若き騎士達の危険な日常

あーす。

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決断を促すオーガスタス

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  ディングレーの浴室は…やっぱり豪華だった。
広くは無かったけれど…美しいタイルが敷き詰められ、高窓から陽が差し込み…。
シェイルはその時、ようやく…無遠慮に触られた胸や腕、腿…。
そして指を押し込まれた後腔にそっ…と手を触れる。

自分の体なのに…触れられた場所は、別のものに思えた。
まるで自分のものではなくて…触った奴らのものになったみたいに。

シェイルはやっぱりぽろぽろと涙を流して思った。

“誰かのものにされるんなら、ローフィスがいい…”

けれど自分の為に、名を呼ばれたから…何の策も講じず飛び込んで来て、殴られたローフィスを思うと胸が一杯になる…。

それだけでいい…。
あんな中に来てくれた…。
それだけで…。

“どうしてそう、思えないんだろう?

どうして…それ以上を切望するんだろう…?”

シェイルは湯から上がる。
そして…もしこれ以上グーデンとその護衛達に触れられたら…すっかり自分の体で無くなるだろう…濡れた身を、用意された大きな布でくるんだ。



ローフィスは寝台で食事を取っていた。
まだ動かすと痛む様子で、不器用にフォークを使って。
だからシェイルは駆け寄って、フォークを取り…食事をローフィスの、口に運ぶ。

昔…ロクに食べなかった頃、ローフィスがそうしてくれたように、今度は自分が。

「美味しい…?」
「ここはいつでもご馳走だからな」
笑うローフィスに、シェイルは微笑みかける。

そして…思う。
こんな怪我をして…それでもぼくがここに居続ける事を、許してくれた…。
一言も
“お前が聞かないから、帰らないから。
俺がこんな怪我をした”
そう責めない…。

シェイルは心の中で、呟き続けた。
“大好き…ローフィス。
大好き。
凄く好き…。
うんと…好き…”

心の中で呟きながら…ローフィスの口に、食べ物を運んだ。

「お前も食べろ。
…ちょっと痩せたんじゃ無いか?」

シェイルは俯く。
本当は…食べようとすると、グーデンに口の中に押し込まれた…あの、気持ち悪いものを思い出すから。

「…食べてるよ?」

けれどローフィスは、戸口で腕組みして見ているディングレーに、視線を振る。

気づいたディングレーは、首を横に振る。

それで…昼もあまり食べなかったんだと、ローフィスは察した。

少ない食事をシェイルは終えて、待ちかねた様にローフィスの横に来て、抱きついて眠る。

ローフィスは…ローフィスの方は、切なくなって…ディングレーを呼ぶ。

「悪いが、三年宿舎のオーガスタスの元へ…俺の処方箋を持ってきてくれと。
怪我の方じゃ無くその…」

ディングレーは言ってる事が良く分からなかった。
が、言った。

「…オーガスタスに言えば通じる?」
「…ああ。
シェイルの方の…処方箋だ」

「……………………………分かった」

ディングレーの脳は疑問だらけだったが、多分オーガスタスに言えば分かるんだろう…。
そう思って、部屋を出る。

けれど再びローフィスの寝室の扉が開いた時。
長身のオーガスタスが姿を現して言った。

「何が欲しいって?!」

ローフィスはため息交じりに、オーガスタスの背後で項垂れてるディングレーを見る。

ローフィスは、抱きついて眠るシェイルを指さす。

オーガスタスは頷いて、けど意見する。
「…鎮痛剤なら、やるぞ?
この際それ飲んで、ヤっちまったらどうだ?」

ローフィスはそう勧める、オーガスタスを睨んだ。
「…俺の今までの苦労を、無にさせたいのか?
一度で済めば御の字。
一度解放したら…もう離せなくなる程…」
「切羽詰まりまくりか…。
ディングレー、ノルト、常備してるか?」
「ノルト(超強力、馬でも眠る睡眠薬)?
…あるけど…」

と言って、尋ねるようにローフィスを指さす。
オーガスタスは頷き、ディングレーは部屋から姿を消し、また戻って来た。

入って来ると、水の入ったコップと共に、薬草の包みをローフィスに差し出して言う。
「強力鎮痛剤の方が、良くないか?
シェイル、昼間アルシャノンに見られただけで、怯えてたぞ?
あんたが相手なら…もっと落ち着くのに」

ローフィスは薬をディングレーから受け取った後、指で口を縫う仕草をした。

ディングレーは項垂れて呟く。
「…口出しするな。か」
「ご意見無用だろう?」
オーガスタスが合いの手を入れ、ディングレーは呆れてオーガスタスを見た。

オーガスタスは腕組みして、独り言のように言う。
「いい加減、両思いなんだと腹括って手を出しちまえば良いのに。
禁欲は体に悪いぞ」

ディングレーはオーガスタスが、ローフィスに睨まれる。
と思った。
が、ローフィスは項垂れる。

「…自宅に帰したかったが…シェイルは友達が出来て、楽しそうだ…。
今まで友達もいなかった。
旅先で…少し親しくなる程度。
だから…奪いたくない。
ディングレー…ディアヴォロスはいつ、帰って来る?」

突然ディアヴォロスの名を、ローフィスに出されてディングレーは戸惑いまくった。

「剣の試合前日ぐらいには…戻って来る予定だけど。
あっちも大変そうだ」
オーガスタスが、目を見開いて聞く。
「葬式が?
…もう死んでるのに、何が大変なんだ?」

が、俯くディングレーを見て、ローフィスが取りなす。
「王族だから、俺らには分からない仕来しきたりとか、色々あるんだろう?」

オーガスタスはローフィスを見て、肩を竦める。
「…なる程」

ディングレーは国をひっくり返すような内緒の陰謀話をせずに済んで、ほっとした。
けれど聞きたかった。
『ディアヴォロスと何を話す気だ?』

けれどローフィスは薬を飲み、間もなく爆睡し…。
ディングレーはオーガスタスに促されて、部屋を出る。

オーガスタスが出て行こうと背を向けるから、ディングレーは聞いた。
「ディアヴォロスと会って…どうする気だ?ローフィス…」

オーガスタスは扉に手をかけ、振り向く。
「…学校一の実力者に会う以上…シェイルを託すに決まってる」

「………………それ…は、ディアヴォロスならシェイルに手を出さないと…信じて?」
「出すか出さないかなんて、ディアヴォロスで無い限り分かるもんか。
だがローフィスには選択肢せんたくしが無い。
グーデンより影響力が上なのは…『教練キャゼ』ではディアヴォロスだけだ」

「…もし…ディアヴォロスがシェイルを欲したら?」
「…………………………………………」

オーガスタスは長く黙った後、扉を開けて振り向く。
「言ったろう?
ローフィスには選択肢が無いと。
が、ディアヴォロスはシェイルが望まないのに手なんか出さないだろう?」

ディングレーは俯いたまま、顔を揺らす。
「…ディアヴォロスに望まれて、拒絶した相手なんていない」

「…だとしてもそれは、シェイルの決断だ。
シェイルが拒否…出来ればディアヴォロスはそれに従うだろう?」

ディングレーはけど、顔を上げて怒鳴った。
「シェイルは望まなくても!
ディアス(ディアヴォロスの愛称)に手を差し伸べられたら多分、断れない!
それだけ魅力的な男なんだ!
寝て…後でローフィスを裏切ったと苦しむのは、シェイルだろう?!」

「いいから、思い詰めるな。
ディアヴォロスはお前より経験豊富。
しかも光竜身に降ろす、神の如くの男。
シェイルが苦しむようなことはしないさ」
「………だな」

オーガスタスは扉を開けようとして…振り向く。
ディングレーは自分では無く、ディアヴォロスを望むローフィスに、傷ついてないか?
そう、ふと思って。

「もしお前がシェイルに望まれたら…抱けるか?」
ディングレーはびっくりして、顔を上げる。
が、男らしいディングレーが、頬をみるみる真っ赤に染める。

オーガスタスは、顔を下げて言った。
「返事しなくてもいい。
もう分かった」

パタン…扉が閉まってから、ディングレーは顔を上げてつぶやく。
「何が分かったんだ?!」

オーガスタスの姿はとっくに無く…ディングレーは腑に落ちないまま、壁の横を通り過ぎ…ふと壁にかかる鏡に映った自分に気づき、頬が真っ赤なのを、二度見して愕然とした。

「(顔色で答えがバレるって、アリか?!)」

しかしあんまり赤くてはっきりしすぎで…。

ディングレーはがっくり、首を垂れた。


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