アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第八章 『中央護衛連隊長就任』

ギュンターの覚悟

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 レイファスがオーガスタスと共にその部屋に入ると。
「ぎゃぅわあっ!!!」
と、ローフィスの叫び声。

レイファスがオーガスタスを見上げると、オーガスタスは肩をすくめた。
「…オーガスタスも…痛かった?」
そっと尋ねる。
途端、アイリスを看ていたミラーレスが振り向き、オーガスタスは一差し指を口に当て
「しっ!」
と沈黙を促す。

ミラーレスはアイリスの治癒に戻り、アイリスは俯いて脂汗を垂らしてた。

ローフィスは向かいで治癒の光を飛ばす、ジューダスを睨み付ける。
がまた。

「ってっててててってっ!!!」
と盛大に喚いて、座ってる体をくの字におり曲げる。

シェイルはとても綺麗な顔で、無言で腕組みして見つめていて、部屋にはディングレーとディンダーデンが、隅で治療の様子を腕組みして伺ってた。

テテュスはアイリスの横で
「頑張って」
と励まし、アイリスは苦しいながらも笑顔を向け、けど直ぐ痛みに顔を歪める。

ローフィスが、とううとう怒鳴った。
「痛まない治癒方法も、ある筈だ!!!
絶対!!!わざとだな!!!」

けど直ぐ直後。
「ぅわ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っと!!!」
と叫ぶ。

ミラーレスは振り向くと、呻く。
「里にいたら、光の結界に護られ、痛みは軽減するのに。
しかも光満ちて無いこんな場所じゃ、私たちは手持ちの、限られた光しか使えませんからね。
痛みを取る分は省いて、治癒に回してます」

冷たくそう告げられ、ローフィスは痛みに歪んだ表情で、睨む。

ミラーレスはオーガスタスに振り向く。
「使う光が限られてるから、あなたはまだ動けてるので、今は無理ですけど。
治療は終了してません。
ちゃんと後で里に出頭して貰いますからね!!!」

レイファスはそれでもオーガスタスが、ほっとしたように背を壁にもたれかけさせ、安堵のため息を吐くのを見た。

「…結界内の怪我で、良かったぜ…」
そうつぶやくディンダーデンの言葉に、横のディングレーも同意して頷く。

レイファスは部屋の奥まった場所にいたディアヴォロスの元に、アースラフテスがやって来て、向かいで伺うエルベスと、短い打ち合わせをした後。
アースラフテスがディアヴォロスを…そっと促すのを見た。

「…里に行くの?」
レイファスに尋ねられ、オーガスタスはレイファスの視線の先を追い、ディアヴォロスとアースラフテスが室内から出て行くのを見つけ、頷く。

ディアヴォロスはオーガスタスに気づき、軽く会釈する。

突然室内にいる皆の頭の中に
“自分はこれ以上無理をすると、ワーキュラスとダンザイン、ミラーレスに叱られるから出席出来ないが。
エルベス大公の主催する宴会で、思い切り羽目を外してくれ”

と、ワーキュラスの荘厳な声で、大音響で聞こえ、全員がビックリして目を見開いた。

ディアヴォロスが
「…ワーキュラス…」
と呻く。

ワーキュラスが頭の中に響く声で、皆に筒抜けの声で告げる。
“私が心配してる。
部分を、皆に認識して貰いたかった”

ディンダーデンとディングレーは顔を見合わせ
「光の国の神、ってより、過保護な親みたいだな」
そう感想を漏らすディングレーに、ディンダーデンが同意して頷いてた。

ちょうどその時、別の扉が開いて、ゼイブンがファントレイユの手を引いて、入って来る。

ディアヴォロスがアースラフテスと、別の扉から出て行くのを見て、ゼイブンは顎しゃくる。
「左将軍は大事取ったか。
いい事だ。
国の重要人物だからな。
俺ですら、無茶だと思ってたぜ…」

いつもはゼイブンの言葉に突っ込む、ローフィスもアイリスも治療の痛みで口がきけず。
ディンダーデンとディングレーは、二人揃って肩をすくめた。

ファントレイユはゼイブンに教えて貰ってる間、こっそり広間を見回したけど。
アルファロイスと、見た事無い美人の彼の息子の姿は、消えていた。

「アルファロイスも、欠席?」
ゼイブンを見上げ聞くけど。
ゼイブンは肩すくめた。

「幾ら喧嘩の強い子息でも、まだ子供だ。
あれだけ綺麗な子だ。
よからぬ輩から、護りたいんだろう?
あまり公の場に、伴わないと聞いてるからな」

レイファスが思わず尋ねる。
「王様の居る舞踏会でも…物騒?」

オーガスタスが呻く。
「何も知らない子供をなぶるのが大好きな、身分高い変態もいるからな。
そういう輩は、後で腕の立つ手下に、こっそりさらわせる」

レイファスは顔を下げ、ファントレイユもゼイブンの横で、顔を下げた。

テテュスだけが、顔を傾けて尋ねる。
「ギデオンは…狙われるの?」

ゼイブンは、肩すくめた。
「あれだけ目立つ、豪奢な美少年だ。
もっと大きくなって、体格が追いつくまで、アルファロイスは目立つ場所には伴わないだろうな」

ファントレイユはこっそり、頷く。

テテュスは俯くレイファスとファントレイユを見、慌てて尋ねる。
「レイファスやファントレイユも、危険?」

アイリスが口を開こうとし、またミラーレスの手が動いて苦痛で口がきけず。
エルベスが代わって答えた。
「大公家から、アリシャとセフィリアの元に、警備隊を送るから、安全だ」

テテュスはいっぺんに、微笑んだ。
けれどエルベスは、そんなテテュスに心配げに告げる。
「君の屋敷にも送る。
テテュス、ファントレイユとレイファスと比べて、自分は大丈夫。
と思ってるかもしれないけど。
君もとても綺麗な子供だ」

テテュスは上げた顔を下げて、つぶやいた。
「…僕もっと、剣と喧嘩を覚える」

ディンダーデンとディングレーが
『それが正解だ』
と言わんばかりに、いっぺんに笑った。

その時、扉が開く。
スフォルツァとラフォーレンが姿を現し
「この後宴会、って聞いたんですけど」
とラフォーレンが尋ね顔で問う。

シェイルは彼らの後ろにアシュアークの姿が見えなくて、ぼそり…と尋ねる。
「アシュアークをどこに置いてきたんだ?」

スフォルツァが、満開の笑顔を披露する。
「親衛隊の新顔で、顔も体も良く性格もそこそこ良い垂らしで、身分もそこそこ高い、毛並みの良い男が来てるのを見つけて。
押しつけて来た」

ラフォーレンも、笑顔。
「彼の事、今のところアシュアークはめちゃくちゃ気に入ってまして。
アイリス殿やディンダーデン殿、ギュンター殿並に」

ディンダーデンはディングレーに見つめられ、肩をすくめる。
「だがアシュアークの一番のお気に入りは、お前らだろう?」

二人は途端、険しい顔になる。

スフォルツァが、怒気含んだ声でつぶやく。
「…そりゃ、何から何まで世話してるから、当然我々だろう。
だが、死にかけたんだと言っても、だから生きてる実感をこれでもか!と体感したい。
と抜かしやがる。
セラシオン(親衛隊の新顔)のヤツ、精根尽き果てるまで付き合わされるぞ」

ラフォーレンが、取りなすように囁く。
「…いや、あれでアシュアークは健気にあなたを一途に思ってますよ」
スフォルツァは呆れてラフォーレンを見る。
「いや俺の前に、お前に大失恋してるんだぞ?あいつは」

みんな、それを聞いて目を見開いてラフォーレンを見る。

ラフォーレンはとぼけ顔で言い訳る。
「…だって餓鬼の頃だ。
しかもあいつ、なんて言ったと思うんです?
嫁さんにしろ。
ですよ?
そりゃ断るでしょう、普通」

スフォルツァは真顔で言った。
「アシュアークは、普通じゃない」

言葉に詰まるラフォーレンは、そう言ったスフォルツァの顔を、ただじっと、見続けた。


ギュンターが大公と連れだって部屋を出ると、廊下にはローランデが佇んでいた。
彼は一瞬ギュンターに視線を向け、その後父親に笑顔を送る。

大公は息子に近寄り、二人は自然に微笑みあって並んで歩き出し…ギュンターはそんな仲むつまじい親子の背を、見送った。

けれど背後に気配を感じ、振り向こうとしたその時、横にやって来る男を、ギュンターは見る。

北領地(シェンダー・ラーデン)大公家の懐刀、デズモン。

ギュンターよりかなり年配だが、歴戦の強者。
そして同時に…北領地(シェンダー・ラーデン)の政治にも精通していた。

ギュンターは自分より少し背の低い、頑健な体格の迫力ある男が自分を見ないまま、護衛として親子の後に続こうとするのを見た。

ふと…アイリスの館に来る前、交わしたデズモンの声が蘇る。

“死ぬしか、逃げ場が無いのか?!”

デズモンは俺を心配し…この恋から逃げろ。
と俺に忠告し…。
だから俺は、逃げ場が死ぬことだと…ほのめかした後、盛大に怒鳴られた。

俺は…なんて答えた?
ああ…、こう言った。
“…ひどいだろう?
俺ももう少し、手段があればと思うが…。
相手がローランデだと、俺もいつもいっぱいいっぱいで、打つ手が毎度、ギリギリなんだ”

デズモンは…腹を立てて怒鳴ってた。
“どうして…そんな事態に成る前に何とかしない!
解ってるのか?!
かかってるのは自分の!
命なんだぞ!
ふさげるにも、程がある!もっと真剣に、考えろ!”

自分達の新しき長を貶める…憎き敵の筈の、俺の命すら、彼は気にかけてくれた。

デズモンが、歩を止めて振り返る。
鋭い鷹のような青の瞳。

ギュンターは
“またハデに馬鹿をやらかした”
と言われるだろうと、覚悟した。

だが今度は俺も、頑張った。
俺が死ねば奴らの勝ちで、仲間達の命も道連れだったから…。

デズモンは、だが、くっ!と表情を崩し、笑った。

「中央護衛連隊長?」

ギュンターは頷く。

デズモンは肩を揺らし愉快そうに笑い続け、そして言った。
「そこまで馬鹿だと、逆に爽快だ!」

ギュンターはデズモンが、突っかかる事も無駄なほどな老獪な年上の男だったから、肩をすくめた。

が、デズモンはピタリ、と笑い止むと、低い声で告げる。

「確かに身分のないお前が、中央護衛連隊長になるには大変な苦労だったろうが…。
中央護衛連隊長の椅子に座り続けるには、もっと大変な苦労が待ってる」

ギュンターは、分かってる。
と頷いた。

が、デズモンは少し労(ねぎら)う表情をギュンターに向け、囁いた。

「…だがこれで少しはお前の事を、擁護できるな。
金髪の腕っ節の強い、頭のイカレた…北領地(シェンダー・ラーデン)大公子息を落とした事を、勲章のように思いたがる、タチの悪い最悪な垂らし。
から、少しは」

ギュンターは、ローランデを護るため、必死に二人の仲を聞いて来る重鎮らへ、本当の事を隠し体裁を取り繕い、苦労を背追うその男に…思わず頭を下げる。

デズモンは殊勝なギュンターの態度に、少し目を見開いてつぶやく。
「…大出世を果たしたのに、どうした?
下賤の身分だった時の方が、よっぽどいい態度だったぞ?」

ギュンターは頭を下げたまま、掠れた声で告げた。
「…身分が…とても上がったから…もう、馬鹿なままでは居られない」

そして、すっと顔を上げる。
「だからと言って、馬鹿は馬鹿。
が、人の恩が、今はいつも以上にありがたい…!」

デズモンはまるで父親が、成長した息子を見るように少し、瞳を潤ませ、が、言った。

「…だがまだローランデには、『愛してる』とは言ってもらえてないんだろう?」

ギュンターは、がくっ、と顔を下げた。
まるで
『それがゴールで、まだ全然終わってないぞ』
と示され、ふいと顔を前に戻し、歩き去って行くデズモンの背を、思わず覚悟籠もる目で見つめた。

『愛してくれ』
と、迫る事すら出来ない。
ローランデを追い詰め、苦しめることになるから。

だからいつも「返してくれなくていい」
そう言い続け…ローランデがそれを言う決意が出来るその時まで、待つしかない。

ギュンターはつい…ほっ…と、短いため息をついた。

その時が来る前に、自分の命は尽きる。
そうずっと思っていたから…新たな覚悟が必要だ。

『お前に見合う身分になったんだから…だから、愛してくれ』
と図々しく迫る、大馬鹿者にならない覚悟が。



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