アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第七章『過去の幻影の大戦』

幸福の絶頂から叩き落とされるノルンディルの不幸

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 アイリスはその扉が開くのを見た。
ガスパスは黒っぽい栗毛の、なかなか見目のいい若者だったがともかくごつく、そして…笑うと下卑て、とても下品だった。

が良く見ると…その中に透けて…ノルンディルが見える。
アイリスは一瞬、顔を揺らす。

宿敵。
テテュスを斬ろうとした仇。

出来れば今すぐ剣を抜いて挑みかかり、息の音を止めたい相手。

メーダフォーテの罠なら、現れるだろうと予測はしていた。
が当人の顔を見てこれ程…全身の血が、沸騰し逆流して渦巻くように怒りが沸き上がる。と予想が付かなかった。

睨み据えてると、ノルンディルは目をまん丸にする。
そして室内へ歩を踏み入れるガスパスに逆らって、歩を踏み止める。

ガスパスは二度、足を持ち上げ前へと、進みかけた。

が結果ノルンディルに負け…項垂れ扉に手を掛ける。

ガタン…。

扉が閉まると、アイリスは拍子抜けし、怒鳴りつけた。
「私の顔がそれ程怖いのか!
戻って、ちゃんと合い対せ!!!」

…それがノルンディルに、通じているかどうかは、解らなかったが。


扉を閉め…ノルンディルは真っ青に成った。
光の結界のお陰で傷はかなり…良く成った。

メーダフォーテの勧めで、傀儡王に自分が入る容器、ガスパスを自在に操れる。と聞き
「まだ…」
と止めるメーダフォーテを振り切って、ローランデを犯して鬱憤晴らし、回復を早めるさ。

そう言い…寝ている寝台の上からこの結界内に…導いて貰った。

ガスパスの周囲に“影”の男達が取り巻くのが不快だったが
「捕らえた姫に逢いに行く」

そう告げると一人が案内役を買って出て…王城内の自分の部屋に続く外階段を伝い、姫の居る塔へと登り行く間、胸が空いた。

もう一度…ローランデの体を堪能出来る。と思うと胸が、わくわくする。
ギュンターが散々仕込んだのか、ローランデの身は柔らかく感度も良かったし、彼が感じて泣き出すと、もう居ても立ってもいられない程興奮で掻き立てられた。

つい…自分に太刀を喰らわせたあの、気が狂いそうに腹立たしい剣豪を、身の下で感じさせ、喘がせ鳴かせる事を考えると、階段を上る足も軽く成る。

まだ…あちこちに負った傷はそれでも痛んだが、奴が哀れに組み敷かれ、あられも無い恰好で懇願する事を考えると、痛みはどこかに消え去った。

こんなにわくわくするのは久々で、つい彼は、その扉を開ける前、メーダフォーテと傀儡王に、感謝を告げた程だった。

が……………。

暗い豪奢な部屋に、その可憐で美しい姫は居て…寝台並の大きな足の無い床付きソファに身を横たえていて、色白の顔がこちらを伺い、少し…がっかりした。

幻影だ。
中のローランデは透けるだけか?
奴そのものを、犯し溜飲を下げたかったのに。

が、まあいい…。
傀儡王はまだ幻影に、引き込んだばかりだから、元の人物の方が強く出る。と…。
けど次第に同化し…ローランデそのものに成る…筈だ…と………。

ほくそ笑んだ、顔を上げた途端、暗がりの美しい姫の…中に激しく睨む、アイリスの顔を見付け…。

つい、見間違いか?と目を擦りそうに成り…が、きついその濃紺の瞳とその迫力は、近衛の時代、戦闘ですらアイリスが見せた事のない……激しい敵意だった………。

声を、発したかった。
『お前…アイリスか?』
『ローランデの筈だ』

だが賢いノルンディルには解っていた。
それが、ローランデで無い事を。

それだけで十分だった。
事の子細をメーダフォーテか傀儡王に尋ねるには。

だから…出来るだけ自分がこれから犯す筈の姫を見ず、撤退を決めた。

階段を飛び降り怒鳴る。
『メーダフォーテ!』

あろう事か、側付の小柄な…少年が駆け寄り、その中にメーダフォーテが透けて見える。
「…何…してるんだ?そんな所で」

尋ねるとメーダフォーテは、少年の中で怒鳴った。
「こいつは目端が利き…誰にも怪しまれず情報収集出来るんだ!

…どうした?
ローランデを…いたぶってる真っ最中じゃなかったのか?」

「…アイリスだった!」
「?」
「姫の中にいたのはアイリスだ!」

「…見間違いじゃなくて?」
「なら一緒に付いて来い!」

先に塔へ、上ろうとするノルンディルに、メーダフォーテは付いて来ない。
ノルンディルは階段に足を掛けて振り向く。

「…私が行ったら一発で私の陰謀だと、認めた様なものだ」
ノルンディルは肩を怒らせた。
「俺が居る段階で!
とっくの昔にバレてるだろう?!」

メーダフォーテは躊躇った。
「だって…ローランデで無く、アイリスなんだろう?
あんな喰えない男相手に、何の準備も無しに、会えると思うのか?
…あいつがどれだけ巧妙に…そして魅力的に、相手から情報を引き出すか、分かって無いのか?」

ノルンディルはむっとした。
「まるで奴が、魅力的な男だと、知ってるような口ぶりだ」

メーダフォーテは見つめられて顔を下げた。
「…まあ…昔少しあった」

ノルンディルはかっか来た。
「昔の男だから…苦手なのか?!」

メーダフォーテは怒鳴り返す。
「昔の男だからどれだけタチが悪いか、熟知してるんだ!」
「だが奴が入ってるのは、女で姫なんだぞ?!」

ノルンディルが見ていると、メーダフォーテは思い切り言い淀む。
「じゃもっと最悪じゃないか…。
奴は男で居る時ですら、男の本能を平気で操る。
…女に成ったりしたら…余程筋金入りの男好き以外は、抗えなくなっちまう………」

ノルンディルはもう、両手を振り上げ、激しく振り下ろした。
「俺が言ってるのは!
そういう事じゃない!どうして…姫はローランデじゃないんだ?!」

その時メーダフォーテがようやく、ああ…。と顔を上げる。
口の中で何やら小声でぶつぶつ唱え、その後はっきりとした声で言った。

「傀儡の王…。
説明を頂こうか…?」

大きな…吐息が頭上に聞こえた気がした。

“何か不満か?”

「…姫に入り込んだ人物が、指定の相手とは違う!
一体どうして…!」
が、語気強いメーダフォーテに反して、傀儡王は気の無いように言い訳った。

“確かに…その、ローランデよりもっと姫に“似た”人物を姫の近くに配した、我の不手際だ”

ノルンディルが怒鳴った。
「姫にどうして狙った相手を入れられないのか?
と聞いてるんだ!」

“似た特徴の人物に、引き寄せられるように入り込む。
…そう言う事だ。
姫はローランデより…もう一人の男に特徴が似ていた。
多分、先祖で血の繋がりが、あるんだろう。
そういう人物に、放って置いても無条件で入り込む”

メーダフォーテが見ていると、ノルンディルが激高した。
「制御、出来ないのか?!」

“一緒に運んだ男が金髪の一族の者なら、間違い無くローランデが姫の中に、入っていた”

ノルンディルがわなわな震え、メーダフォーテが取りなす。
「入れ直せないのか?」

傀儡靴の王は、素っ気無く言った。
“そんな事は無理だ。
もう吸着してる。
逆に奴らは、内から出るのに苦労する程入り込んでるから、陰謀が発覚した時、救助の奴らは苦労する”

メーダフォーテが吐息を吐き、ノルンディルは小柄な少年に浮かぶメーダフォーテの幻影に怒鳴る。
「…どうするんだ!
俺に!
アイリスと寝ろ!と言ってるのか?」

メーダフォーテは何か言おうと、一言二言言い淀み…結果、両手を横に振り上げ、肩を竦める。
「…それも一興だ」

もう…ノルンディルは噴火しそうに怒鳴った。
「…な訳、あるか!!!!!」




 アイリスの脳裏に、子細を尋ねる質問が次々に飛び込んで来る。
ギュンターの鋭い声。
「何があった!」
ディングレーの図太く男らしい声。
「どうした?」

心配げな、ローランデの声。
「アイリス!」

そして…。
「どうしたんだ!」
御大、オーガスタスの声に伴ってローフィスの…小さいが、はっきりとした声音。
「…余程の事か?」

アイリスは暫く…体中の血が沸騰するのを必死で…抑え込む。
そして伺う沈黙に、ようやく応えた。

「…ノルンディルが…ガスパスに入り込んで現れた。
やはりメーダフォーテの陰謀だ」

ローランデの…囁く声。
「…ノルンディルに…会ったのか?」
ギュンターの吐息混じりの声。
「…それで怒鳴ったのか」

が、ゼイブンが素っ頓狂な声を出した。
「…でノルンディルはお前から逃げ出したのか?」

今度はアイリスは即答した。
「顔を、見るなりな!」

が、スフォルツァの心配げな声もする。
「…ノルンディルは…近衛の中でも伊達男で…あれで、レッツァディンよりうんと…扱い方を知ってる。と評判の男じゃないか…そんな男と………まさか、もう、した…のか…?」

ディンダーデンが唸った。
「聞いて、無かったのか?
アイリスは
『私の顔がそれ程怖いのか!
戻って、ちゃんと合い対せ!!!』
と怒鳴ったんだぞ?」

小声のローフィスは心配げだった。
「お前が怒鳴るなんて、余程だな?」

アイリスが項垂れる。
「顔を見た途端…奴がテテュスを、斬ろうとした事を思い出して体中が沸騰した。
小刀があったら、誘惑して寝技に持ち込み、期を見て殺してやるのに!」

オーガスタスの、吐息が漏れた。
「…嘘を付け…。
それ迄待てないだろう?
日頃の冷静さが、ぶっ飛んでる」

ローフィスも頷く。
「テテュスが絡むと、奴はアイリスじゃなくなる」
ゼイブンが尋ねる。
「じゃ、何だ?」

ローフィスが、言った。
「ただの、息子が何より愛しい父親だ」

全員の、重い吐息が空間を、満たした。



 それから…ノルンディルは苦労した。
奴…ガスパスから抜け出ようとし、出来なかったので。

再び叫ぶ。
「どう…成ってる!」

傀儡王の、声が荘厳に響く。
“目的を、果たしたら抜けるように成ってる”

「目的?」

“姫を、犯すんだろう?”

ノルンディルはもう、肩をがっくり落とす。
「…だから…!
姫にはローランデで無くアイリスが!
入ってるんだぞ?!」

“ともかく、目的を果たせ。
そうすれば抜けられる”

「…それが出来たら!
とっくにしてる!

…………おいこら!
それで行くな!
何とかしろ!!!」

横で少年に入ったメーダフォーテがまだ居て、ノルンディルはその少年に怒鳴りつける。

「どうしろって?!!!」

メーダフォーテは、だから………。
と塔の先を、視線を向けて促す。

「お前本気で!
俺にアイリスと寝ろ。とか言ってるのか?!!!」

「…だって他に、方法が無い……」

「奴の能力は万能じゃないのか?!
この空間を、操ってるんだろう?!!!」

「…これだけの空間を操るんだ。
デカイ力が使える奴程、小回りが利かない」

ノルンディルはもう言葉無く、ふーっふーっ!と唸りながら、メーダフォーテを睨め付けた。


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