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これまでの裏話

ケース3裏 side 勇者タツヤ4 勇者達の未来は

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 事態が変化したのは、魔王城に攻め込む前日の事だった。

 

『本当に申し訳ありませんでした……!』



 召喚された時に聞いた声の主──異世界ルクシオの神様が現れて、俺達の前で土下座をしたのだ。
    
 召喚された際に声だけチラッと聞いたきりで、神様との面識はないし、関わりすら一切無い。
 突如現れた創造神の最上級の謝罪に困惑する俺達に、彼は続けた。

 こちらの世界の事情に巻き込み、重責を背負わせてしまった事への感謝を。
 そして、自分達の都合だけを押し付けてしまっている現状への謝罪を。

 俺達の事を『これで良いや』と言い放った神と同一神であるとは思えない程の真摯な言動に、流石に戸惑った。
 四人で顔を見合わせて、静かに頭を垂れる神様に思わず尋ねる。



「……失礼な事言うと思いますけど、何でいきなりそんな……」



 召喚されてからこれまで、彼が俺達の前に現れた事は一度も無く、当然関わりも無かった。
 それだけに、何か企んでいるのではないかと疑ってしまう。

 懐疑的な視線を向ければ、神様は大きく肩を落とした。


「……君達の世界に散々叱られたんだ。『学生の青春を邪魔する者、万死に値する』って」
「万死に値……」
「うちの神様、滅茶苦茶怒ってるな……」
「次同じ事やったら、こっちの世界に押し掛けて食ってやるとも言われた……」
「脅し方が日本昔話とかなまはげじゃん」
「シンプルに怖……」

 
 食われたくないとしょげる神様は、まるで叱られた直後の子供のようだ。
 余程説教が効いたのだろう。……それ程、俺達の為に怒ってくれたひとがいるという事実に、不安に揺れていた心がほんの少し勇気付けられた気がした。


 それから、神様はお詫びとして、俺達に特製の武器と防具をくれた。
 これまで使っていた物がおもちゃに思えてしまうようなチート装備だ。その性能に驚き、思わず顔を見合わせてしまう。


「……こんな物があるなら、最初からくれれば良かったのに」
「違うよ。君らの魔王討伐が早く終われるように、うちのお嫁さんと子供総出で頑張って作ったの! 青春を邪魔したら怒られるから!!」
「神様達のその青春推しは何なの??」


  そんなに全力でチート武器を作っちゃうくらいに叱られるのが怖いのか……。
 創造神である彼がここまで怯えるだなんて、俺達の世界の神様はどんな怒り方をしたのだろうか。

 しかし、これで大分魔王に挑みやすくなっただろう。
 これまでの冒険は何だったんだと思ってしまう気持ちも無くはなかったが、 無事に元の世界に帰れる確率が上がるのならそれ良い。
 色々と割り切って、ありがたく受け取る事にした。


 その後、神様はルクシオ中の国と聖教会に向けて、こう宣告したという。


 ──勇者達は本来自分達がする義務も義理も無い『魔王討伐』という大任を、己の心身を削ってまで果たそうとしてくれている。 
 それ以上の事を、彼らに求めるなかれ。
 
 ──ルクシオの民がこの世界を愛するように、彼らも自分達の世界を愛している。
 あくまで助力してくれている立場である彼らに甘え、その意向を無視しようとするのであれば、それ相応の裁きを下すだろう。


 この神様の言葉を受けて、俺達を引き留めようとする声はほぼ無くなった。
 一部諦めの悪い奴ら……例の司教などはミオを攫って隷属の魔法で強制的に従わせる計画を立てていたという事で裁きを下されたらしい。

 ……というか、よりにもよって司教が仕えるべき神様の言葉を無視するのはどうなんだろう。
 神様も自分の一番の僕であるべき教会の人間がまず先に裏切った事にお怒りだったようで、俺達に詳しい内容は教えてはくれなかったが、相当きつい罰を与えたという話だ。

 俺達としては、もう二度とあの男が目の前に現れないのであればそれで良い。
 安堵したようにホッと息を吐いたミオを見て、心からそう思った。



***


 それからの俺達の旅は、快適過ぎる程快適に進んだ。

 余計なちょっかいを掛けてくる者ももう居ない。
 神様から貰った装備で次々と敵を薙ぎ倒し、ついに魔王討伐に成功した。


『本当にありがとう! 助かったよ!』


 魔王が力尽き、黒いモヤになって消えるのと同時に現れたのは、神様である。
 どうやら魔王討伐に満足しているようで、ニコニコとご機嫌な様子でこう尋ねてきた。


「念の為に訊いておくけど、このまま元の世界に帰るのと一旦王城に戻るのとどっちが良い?」
「このまま元の世界に帰れるんですか!?」
「君達が成し遂げた偉業に感謝したいって気持ちは勿論あるし、民達もその準備をしているけどね。……でも、また面倒な事になるのも嫌だろう?」


 魔王を倒した勇者パーティーを人々は讃え、持て囃すだろう。
 実際に魔王を倒したら凱旋パレードを行ったり、パーティーを開くという話も聞いていた。
 その好意はありがたいが、これが今まで関わってきた国や団体の殆どで行われると考えると、じわじわと元の世界に帰る時期が伸びていってしまう可能性もある。



「確かに好意ではあるけどね。それも勝手なこちらの世界の『都合』だろう?」


 
 それに付き合ってやる必要は無いのだと、神様は言う。 
 正直意外だったけど……少し嬉しかった。

 ハッキリ言って、これまでこの世界の人達は俺達に自分達の都合だけを押し付けてきた。

 こっちは勝手に召喚されたのに、「勇者だから」と否応なしに魔王と戦わなければならない立場に追い込まれ、更には「元の世界に帰りたい」という気持ちすら無視されかけて……。

 
 もう、そんなものに振り回されなくても良いんだ。


 四人で顔を見合わせる。
 リョウタは俺の肩を叩いて笑い、アヤハはこちらに親指を立てて頷いた。
 隣に立っていたミオはそっと俺の手を握り、微笑み掛けてくる。
 
 ───俺達の心は一つだった。


 
「「今すぐに帰りたいです!!」」



 神様は頷き──次の瞬間、白い光に包まれた。



『ありがとう、そして……ごめんね。君達の未来に幸在らん事を!』



 次に目を開けた時に居たのは召喚された時と同じ、いつもの通学路だ。

 呆然と立ち尽くしていた俺達はそれぞれの顔を見合う。


「……夢じゃないよな?」


 恐る恐る問い掛ければ、全員が頷く。
 数秒の沈黙の後、それぞれ歓声を上げて、四人で抱き合った。

 通りすがりの人は不思議そうにこちらを見ていたけれど、関係ない。

 本当に帰って来れたのだ。その事が、嬉しくて仕方がない。



「……ねえ、約束覚えてる?」



 家に帰る道すがら、ミオがそう囁いた。



「勿論」



 ミオの手を取り、俺はそう答える。 


 異世界生活は、もう終わった。
 新しい毎日が今日から始まる。


  


 


 
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