アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第七章『過去の幻影の大戦』

アースラフテスの奇策

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 ワーキュラスに、急かされるまでもなく、ギデオンは馬を繰ってつっ走る。
並走するワーキュラスの光が見守るように付き従い、ギデオンは
“そっちは任せた!”
と内心叫んでひた走った。

ファントレイユは背後がどんどん瓦礫に埋まりつつあるのを感じ、手綱を取る手がじっとり、汗ばむのを感じた。

ワーキュラスは決して、自分が通り過ぎる前に洞窟の天井を崩したりしない。
と、解っていた。

…が。

ドゴォォォッ!
また背後で凄まじい音と砂煙が舞い散る。

解っていたがそれでも気絶したローフィスの背をしっか!と抱きかかえ、ファントレイユは青く成って馬を急かした。

が馬も乗り手同様、背後で次々に起こる天井の崩れ行く音に怯えきって、拍車を掛けるまでも無く必死に前へ、前へとひた走る。

最早人馬一体と成って、背後の崩れる瓦礫から、逃れようと矢のように突っ走っていた。

アースラフテスの、顔が歪む。
ワーキュラスが見ると、出口の亀裂は真っ直ぐその上から伸び、今や洞窟そのものが崩れようとするのを、アースラフテスは必死で支えている。
もはやギデオンもファントレイユも、言われる迄も無く気狂いのように馬を飛ばしていた。

“保つか…?”
アースラフテスに尋ねてやる。
アースラフテスは、出来るが…。と呟く。

これ以上ゼイブンの意識を押しのけ“力”を使えば………。
彼の許容量を超えてしまう。
それは著しく精神に影響を及ぼすだろう。と、アースラフテスだけで無くワーキュラスにも、理解出来た。

ワーキュラスは意識をギデオン、そしてファントレイユに向けて横で瞬くと叫ぶ。
“ゼイブンが保たない!
君達は少しでも神聖呪文が使えるか?”

「最低の神聖呪文は、将軍のたしなみだ!」
ギデオンが叫ぶと、ファントレイユも怒鳴り返す。
「少しは使える!
どうすればいい?!」

ワーキュラスがアースラフテスに頷くと、アースラフテスは直ぐ様ワーキュラスの気を辿りギデオンとファントレイユを見つけ出す。

そして直ぐ様彼らを通して表面に現れ出でると、その“力”を使った。

ギデオンもファントレイユも自分の胸からいきなり『光の民』の透けた姿が現れ出でるのにぎょっ!とした。

そして突然、意識が眩しい光で照らし出されたように、霞む様に感じた。
が、必死で手綱を握り、ギデオンもファントレイユも、気絶する相手を固く自分に抱き止めたまま、馬をひた走らせる。

“いける!”
アースラフテスらしい声が胸の中に響き渡り、前方の天井が光を増して這い覆われて行く。

ギデオンもファントレイユも霞む意識を奮い立たせ、前方。
微かに伺える洞窟出口の青空目がけ、突っ走った。


“後…僅か!”
ワーキュラスの叫びに、前方岩の天井が途切れ、青空が広がるのをギデオンもファントレイユも目にする。

ギデオンがゼイブンを抱きかかえ、身を深く倒して出口目がけ、矢のように突っ込んで行く。

“!!!”
ワーキュラスの、吐息のような驚愕を感じ、ファントレイユは手綱を引こうか、とも思った。

だが危機は訪れず、ギデオンの背が無事、洞窟から外へと飛び出して行き、ファントレイユも続く。

頭上から差す眩しい陽光に照らし出された途端、背後の洞窟はがらがらと音を立てて崩れ行き、胸の『光の民』の透けた体がすっ…と消えて行く。

霞む意識がはっきりとしだすと、くらくらと目眩のような揺らぎに気を持って行かれそうに成って、ファントレイユは首を振った。

がギデオンは殺気に咄嗟、顔を上げる。
バラバラと前方から、賊が駆け寄る。

ギデオンが手綱を手放し剣を抜こうとした瞬間、ゼイブンが顔を上げ、手綱を取った。
ギデオンはゼイブンの上半身が、それでも心許なく揺れているのが視界に入った。

…無理も無い。
僅かな間自分の中に居た『光の民』が消えた途端、自分ですらくらくらと目眩が起きるのを必死で…振り払い正気を引き戻してる。

あれ程長い間『光の民』を身の内に取り込んだゼイブンが、ふらつく頭を重そうに何とか持ち上げ、手綱を取り、それでもただ、馬から落ちまいと、定まらぬ揺れる上体を、何とか必死でバランスを取っていても当たり前。

むしろ気絶していた方が、楽な位だろう。

………だが!
スチャッ!

ギデオンは剣を抜く。
ゼイブンは背後、猛将が野生の牙を剥きだしにする“気”を感じ、馬の首に抱きつくように身を倒した。

剣を横に、ギデオンは迫り来る賊達を猛烈に睨む。
その数二十ばかり。

ゼイブンは疾風のように賊の群れの中へ馬を突っ込ませ、ギデオンの気迫に飲まれた賊達は馬上から振るギデオンの剣に、左右薙ぎ倒されるように血飛沫上げて仰け反る。

隣の男がばっさりと胸を深く斬られて仰け反る様を、賊達は驚愕に目を見開き見つめ、駆け抜ける馬を呆然と見送った。

が、賊の群れを抜けた途端ギデオンはゼイブンの耳元で怒鳴る。
「戻れるか?!」
ゼイブンは馬の首にしがみついたまま、右の手綱を思い切り、後ろに引いた。

ヒヒン!
馬はいななき、右へ首を促されそのまま、右へと曲がり行く。

「!」
ファントレイユが前方の賊の男達が、鬼神のように駆け抜けた凄まじい迫力の騎士を見送り、自分に顔と視線を注ぎ始めるのを見つける。
「糞…!
どれだけ邪魔だらけなんだ!!!」

叫ぶが、ローフィスを手放せ無い今、手綱を放し剣を抜くしか術は無い。
ファントレイユがローフィスをしっか!と抱きかかえ、手綱を放そうとした、その時。
通り過ぎた筈のギデオンが猛烈な勢いで、取って戻り来る。

ずばっ!
ファントレイユの横に飛び込み様、賊を斬り、横のファントレイユに叫び通り過ぎる。

「蹴れ!」

ファントレイユは反対方向…洞窟の方へ、突っ走り去るギデオンをチラと見、もう反対から寄る、刃物を持った賊の腹目がけ、思い切り蹴った。

どさっ!

だがギデオンが去った横から、賊が馬の轡を掴もうと、走り寄る。
ファントレイユはその並走する男をも、蹴った。

がその反対側からもまた………。

二人が追い縋って、馬を止めようと轡に腕を伸ばす。

どどどっ!
背後から駒音が聞こえ、後ろに居た賊は振り向き様背を斬られて、つんのめって転がり、轡に腕伸ばした賊は
「ひっ!」
と叫んだ途端横に飛び込む馬上のギデオンに、肩口をばっさり斬られてつんのめって地に転がった。

並走して走るギデオンを、ファントレイユは見る。
ギデオンは尚も横から飛び込んで来る男を一人斬り捨て、その凄まじい剣技にファントレイユは心から頼もしげに、その美女顔の右将軍を見た。

ゼイブンは馬の首に殆ど頭をくっつけ、遠のく意識を必死で…引き戻していた。
が横に並走するファントレイユの馬の尾を、追いかけるように掴もうとする賊の一人を見つけ、無意識の条件反射で懐に手をやり、短剣を一本掴み、投げた。

ファントレイユが気づき、抱えたローフィス毎目を見開き銀の閃光を避ける。
「うがっ!」

声に振り向くと、馬の尻に追いついた賊は喉を突かれ、背後に吹っ飛んで消えた。

ゼイブンに振り向くと、彼は馬の首に顔を乗せたままファントレイユを見、霞む瞳を向け唸った。

「…物が二重に見える…お前に、当たったか?」

長い髪…。
大人の顔の愛しい息子…。

が、霞む瞳には子供の、ゼイブンの良く見知っているファントレイユの姿が浮かび上がり、こう言った。
「大丈夫。ちゃんと避けたから」

ゼイブンは子供の姿の、可愛らしい息子に囁く。
「微笑った方が、ずっと可愛い…。
いつも取り澄まして人形みたいなのは…セフィリアのせいなのか?」

ギデオンがぎょっ!として、前のゼイブンに視線を送る。
「…可愛い…?
人形………?」

そして必死で横のファントレイユに視線を送る。
ファントレイユはギデオンの問いかける視線に返答を返す。
「意識が朦朧としてるだけだ。
イカれて無い」
「…どう考えてもイカれてるとしか、思えない。
お前の父親はそんなにお前が、可愛いのか?」

が、ファントレイユは艶やかに微笑った。
「意識が戻ったら、彼に聞いてみろ。
絶対自分は言わない。お前の耳がおかしい。
と、否定するだろうから」

がギデオンは反論した。
「否定しようが…そう思ってる事は事実なんだろう?」

けれどもファントレイユはいつもの、ギデオンの知っている彼のように取り澄まして肩を竦め、艶然と微笑って見せた。

ギデオンは膨れっ面で怒鳴る。
「お前の!
そう言う所が気に喰わない!
ちゃんと言葉で、肯定なり否定なりしろ!!!
訳あり顔で微笑うんじゃない!」

ファントレイユはもっと微笑うと、ギデオンに言った。
「彼に“可愛い”と口に出して言って貰えるのは、最高に嬉しい!」
「だってお前の父親はそう思ってるから、そう言ったんだろう?!!!」

が、ファントレイユは微笑ったまま駆け抜けて行き、ギデオンは再び意識を無くしそうなゼイブンの腰を抱き、手綱を引ったくってファントレイユの、馬の後を追った。

「ちゃんと疑問に答えろ!!!」

そう、怒鳴りながら。

 
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