上 下
6 / 35
ケース2 聖女召喚:被害状況『墜ち神』

2-1、鎮魂課からのヘルプ要請です

しおりを挟む


 異世界対策課は、名前の通りに異世界に関係する事例──つまりは異世界転生や召喚に対応する為に新設された部署だ。


 業務内容はその名の通り、国内外、及び異世界の神が行う異世界転生・召喚の諸々の対処である。

 例えば、実行した神へ被害者の返還や救済を求めての抗議や交渉。
 転生・召喚の際に生じた歪み──例えば私達の現世と異世界を繋げた為に出来た空間の歪みの補修や、大勢の人の前で召喚が行われてしまった際、必要以上の騒ぎにならないように記憶処理など。

 異世界に関係する仕事は全て投げて寄越されている状態であるため、業務は多岐に及んでいる。


 しかし、ごく稀ではあるが、業務とは全く関係無いとも言い切れないが、私達がやる仕事ではないんじゃないかなぁと思うような仕事が舞い込んでくる事があったりもする。



「──ねえねえ、神田くん。お願いがあるんだけど」



 目の前の端末の画面に、一柱の神が映っていた。
 中年男性の見た目をした彼は、両手を合わせて拝みながらも、どこか食えないような笑みを浮かべている。

 彼は、鎮魂課課長の物部もののべさんだ。
 私よりも遥かに昔から存在する大先輩ではあるが、それを鼻に掛けず、高圧的に接してくる訳でもない、実に人当たり(神当たり?)の良い神である。

 ……ただ、物部さんのこういう『お願い』って、大抵は碌な事じゃないんだよなぁ。

 確かに人当たりは良いが、ちょっと気を抜くと痛い目を見せてくる神でもある。
 何だか嫌な予感しかしないので、とりあえず釘を刺しておく事にした。


「物部さん。何度も何度も言いますが、うちは異世界対策課なんですよ。業務外の事を頼まれても困ります」
「知ってる知ってる。でも、神田くんはこういうの得意じゃない」
「……そう言うって事は、また墜ち神案件ですか?」


 強い無念や恨みを抱えながら非業の死を遂げ、また人々に畏れられた魂は、時に天災疫病などの災厄を撒き散らす荒御魂あらみたまと化してしまう場合がある。
 
 ──それが、『墜ち神』だ。またの名を『祟り神』とも呼ぶ。

 鎮魂課の仕事といえば、その墜ち神を慰撫し、鎮める事だ。
 その過程が中々大変な上、適性を持った神が中々居ない為、異世界対策課と並んで神員じんいんを確保するのが難しい部署だと言われている。

 人手が無いという理由で、何度私がヘルプに呼ばれた事か。


「どうせ、また浄化作業を手伝えって言うんでしょう」
「さっすが、物分かりが良くて助かるよ」

 
 何となくお願いの内容を察した僕が顔を顰めると、物部さんは機嫌良く頷いた。


「しかも、今回の案件は異対課にとっても悪い話じゃないと思うんだよね」
「……と、言いますと?」
「良くぞ聞いてくれた」


 物部さんは胸を張り、うっそりと笑む。
 そして言った。



「──実は今回の墜ち神は、異世界召喚された子なんだ」



***



「……で、引き受けちゃったんですね、墜ち神の浄化作業」


 物部さんとの通信を切った後、ジトリとこちらを見つめる見守みかみくんは、明らかに不満げだ。
 明らかに刺々しい雰囲気になった彼女に、慌てて弁明する。


「いや、だって異世界転生関連って言われたら、こちらも関係ないとは言えないでしょう」

 
 本来ならば、そうなってしまう前に我々がどうにかしてあげなければならなかったのだ。
 こちらの力が及ばずに墜ち神と化して、鎮魂課の仕事を増やしてしまっているというのに、墜ち神案件だから業務外ですだなんて突っぱねる事は出来ない。


「それに、確かにこっちにも悪い話じゃないし……」


 冷たい視線に気まずくなって視線を逸らせば、見守くんはあからさまにハァ、とため息を吐いてみせた。



「神田課長」
「ハイ」



 ……やばい、これは相当お怒りの様子だ。
 思わず背筋を伸ばす。


「私は課長のそういう責任感の強い所を尊敬していますが、そうやってご自分で何でもかんでも抱え込んでしまうのは如何なものかとも思っています」
「……ハイ、申し訳ございません」


 とりあえず、謝った。
 一応こちらの方が上司ではあるのだが、見守くんの言う事が尤もなのも分かっている。
 なんせ、異世界転生・召喚被害は年々増加の一途を辿っている為、処理しないといけない案件がまだまだ山のようにあるのだ。
 業務外の案件に首を突っ込んでいる暇なんて、本当はあったものではない。



「……仕方ないですね」



 見守くんは、ため息を吐いた。



「課長と課長補佐が同時に課を離れると、流石に業務が滞ってしまいます。私が残って処理を行うので、その間にそちらの案件をパッパと済ませちゃって下さい」



 キリリとした表情でそう言い放った見守くんは何だかとっても格好良く見えた。
 
 うおお、流石見守くん。
 出来る女は違う、と感動してしまう。


「見守くんは頼もしいね。君が補佐で本当に良かった」
「……当然です!」


 頬を僅かに赤らめて、見守くんはプイッと顔を背けた。
 その少し拗ねたような表情は、私を心配しているからこそだと分かる。
 ……だからこそ、余計に罪悪感が湧いてしまった。

 思わず、声を掛ける。


「……見守くん」
「……何ですか、課長」
「今度課の皆に差し入れしようと思うんだけど、何が良いと思う?」
「私は、一刻堂のフルーツロールケーキが良いです」
「ウグゥ……」


 甘い物で機嫌を取ろうとする姑息な私に、見守くんは迷わず常世とこよでも有名な高級洋菓子店の名前を出した。


 容赦ないな!
 悪いと思ってるから、ちゃんと買うけどさ!!
 

しおりを挟む

処理中です...