夜明ノ森

冴木黒

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夜明ヲ待ツ森

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「……人間を兵器にとか随分と悪趣味な話やな」

 男は頷きもせず、ただ微笑んでいた。
 触れた手を伝って流れ込む記憶に、彼は顔をしかめる。不快に、怒りに冷たく瞳が燃える。



 男は、元はただの人間だった。
 両親は研究所に勤めていて、男が戦場に上がる年になると、自分達の子どもにある処置を施した。
 当人の意思や感情とは関係なく命令通り行動するよう組み込まれたプログラム、そして魔力と呼ばれる近年発見された力を埋め込んだ。男の前にも実験体は何人もいて、そのほとんどが失敗。成功例のうちの二名は戦場に出る前に死亡したということを、後に知った。
 男はあらゆる戦場で、手に入れた力を存分に発揮した。

 ある時新たな試みがなされていることを知った。
 人間の体は脆いから、初めから耐久性の高い器を作ってはどうかというものだった。
 そうして生み出されたのが07号だった。

 けれど、予想を超えた力を持つ07号を制御することは人間たちには不可能だった。
 争いを終わらせるために生み出された彼女は、そのために全てを破壊し始めた。争いを生み出すのは人間たちがいるからだ。それならば全ての人間を滅ぼせばいいのだと、そう彼女は理解したらしい。

 いつしか人々は彼女を「破滅ノ女神」と呼ぶようになり、彼女を討とうと、それまで争いあっていた者同士が手を取り合ったが、いずれも彼女の敵ではなかった。
 男は最後に自分も滅ぼされることを約束し、彼女と共に世界を回って破壊の限りを尽くした。

 人類は自ら生み出した兵器によって滅亡した。



「そして、あんたは裏切った」

 今はもう人間でも兵器でもない。
 実体もない。
 何者でもないものが言う。

「あんたはオレを壊すという約束を果たす前に、自分を滅ぼして消えた。なんにもない世界に、オレだけが残された。なあ、なんで」

 空いた側の手で、娘の形をとる彼の肩を掴む。

「どうしてオレをあんたの手で終わらせてくれなかったんだ! 世界なんかどうだっていい、あんたのいない世界なんて、オレにとって何の意味もないんだよ!!」
「アンノウン」

 薔薇色の唇が動いた。

「おれの中にあるのは破滅の力、元は彼女のものだった魔力。どこか知らない世界の、滅びた星のもの。それが星の海を漂い、おれらの世界に落ちてきた。おまえは、彼女を追ってあの世界までやってきたんか、いや、あれはお前自身というよりもお前から分化、増殖した念の塊、本当のお前は、ずっとここにおったんやな……」

 肩を掴む手を払いのけ、憤る男の頬を両手で包むと額を合わせる。
 瞼を閉じる。
 もっと深い、もっと細やかな、もっと何でもないような記憶を。
 この力は本来、兵器の娘のものだ。
 彼女自身はもういなくても、そこに刻まれた時間は失われることはない。
 彼には本来知ることはできないはずの、ないはずの記憶は、男とふれあうことで共鳴し呼び起こされる。




 どこか。
 荒涼とした光景が広がる場所。
 遠くに地平線が見える。
 世界を破滅に導く旅のさなか。
 輝く太陽が空の雲を薔薇色に染めていた。
 建物も木も草も何もないけれど、デコボコとした地面にはくっきりと影ができていた。
 娘は立ち止まって、遠くを見つめていた。
 光に照らされるその横顔は何よりも美しく、男の目に映っていた。

「どしたの? 何か見つけた?」
「いや……滅ぼされてなお、世界は美しいなと思って」
「そう? てかあんたがそんなことを考えるなんてね。人間でもないのに、まるで人間みたいだ」

 娘はわずかに目を伏せ、それから男を振り向いた。

「私のこの感情が人間らしいというなら……本来人間であるはずの君は、この光景を前に何も感じないのか?」
「べつに」
「そうか」

 再び娘の視線は地平に注がれた。
 少し妬けるなと男が呟く。

「なあ、そんなことよりちゃんと約束は守ってくれよ。この旅が終わったら、あんたはオレを壊す。そうすりゃオレの力はあんたのもの。晴れてオレはあんたと一つになれるんだ」
「私にこれ以上の力は必要ない」
「破滅ノ女神だろ、壊すことがあんたの本分じゃないか」
「それは人間たちが勝手につけた名だ」
「どこの誰だか知らないけどいいセンスしてるよ。壊している時のあんたは一番きれいだもの」

 娘はまだ夕陽を見ていた。


 たった数年。男が彼女と共に過ごした時間はたった数年だ。
 それでも時間にすれば膨大な量の情報を、彼は探る。残された一瞬一瞬を見つめる。
 他に何かないか。彼女と男に関する記憶。男に向けられた彼女の想い。
 彼らの記憶のほとんどが、戦いと殺戮と破壊だ。
 だとしても、それだけではない。
 なんでもいい。
 交わされる言葉に。表情の僅かな変化に。特別でもない時間に。
 彼女の思いを推しはかることができるものはないか。

 頭に広がる。
 雨に霞む景色。
 灰色の世界。


「あんたがケガしてるとこなんて初めて見た」

 雨。
 洗い流された血が、泥に混じる。
 真っ白な衣は赤く染まっていた。娘の血と、そうでないものも混じっていた。

「なに、調子悪いの?」

 娘は黙って傷口を見つめていた。ちょっと疲れたような顔をしていた。
 大粒の雨が降り注ぐ。ザアザアと音が響く。
 男は一人でしゃべり続けている。

「あんな武器初めて見たな、誰も傷つけることのできなかったあんたにそれだけのダメージを与えるなんて……あいつらはあいつらで必死ってわけだ」

 生き延びるために。
 娘がのろのろと顔をあげる。視線が揺れる。

「大丈夫だよ、多分あんたのその体ならそのくらいの傷すぐ塞がる。オレよりも早いんじゃないかな」
「………」
「痛い?」

 娘が首を横に振る。
 男は娘のそばに行くと、血の染みが広がる衣を捲り上げて言った。

「ああ、やっぱり。もう綺麗になってるよ、ほら」

 傷口は完全に消え、元通りになっていた。



 彼女の記録はあと少しだけ。
 
 あと少しで、旅は終わる。男の望まない別れが訪れる。





「あとひとつ」

 男は高揚していた。
 夜の野営地。山を越えた向こうには、残された最後の国がある。

「あんたの力なら、二日もあれば充分かな?」
「そうだな……」

 溜息と共に吐き出された言葉。

「……君が正直こんなところまで一緒に来るなんて思っていなかったな」
「なんでぇ、オレが途中で逃げ出すとでも思ってた? んなはずないじゃん」

 男は手を振りながら、けらけらと笑う。

「君は、怖くはないのか?」
「怖い?」
「死が」

 まるで見当違いのことを言われて、男は唖然とした。

「兵器にそんな感情あるもんか」


 数日後。
 世界に存在する生命の全てを屠り、己の使命を果たすと、娘は自身の内にある魔力を暴発させた。
 たった一人を除いて、娘は全てを滅ぼした。
 消える間際、彼女が男に向けて放った言葉があった。

「世界は、美しいよ。君もいつかそう思えるようになるといいな……」



 記憶をたどり終えてから、おかしなものだと彼は思った。
 娘の見て取れる変化。
 はじめから兵器として生み出されたのにも関わらず、彼女はまるでヒトのようだった。命を奪うことに躊躇いを見せ、景色を見て感動する。人間と何一つ違わない。
 歪であると言えば、寧ろ男の方だ。
 それでも、どれだけ歪み、壊れた心を抱えていたとしても、この男も一人の人間だった。
 そこには感情と意思があった。
 娘は多分、共にいるうちに情がわいたのではないか。
 それか一緒に旅をし、最後の最後まで男が共にいてくれたことが嬉しかったのではないか。
 そんな想像をする。
 本人がいない以上、想像することしかできない。
 
「あーあ」

 両掌の中で、ゆっくりと男は息を吐き出す。

「せっかく、あんたも堕ちてきてくれると思ってたのに」

 覗き込んでくる暗い目に娘の姿のままの彼はニコッと微笑むと、いきなり手を振り上げ、その横っ面を張り飛ばした。
 男は軽く吹っ飛び、彼は元の男性の姿に戻る。

「なんやお前さんにはまだまだ言いたいことがあるような、殴り足らんような気はするけど、ひとまずこれで勘弁しといたる。なんもわからんのをええことに人を弄んでくれた礼や」

 空が白み始める。
 夜明けが近いのだ。
 彼は目を閉じると、少し前からずっと聞こえてくる声に、耳を澄ませる。
 夜明けを待つ森。声はその外側からだ。
 座り込んだまま男に手を差し伸べる。
 男は動かない。

「おまえさんのことはなんやろな、ようわからんけど気に入らん。理屈は不明やけど、多分嫌いや。でも、お前さんをどうにかせんと、また同じことが繰り返される。だから、」

 星の海に寄生し、星を病ませる存在。
 それがアンノウンの正体だ。
 男はその根幹。男の中の憎しみや恨み、悲しみや怒りの念が増幅し、魔力という媒体を得て、アンノウンが生まれた。
 宇宙を蝕む病。
 倒しても倒しても、またアンノウンが現れるのはこの男のせいだ。
 胸倉を掴んで強引に立ち上がらせる。
 聞こえてくる声は、彼の記憶だ。過去であり現在であり未来だ。
 それを自覚すると同時に、彼は全てを取り戻す。
 名前も、狂わされた人生も、奪われた故郷も大切な人々も。

「本当は、反吐が出るほど嫌やけど……!」

 その瞬間、空間が突然縦に裂け、溢れ出してきたのは眩い光と知った声だった。
 怒りの涙で目を濡らしながらも、ティランは力強い声で言った。

「仕方がないから救ったる」

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