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ケース1 異世界転生:被害状況『借りパク』

2、豆知識ですが、神作品は実際に神になっちゃうんですよ

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 ──『異世界転生、または召喚』というものがある。
 


 ごく普通の一般人がなんらかの原因で突如他界して異世界に転生したり、もしくは召喚されてなんやかんやするというものだ。
 
 チートで俺TUEEEしたり、ハーレムを築いたり、スローライフを送ったり、イケメンに口説かれたり、悪役令嬢になったり。
 
 その事例は数多く存在し、人間界ではそういうジャンルの創作物も流行っていると聞く。
 おおむね、人間達には受け入れられているのだろう。


 ……しかし、我々神にとっては実に由々しき事態であり、問題でもあった。



***



「えー、どうして異世界転生はやっちゃ駄目なの?」



 常世とこよ管理局、第二面談室にて。
 招喚に応じた神と私達は話し合いをしていた。

 訪れたのは、栗色の髪を肩辺りで切り揃えた少女神だ。
 外見は人間で言えば中学生くらいには見えるのだが、生まれてそう年数が経っていない所為か、その言動は見た目以上にどこか幼く見える。


「だって、異世界転生でしょ? 皆やってるんじゃないの?」
「そうは言ってもですね……」


 やって欲しくないから、こうして異世界対策課の仕事があるんだけども。
 しかし、小首を傾げる彼女は、本気で何をしでかしたのか理解していないらしい。

 ……まあ、まだ若いから、知らないのも無理はないか……。

 そう見切りを付け、最初から一つ一つ確認していく事にした。


 
「えーと、プリンセス鬼小折おにこおりさん、というお名前で宜しいですか?」



 改めて呼ぶと、物凄いインパクトがある名前だ。
 鬼小折さんは満面の笑みで頷く。


「うん、『リンプリ』を書いたせんせーの名前から貰ったんだ。可愛いでしょ!」
「……ですよね!」


 本当は、芸人か占い師の名前のようだと思っただなんて言えない。
 笑って誤魔化して、話を続けた。



「あなたは、その『リンプリ』という小説が元となり、神格を得たんですよね」



 人間は素晴らしい作品や作者などと出会うと「神作品!」だとか「〇〇先生、神!」だとか言って称える事があると思う。


 ……だが、人間達よ。君達は知らないだろう。
 そういった賛辞を多くの人々から受けた人や物が、本当に神格を得てしまう事があるという事を。

 
 彼女──プリンセス鬼小折さんも、そうして神格を得た神だ。
『リンプリ』を愛する大勢のファン達の称賛や信奉心が力となり、『リンプリ』の化身ともいうべき彼女が生まれた。
 分類的には、物が大切にされた結果生まれる『付喪神つくもがみ』に近い存在である。

 もう一度言うが、この国の神格化の敷居は物凄く低い。
 色々気にする方が負けだ。


「それで、異世界転生に興味を持ち、一人の少女を異世界に引き込んだ、と」
「そうだよ。リオンちゃんっていうの。主人公のリンと一文字違いなんだよ、凄いでしょ!」


 今回被害に遭ったのは、ハヤマリオンちゃんという名前の女子高生だ。
 トラックに轢かれて死亡、のち『リンプリ』の主人公に転生という定番コースである。


「どういう経緯で異世界転生を行おうと思ったんですか?」
「え? だって、定番なんでしょ? 一度はやってみたかったから」
「……その定番というのは、どこ情報で……?」

 
 鬼小折さんが出したのは、以前同じように異世界転生事件を起こした国内の神の名前だった。


 はい、異世界転生教唆~。
 処罰決定時の誓いを破った為、反省がないものと見做し、厳罰確定~。
 後で強制招喚されて滅茶苦茶怒られるやつ~。


 チラリと常世パソコンで面談記録を取っている見守みかみくんに視線を向ければ、彼女は平静を装いつつも内心憤怒に燃えたような目をしていた。


 ……また仕事が増えるんだもんなぁ、後で労ってあげなきゃ。


「あたしが『空想』を司る神だからなのかな。実際に『リンプリ』の世界を見てみたいから創ってみたら、創れちゃったの! 凄くない!?」
「そんな『ちょっと新作料理に挑戦しました』的なノリで、ホイホイ異世界を作らないでくれますか……?」
 

 国内に異世界が出来ると、異世界対策課うちの仕事がまた増える。

 何だか頭が痛くなってきた。
 見守くんも酸っぱい物を食べたような顔をしている。


「でも、原作そのままだと面白みが欠けるなぁと思って……。異世界転生の話を聞いて、それならやってみようかなぁって」
「異世界転生した目的は?」
「目的?」
「リオンちゃんに、何をして欲しいと思ったんですか?」


 確か原作の『菩提樹リンデンのプリンセス』は、心無い家族に虐げられていた王女リンがとある日に魔法使いとして覚醒。国を脱出し、冒険するというストーリーだった。
 
 故国から追手の手が忍び寄ったり、自分の出生の謎に迫ったり、それに関係して隣国との戦にまで発展したり。
 魅力的なキャラクターと繊細な感情描写、そして張り巡らされる伏線と次々と起こる衝撃的な展開によって、一大ブームを巻き起こしたのだ。

 定番ネタだと原作の悲劇を回避して欲しいとか、原作知識でチート&ハーレムを狙って敵の大ボスの企みを阻止して欲しいといった理由の異世界転生が多い。

 しかし、鬼小折さんの返答は予想外のものだった。


「目的なんて無いけど」
「……えっ」
「あたしはストーリーとか関係なく、リオンちゃんには物語のスパイス的なものになって欲しいの! 特に恋愛面で好きに暴れて欲しいよね! 私的にオススメは、隣の国の王子様だけど」


 結局最後リンには振られちゃったけど、一途で健気な良い人なんだよね~。
 そう興奮交じりに語る鬼小折さんは、何の疑問も罪悪感も抱いてないようだ。
 

 思わず唸った。


 う……うーん、ジェネレーションギャップとはこの事か……?


 若い神──特に人としての常識に捉われる事のない付喪神や自然神、動物神の類は、考え方の凝り固まった古来の神々には到底考えもしなかった発想で行動する事がある。

 その考えがあの世の更なる発展に役立つ事もあるので、一概に悪いとは言えないものの、神々の間に存在する暗黙の了解を犯すのであれば、話は別だ。

 鬼小折さんはまだ年若く、悪気は無い。



 ──けれど、今回のこれは完全なるアウトだ。

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