきかける。

“どうするつもりだ…?”

ディアヴォロスは一つ、吐息を吐き、顔を上げる。
「ムストレスと、戦う事になるだろう…。
彼の執念を“凄まじい”と、君は言った…。
それに…………」

“この先奴と、君は戦う事になり…。
出来れば…出来うるのなら、そんな事態を全力で避けろ。
私は君に、そう言った”

「…………………」
ディアスは無言で、頷いた。

“アルフォロイスが、そんなに好きか?
自分の保身も捨てる程”

「解ってる筈だ。ワーキュラス。
彼が近衛に居て…自分も居る以上。
彼の後に付いて行きたい。
と切望しない男が、居るとは思えない」

“君も含めて?”

ディアスは無言で頷いた。
「左将軍に就任すれば、部下の任命が待っている。
だが…私の下に就きたいという男は、おそらくムストレスを恐れ、誰も名乗り出ないに違いない。
ムストレスが、笑うだろうな。
左将軍と言う輝かしい飾りを纏った…ただのでく人形だと」

ワーキュラスは、左将軍就任後。
ディアス(ディアヴォロスの愛称)が、自分の配下を作り上げる作業に心を痛める様子に気を配り、優しく言った。

“笑わせておけばいい………”

「…忠告を、聞こう…………」

自分の前でだけ、ディアスは子供のように素直だ。
『光の国』の偉大なる『光竜』ワーキュラスは、自分の前に佇む…。
彼ら光竜達にとっては、“蟻”のように小さい…。
そしてそれだからこそ愛おしい、小さなディアスに言葉をささやきかけた。

“アルフォロイスが、正解だ。
君も自分の右腕に、君が“好き”だと、思える人物を選べ。
それが選ばれた人物にとって…アルフォロイスに乞われた自分同様、大変な苦労を背負わせる事になろうとも。
君も、左将軍を受けて後悔はしないだろう?”

何でもお見通しのワーキュラスに、ディアスは一つ、吐息を吐く。
「君からも…アルフォロイスはやはり、大きく見えるのか?」

“アースルーリンドの民は昔から…王族に金髪の一族を、選んできた…。
どれ程の侵略にも耐え、国が滅びずここ迄来たのは…。
その血統をアルフォロイスも、受け継いでいるからだ…。
彼らはその血に、負ける事無く民と国を守り通す、強烈な使命。
を、受け継いで来ている。
そして君…黒髪の一族は。
昔からそんな金髪の一族に焦がれ…。
彼らを手助けしようとする、熱烈な希望を受け継いでいる…。

昔…私を『光の国』から呼び出した君の祖先は、そんな金髪の一族が命賭けても国を護り抜こうとする意志に引きずられ。
だが、あまりの敵の巨大さに、その愛すべき金髪の一族の命が失われる絶望に胸引き裂かれ、私達に強烈に語りかけた。

次元を越えて尚、その痛切な想いに胸、打たれる程響き渡る、凄まじい、哀れな声音で。
だから………私は君の祖先の、想いに応えて彼女の身に自分を降ろし、『光の国』との回路を作った。
それは…彼女…君の祖先にとっては、大変な苦労だった。
が、金髪の一族への愛ゆえに、耐えきった……。
以来私は、この回路を切らずにずっと…保ってる。
金髪の一族は、理屈等無い、熱烈な国を護ろうとするその気持ちで、人を後ろに従え。
そして…君…黒髪の一族は。
冷静だが断固とした強い意志と激しい激情で、人の畏怖と尊敬を集めて来た………。

私は知っている。
計算の出来る君の祖先がどれ程…保身に走ろうと試みても。
結局…金髪の一族に魅了され…本来の自分を捨ててまでも。
金髪の一族に仕え、その命を捧げようとして来たのかを。

私がここに居る事は、黒髪の一族が金髪の一族に対する、愛と忠誠の証だ………。
例え、その忠誠が君の代で途切れたとしても…。
多分私は回路を切らず…いつか…再び君のような男が一族に現れるのを待ち、その男に語りかけるだろう………”

ワーキュラスの、胸の痛みが解った。
ディアスは思った。
私が彼のその語りかけに応えた時、彼は秘かに予感でその言葉を、震わせていた。

もう…かなり長い事ワーキュラスの声に応え、彼をその身に降ろす者は、『黒髪の一族』の中に居なかった………。

例え言葉を交わせたとしても…。
その身がワーキュラスを降ろす程に丈夫で無く…鍛錬にも耐えきれないと解った時、ワーキュラスはその語りかける言葉を止(と)めた。

耐えきれる体力と体格の男が居ても…。
その精神が小さく…ワーキュラスが降りれば気が狂う。
そう知って引き下がり…。

そんな風に、幾代の男達を見送り、待ち続けていたろう………。

ワーキュラスは途方も無く大きい。
と感じる。
だが彼が時に…。
まるで大切な友人のように寄り添い、自分の温もりを感じ。
途端、安堵したように嬉しげに…そして、幸福そうにその身に纏う金の光を、震えるように輝かせる。

子供のディアスはそんなワーキュラスの見えない光の波動が、あんまり…美しく。
柔らかく、優しく神々しく……。
そして、切なかったから、ワーキュラスの側を離れまい。と誓った。
ワーキュラスがどれだけ…もう、止めていい。
…と、厳しい鍛錬を止めても、ディアスは歯を喰い縛った。

自分がワーキュラスを失うのが悲しかったし、それに。
…この大きな竜の姿をした“神”が、幾世紀も待ち続けた、人間の“友達”を失う落胆を、感じたくなかったからだ………。

“神”は偉大で、誰よりも卓越して大きい。
と、多くの人は思っている。
けど、ディアスだけは、知っていた。

“神”も、“泣く”のだと……………。

ワーキュラスが泣いた。
と感じた時、雨が降った。

“神”のその大きな“気"は、大気をも促す…。

優しい、雨だった。
しっとりと…肩を髪を濡らす…柔らかな。

だが、やり切れないような吐息が大気を満たし、空を覆い…。
…とても…切ない……………。

ワーキュラスはそう思い出すディアスに気づき、優しくつぶやく。

“君は心の内を滅多に人には見せないが、とても、優しい”

ディアスは途端、笑った。
「一族の男には、珍しいか?」

“オーデアナの血が混じってから、黒髪の一族には残忍な男が増えた”

オーデアナ………。
一族で伝説と成っている姫君だ。
金の、髪をしていた。
だが一説には黒髪の一族の男を手に入れる為、赤毛を金に染めた。とある………。

王族の男の妻と成り、そして………。
あまりに残忍に多くの人を殺し、ついにその、夫の手にかかり、この世を去り………。
だが、呪って死んだ。
一族をきっと、滅ぼしてやる。と。

ディアスはまた、吐息を吐いた。
ワーキュラスは気づき、ささやく。

“ムストレスの弟、レッツァディンはまだいい。
彼は、ただ自意識が強いに過ぎない。
だがムストレスは狡知(こうち)に長(た)け、とても残忍な男だ”

ディアヴォロスは黒髪の一族が良く集う館の裏の林で、ムストレスがその、真っ直ぐな黒髪を揺らし、細い子供用の剣を持ち。
その剣先から真新しい血糊が滴り、その地に…生き物が、その姿も止めぬ程滅多斬りにされて伏すのを、見た。

ムストレスは無表情で、咎めるように見つめる自分に呆けたようにつぶやく。
「剣の、試し切りをしたまでだ」

咎めを受ける筋合いは無い。とばかりの口ぶりで。

すっ。と横を通る彼からは…血の臭いが漂い、ディアスは吐き気を我慢した。

そっ…と、殺された生き物に寄る。
膝を付いて覗うと、その生き物の魂が白く透けて浮かび、それが犬だと、解る。

ディアスが無言で、無残ないわれ無き痛みに晒された犬に、心痛ませる様子に。
ワーキュラスはそっと彼から抜け出すと、死をももたらす程の痛みを全身に受け、怒りと復讐に憤り狂う、犬の魂をなだめた。

その犬からたった今受けた、残忍な痛みを取りのけ、癒す。
痛みが、消えて行く毎に犬は落ち着き…。
そして最後、ワーキュラスに、すっかり生前に戻った姿で尾を振り。
指し示された天空の光差す天の国へと顔を向け、感謝の一吠えと共に、駆け昇った。

「あの犬は………」

小さなディアスがつぶやくと、ワーキュラスは優しく言った。

“もう、痛みも恨みも無い”

幼いディアスに感嘆の混じる尊敬を受け、ワーキュラスは嬉しそうにつぶやいた。

“君の心も救われた。
とても…良かった”

ディアスはワーキュラスが…自分の悲しみを取りのけようと、その犬を救ったのだと知り…嬉しかった。

そして…だが眉を潜めた。
六つ年上のそのいとこの周囲に、無残に殺された無数の生き物の怨念と血生臭い臭いが、常に漂い、従い行くのが見えて。

ワーキュラスの感覚をよく…共有していた。
ワーキュラスがディアスの心を感じ、その対象に目を向ける。
時にワーキュラスが見ているものが見える。
もしくは…感じる。
いつも。では無かったが。

強烈な物は、時には映像で。
そしてその時、ディアスは受けたのだ。
ワーキュラスから、忠告を。

ワーキュラスはそして、こうも言った。

“保身に長けたムストレスは、普通では滅多に、君と剣を交える事はしないだろう………。
彼を倒す機会があったとすれば、それは…ムストレスに十分な、勝算のある時だ。
だから………”

だから………。
ムストレスを、倒す事は容易では無い………。

そんな男を、敵に回すな。と、ワーキュラスは言いたかったのだ。
だがディアスは肩をすくめた。
大嫌いな男だった。
彼を怒らせるのは、望む所だった。
が、舞台が近衛では場が悪すぎる。
多分、多くの無関係な男達を、巻き込む事だろう………。

ディアスは一つ、吐息を吐くと。
それでも…自分の配下に出来る隊長候補の、名を思い浮かべた。


就任式で、熱狂的な歓声を上げたのは、新兵だけだった。
教練(王立騎士養成学校)の下級生に当たるこの新入り達は、教練でのディアヴォロスのカリスマ性を知り尽くしていて、誰もが熱狂的な彼のファンだった。

だが年上の男達は皆、年若い左将軍に眉を顰めては、ムストレスの顔色を窺った。
相変わらず、整いきった冷たいその顔に、表情は無かった。
が、彼が怒っているのは明白だった。

気まずい雰囲気は。
だが、アルフォロイスがディアスの手を取り、自分の“左”を空けて彼を迎え、左将軍の印『銀の竜』の紋章をその胸に付け、肩を抱き皆に向き、そして微笑んだ時消え去った。

「歴代左将軍の中にして、最も素晴らしい私の“左”に皆、敬意を払ってくれ!」

アルフォロイスの一声で、近衛の男達は熱狂的な歓声を上げ、ディアスの就任を祝った。
ムストレスや重鎮の男達は、アルフォロイスの人気を思い知った…………………。

若い世代が台頭し………。
年配の男達は、自分達の時代が過ぎ去った事を知り…。

…そしてムストレスは、自分がその時代の遺物だと感じた。
が、それを決して、認めようとはしなかった…………。

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