水端ノ獣ノ物語

冴木黒

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微睡ニ見ル夢

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 風に木の葉が揺れ、光踊る森。
 美しい緑に囲まれたその場所に、気が付くとラムダは一人立っていた。
 柔らかい草の上に、小さな白い花が咲き乱れている。
 澄んだ空気が肺を満たす。木漏れ日は温かく優しい。
 鳥のさえずりが、心地よい歌のようだ。
 ラムダは草の上に座り、静かに目を閉じて、その声に耳を傾ける。
 ぴぴぴぴぴ。
 ぴゅいぴゅいぴゅい。
 チーチチチチチチ。
 様々な鳴き声が混じりあう。
 ふと、ただの音であったものが意味を持った言葉として聞こえくる。重なり、所々ずれて聞こえてくる声。

 ああ、どうして……

             どうして




      この森は

この場所は

     

       わたしたちの


 ぼくたちの、

    おれたちの

 
 
 我々ノ

  ワレラダケノ 場所ダッタ   ノニ

  



      デ
  
    

              カ


  テ




         コ




       ロ         エ





           セ

    ケ     
                  セ




 薄闇の中。
 はっと目を開けると、間近に皺だらけの顔があった。

「うわぁ‼」

 ラムダは悲鳴を上げて飛び退り、胸を手で押さえて深く息を吐き出す。
 老爺がニィと笑う。

「随分うなされておりましたが、悪い夢でも見ましたかな」
「……?」

 ラムダは額に掌を当て、数度目を瞬いた。
 夢の内容を思い出そうとするも、記憶はさらさらと砂が風に流されるように薄れてゆく。

「なんだっけ、忘れちゃった」
「ほほっ嫌な夢など、忘れられるなら忘れてしまった方がよいものです。さて、今日中には東の神殿に着きましょうか」
「そういえばいきなり行って、神殿の中って入れるのかな?」
「ふむ、巡礼者のフリをするというのはいかがでしょう?」
「あ、なるほど」

 夜が明けきる前に出立し、東の神殿に到着したのは空に紅が混じり始める頃だった。
 荘厳な石造りの建物の中心に、天高くそびえ立つ塔。周囲を囲う、黒い鉄の柵。
 少し離れたところから、ラムダは見上げて呟く。

「西の神殿とよく似てる」
「造られたのは同時期。その頃はまだ、国は一つでしたからな」
「え?」
「ささ、参りましょうぞ」

 そう言って歩き出したニシキを追い、開かれたままの巨大な門まで来て、ラムダは違和感を覚えた。それはニシキも同じであるらしく、きょろきょろと周囲を見回している。

「門番が一人もおらぬとは、妙ですなぁ」
「それにすごく静かだ」

 門番どころか、神官や巡礼者の姿もない。
 敷地内に足を踏み入れたニシキがぴくりと顔を上げ、塔の方を見ながら言う。

「いやいやそうでもないようですぞ。内部からは何やらざわざわと音が聞こえてまいります」
「何かが起こってるってこと?」
「これは好機。今ならば、あの塔以外の建物には殆ど人がおらぬようです。警備が手薄になっているこの間に妹御を探しましょう」
「うん」

 開いていた窓から中へ侵入する。
 誰かの居室らしいそこから廊下へ出て、やはり西の神殿と似ているとラムダは改めて思った。
 似ているどころか、全く同じかもしれない。
 外観がそっくりであったように、窓枠や柱、天井に壁、それから床の装飾も見たことのあるものばかりで、部屋の形や配置にも覚えがあった。
 ニシキが廊下の先を指さして言う。

「あちらの方角から、何やら気配を感じますな」
「行ってみよう」

 もしもここが、ラムダのよく知る場所と同じ作りだとすれば、ニシキの示した方角には牢があるはずだ。
 ラムダ自身も長く過ごしたその場所が。


 予想通り、そこは牢で、中には人がいた。
 だがそれは見知らぬ少女だった。
 十にも満たないのではないだろうか、幼い顔に小さな体。簡素な、それでいてぼろぼろの汚れた服を身に着けていて、顔や体のあちこちに傷と痣がある。服の汚れは主に血だ。痩せた首には金属の輪が嵌められていて、両の手足についた枷は鎖に繋がれていた。
 牢の中には寝台などもなく、冷たい石の床の上で、少女はか細い息を繰り返している。侵入者であるラムダやニシキにも気が付いていないようだ。
 辺りには酷い臭いが満ちていた。

「なんと、惨い……」

 ニシキが言葉を失い目を背ける隣で、ラムダは即座に理解した。
 少女は、この国の忌み子だ。
 自身の監視役であった神殿兵の男の言葉を思い出す。

「昔の忌み子てぇのは、そりゃあ酷い扱いだったらしいぜ。食事は日に一度、殴る蹴るは日常茶飯事、牢から出るなんてことは当然許されない。けどそうするとあっという間に死んじまう。忌み子が死ねば、他の誰かに痣を引き継がれることになる。国中駆けまわって、痣を持つ人間を探すのだって一苦労だ。だったら普通に過ごさせて、できるだけ長く生かす。そうしたほうが犠牲も少なくなるってもんだろう?」

 比較的自由を与えられていたラムダだったが、それでも身に覚えがあった。
 同じ人間としては見られない扱い。死ななければ何をしても構わないのだと、お前はその程度の価値しかないのだと、何度も何度も何度も吐き捨てられ、刻み付けられた言葉。
 ラムダは無言で牢に歩み寄り、格子を掴んだ。
 かしゃりと、金属の軋む音がする。
 少女が起き上がらないままピクリと反応し、身を縮こまらせ震え始める。
 掠れて途切れがちの、小さな声が言う。

 ご んなさ、 めなさ、ごめんなさ、い……

「ニシキおじいさん」

 外套を脱ぎながら、ラムダが背後に向けて言った。

「はい」
「ヘビ、まだ起きないんだ。この子のことお願いしていい?」
「はい」

 黒い衣を床に落とすと、背中の痣が露わになる。衣服の上では白いヘビが眠っていた。
 纏うもののない体を黒い靄が包んでいく。
 ニシキは深く頷いた。
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