若き騎士達の波乱に満ちた日常

あーす。

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食事にありつくギュンターと、アスランの家の事情を聞き出すアイリス

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 ギュンターはデルアンダーを、見た。
軽くウェーブの入った濃い栗毛に、ダークグリーンの瞳の、整いきった美男。
一見、甘いマスクに見える。

が流石ディングレーを取り巻くだけあって、きりりとした表情で背筋を伸ばし、騎士たる風情が滲み出ていた。

が、思わず声が漏れる。
「…腹ペコだ」
デルアンダーは頷く。
「なら、取りに行け」

言われて、ギュンターは人が団子のように成って群がり、先を争う戦場のように熾烈しれつな、食事配給の場を、見た。

「一暴れしないと、食い物を手に出来そうにないな。
…駆け通しで、休憩を全然取ってなくて、くたくたなんだ」

ディングレーはこのテーブルに食事を運ぶ、専用の給仕を呼び止め、自分の目前に置かれた料理の乗る皿を、ギュンターの席に運ばせた。

ギュンターはテーブルの上に置かれた皿を見、給仕を見上げる。
彼はささやいた。
「貴方へお先にと。
ディングレー様が」

ギュンターが、上座かみざのディングレーに振り向くと、ディングレーは無言で、頷いて見せた。

真っ直ぐの長い黒髪を背に流し、深いブルーの瞳を向けるディングレーは、この中でダントツ。
威厳いげんを見せ、存在感がありまくりだった。

が、ついギュンターは腹ペコだったから。
気安く叫ぶ。
「何から何まで、悪いな!!!」
ディングレーは唸った。
「俺も腹が減ってるが、お前の方がもっと腹ペコな様子に見える!」

ギュンターは頷き、皿の上のよく焼けたチキンを手で掴み上げる。
かしジャガイモ一個と、馬上で干物をかじった程度で、昨夜からマトモに食ってない!」

「病人はどうだ?!」
「薬が効いたようだ!
そっちの礼もまだだったな!」

言って、チキンを頬張ほおばる。
がっつくギュンターを見、ディングレーは顔を横向け、右手をギュンターに向け、軽く払い退けて言った。
「いいからもう、黙って好きなだけ食え!」

デルアンダーは給仕に皿を置かれ、ナプキンを広げた。
が、無言であっという間に皿を空にする隣のギュンターが視界に入り、一つ、ため息吐くと自分の皿を、ギュンターのからの皿の横にそっ…と押し出した。

ギュンターは気づき、横向いて怒鳴る。
「…悪いな!」
「礼はいいから、黙って食え!」

大貴族達は給仕に食事を用意され、ディングレーが頷くのを、居住まいを整え待った。

がつがつがつがつ…。

音と共にディングレーの視線が、ギュンターに注がれ続ける。
金髪で珍しい紫の瞳で、整いきった美麗な美貌…。
…だったけど、がっついてる姿はただの…腹ペコの…犬か猫のよう。

デルアンダーは反対隣のテスアッソンに耳打ちされた。

「あの美貌で、ディングレーの歓心かんしんを買ってる。と思ったが…。
どうも、違うようだな」
デルアンダーも思わず頷く。

「あれほど空腹な男を見たら、哀れで誰でもつい、食事を分けたくなる。
容姿に関係無く」

テスアッソンも頷き、脇目を振らずがっつく、ギュンターを二人揃って見た。


 アイリスは隣のスフォルツァを盗み見る。
彼はディングレーからマレーとアスランを託され、横に並ぶ彼らをしきりに伺い、ナプキンを取ったりグラスを給仕に渡したり。
甲斐甲斐かいがいしく世話を焼いていた。

一年の中でも比較的体格のいい大貴族集うテーブルの中、小柄で華奢な二人は小動物のよう。

アスランは真っ直ぐの黒髪を肩に流し、俯いてると大きな茶色の瞳も手伝って、愛らしい美少女にしか見えない。
横のマレーは落ち着いて理知的に見えはした。
けれど少し明るい縦ロールの栗毛が頬を飾り、色白な肌の中、唇はピンク。
瞳は一見茶色に見えるけど、緑がかっていて、横のアスランと並ぶととても利口そうに見える。
が整いきった顔立ちで、理知的な美少女。
と言っても充分通る美少年。

二人は大貴族がつどい、凄まじい食事争奪戦をしなくて済む、給仕に食事を用意されるテーブルで、恐縮してるように見えた。

アイリスはアスランが自分と話したそうに時々振り向くのについ、首を傾げる。

尋ねるような仕草。
長く濃い栗色の巻き毛が顔の周囲を覆い、色白で面長な顔の輪郭。
理知的な濃紺の瞳がきらきら光って美しく、優しい顔立ちをしていて…。

たおやかで侵しがたい気品に包まれてるのに、とても親しみ易い雰囲気で側に居る者を包んでくれる。

それにうっとりするような綺麗な微笑を向けたりしてくれるから、アスランは思わず見惚れて、しどろもどろになった。

「あ…あの。
いいんですか?僕達こんな場所で………」

アイリスはにっこり笑う。
「ディングレーは何て言ってた?」

マレーはフォークで素晴らしいご馳走を、刺しては口に運び、横にアイリスを迎えたアスランの、緊張の面持ちを見つめた。

「あの…。
迎えに来るまでここで貴方がたと居ろと………」
アイリスがますますにっこり笑う。

「アスラン。
彼は王族で、命じられた以上私達には責任がある」
アスランはアイリスの微笑に、見惚れたように頬を染めて見とれる。

スフォルツァはアスランどころか、フィフィルースやアッサリア、ディオネルデスまで見惚れているのに気づき、こほん!
と大きな咳払いをする。

が、彼らは最早もはやアイリスの親衛隊のように彼をお姫様あつかいして丁重ていちょう相対あいたいし、スフォルツァは内心
「(やっぱりアシュアークの訪問がマズかったのかな…)」
と顔を俯けて吐息を吐いた。

アスランは食事の味が、全然分からなかった。
グーデンに捕らえられた時、自分の身に降りかかる不幸が信じられずにいた。
が、今こうしてあこがれれの、アイリスの横で食事を取ってる事すら、信じられなかった。

最悪の不幸と最高の幸せが同時に来たような感じだった。

マレーはチキンをゼリーで固めた、手の込んだ料理を平らげた後。
横のスフォルツァが顔を傾けて伺い、もっと欲しいか?
と表情で尋ねられて、彼を改めて見つめる。

アイリスよりは少し明るい栗毛。
緩やかに波打つ長髪を胸に垂らしていて、王子様のような雰囲気を持っていて…。
でも緑の勝つヘイゼル(緑がかった茶色)の目元はとても涼やかで、キリリとしていて。
鼻筋も真っ直ぐでとても綺麗で…。

彼はきっと、とても女の子にモテるんだろうな。
そう感じた途端、頬が熱くなった。

小粋で気品もあるのに。
横にいると、スフォルツァの良く鍛えられた肩も胸元も、とても男らしく感じたし、第一戦ってる彼は誰よりも堂々としていた。

もう…名実共に彼が学年代表なんだ。
マレーは風格を持ち、側にいる相手を落ち着かなくさせる、スフォルツァの初々しい男らしさに見とれた。

アスランは夢中だった。つい、言葉が口をついて出る。
「あの…とても素晴らしかったです。
僕、ここに来る予定じゃなくて、剣技も乗馬もからっきしで…」
アイリスが優しく微笑む。
「…そんな感じだね。
どうして予定変更になったの?」

「父が亡くなって…。
後妻の母と僕じゃ、世間に舐められるから、僕が軍功を立てて家名を上げないといけないって…」
アイリスは目を、見開いた。
「誰がそんな事を?」
「…父の親友だと…言う男性が………」
「その人は若い?」
「母と僕を頼むって…父に言われたと………」
「それで君を『教練キャゼ』に進ませたの?」
アスランは頷く。

アイリスが口を開く前に、そこにいた皆には事情が解って、一斉に吐息を吐く。

スフォルツァが、ぼそりと囁く。
「じゃ君は…試験免除の推薦入学なんだな?」

アスランはそれを聞いて、こっくり。と頷いた。
「ツテがあるから、試験を受けなくても入れる…って」

アイリスが、きっぱりと言った。
「…アスラン。
ここは私のように幼い頃から剣の練習を積んで来ても、体が弱ければやっと付いて行けるほど過酷なところで。
…君のように何の準備もせず、居続けられる場所なんかじゃない。
だからまるで剣を握ってこなかった君が、軍功をあげるなんて、ありえない」

マレーはつい、アイリスのはっきりと言いさとすその顔を見つめた。

「君はその男性を、生前の父親から紹介された?

…亡くなった後、突然現れた。違う?」

また、周囲の皆が首を横に振りながら、吐息でその場をくす。
スフォルツァは思いっきり、アイリスに同調する皆の様子に呆れた。

アスランは思い出すと、こくん。と頷く。

アイリスはぐ真剣な眼差まなざしでアスランを見つめ、言った。
「君のためにはっきり言うけど、その男性が本当に君の事を思っていたら、ここには寄越よこさない。
例え君が来たいと言っても、反対するはずだ」

アスランは消え入りそうな声で尋ねた。
「………どうして?」

「何の準備もせず『教練キャゼ』に入り…まして何とか卒業までこぎつけても、軍功を上げるためには戦場に出なければならない。

君、人を殺せる?
殺せなければ死ぬのは君で、我々大貴族の親達は子供を戦場に送り出す責任として、幼少ようしょうの頃から殺されずに済むよう、我々をきたえて来てる。

それが…戦場に我が子を送り込む親心だ。
君の父の友人は、剣も持たせず戦をしろ。
そう…君に命じたのと同じだ。

君に…死ねと言ってるのと変わらない」

場が一斉に、しーん。と静まり返る。

アスランが深く俯く。
マレーが見ていると、彼は小刻みに震えていた。

「…じゃ…彼は僕と義母を…だましていると…?」

小さな…弱々しい声色で、その場の同情は一斉にその、小鹿のように可憐な黒髪の美少年に集まった。

アイリスは同情を、その声ににじませ、囁く。
「そう。騙している。
…君はその男性を…父のように慕ってる?」

アスランが首を思い切り横に振った時、その場の大貴族達から一斉に、安堵の吐息が漏れる。

「…なら、君のすべき事は『教練キャゼ』をやめて実家に帰り、その男性を家から追い払い、本来君が進むべき道に、進む事だ」

アイリスに言われ、がアスランは不安そうにアイリスを見つめた。
「でも…どうやって?
相手は大人だし…。
それに父は、僕に文官に進めとそう…言ったけど、馬車の事故は突然で………。

…父を失った僕に、今どうやって文官に進む道が出来ますか?」

アイリスが、口を開いた時だった。
背後から声が、した。
「…そう。
一度入った『教練キャゼ』をそう簡単に、やめる事は出来ない」

アイリスが異論を唱えようと振り向き、アスランはもうその声に聞き覚えあって、深く首を垂れて俯き、マレーまでもがガタガタと震い出した。
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