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どこかの世界のどこかの空で
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稀に見る光景に目を奪われるエルミネアに、シオンが後ろ頭を搔きながら言った。
「すみません。本当は俺だけでよかったのかもしれませんが……」
「え、何がですか?」
「この世界に残るのは、俺だけでよかったかなって。エルミネアさんは、元の世界に帰りたかったかもって。そう話を持っていくことも考えなかったわけではないんですが」
「そういうのは全然考えてませんでしたね。私も自分が興味あってこの世界に来ましたから、当然一緒に残るつもりでいました」
シオンはそれを聞いて、長い、長い息を吐き出した。
「よかった。少なくとも三年は一緒にいなければいけないわけですから、もし嫌だったら悪いなって思ってたんですよ」
「えええ、嫌とか特にそういうのも別に」
「そうですか?」
「嫌いな相手とそもそもこんなところまで調査にこようとは思いません。仕事とはいえ、この調査には、私は私の意思で参加を希望しましたから。よほど嫌な相手ならちょっと見送って先延ばしにしてたと思います。だって、今回の三年縛りがなくても、下手をすれば数年単位で二人だけで行動を共にすることになるんですよ。さすがにちょっと考えますよね」
言ってから、エルミネアは気が付いて慌てた。
まだ、言っていないことがあることを思い出したのだ。
シオンは優秀だ。
エルミネアが知る中でも、頭抜けて賢く、交渉術にも長けていて、頼りがいがある。格闘術や魔法はなくても、難局を切り抜けるだけの力を持ち合わせている。
「それどころか、ええと頼りにさせてもらっているので。だからこれからもどうか宜しくお願いします。あ、あと、それと、あの有難うございました、急いできてくれたんですよね? さっき、私がいきなり消えたから」
「さすがに慌てました。よかった無事で、相手がまともで、あなたが他者の悪意に傷つけられたりしていなくて」
シオンの表情は安堵に満ちていた。
声はいつもよりも少しだけ甘い気がした。エルミネアは急に落ち着かなくて、視線を下にずらした。
絨毯か何かのように広がる雲を越えた先が、目的地だ。この真下には、町があるのか、それか山や草原や砂漠や海や、川やそんなものがあるのか。
考える。考えて気をそらす。
だけど、シオンの声がエルミネアの思考を引き戻した。
「エルミネアさん、一つ提案があるんですけど」
「嫌です」
「まだ何も言ってません」
「な、な、なんか、いい予感が、しない!」
「え、そんなひどい」
本当にそう思っているのかと思うような声と顔だ。
そして親指で唇を押さえ、視線を泳がせて黙る。これは真剣に何かを考えている時だ。
それがわかってしまって、エルミネアは衝動的に逃げたくなったが、空の上では逃げようがなかった。そうこうしているうちにシオンが言った。
「三年という縛りはありますが、それが終われば我々は自由です。元の世界に帰っていいし、この世界で調査を続けるのもいい、また、他の世界を発見したらそこを目指すのもいい。まだ先のことで予想はつかないですし、その時自分がどうなってるかとか全然考えられないんですけど……でも、この調査が終わっても、エルミネアさん、あなたとまた組めたらいいなあって思って」
エルミネアはびっくりして、
「あ、はい。もしそうなれば、私も嬉しいです。アルクトスさんと一緒なのはとても心強いですし」
とだけ、どうにか返した。
思っていたよりも普通の内容だったから気が抜ける。
もっと何かこう、あの、
「縛ります?」
みたいな突拍子もないことを言われたら、どうしようとか無駄に警戒してしまった。
シオンが言う。
「では仕事外は?」
「え?」
「仕事外ではどうですか?」
頭上からセクハラになっても知らないよと、魔王の声が降ってきた。
シオンはそちらには返答せずに、目の前の女性に対して言った。
「その判断は本人にお任せします」
シオンはすっと掌を上に向けて、エルミネアの方に差し伸べた。
「人生のパートナーに。エルミネアさんと一緒ならどこにだって行ける気がするし、どこに行くにしてもあなたと一緒がいいです」
あまりにも唐突だったから、エルミネアは俯き少しの間逡巡する。
シオンはエルミネアがしっかりと考え答えを出すまで、待っていてくれた。
やがて顔を上げると、エルミネアは一歩近づいて言った。
「シオンさんと一緒にいるのは、なんだかとても大変なことな気がします。友人でいるにしても、家族でいるにしても」
「そう、そうかもしれない……本当はそう思われてるかもしれないな。みんな、何も言わないだけで」
エルミネアはシオンの掌に手をのせる。
つかむ。
「私は、ずっと連絡も取れないとか、会えないとか、あんまり寂しい思いはしたくないです」
「では一緒に、どこに行くのもなるべく一緒に、それができない場合も、放置したりしないようちゃんと努力します」
「お互いに」
「そう、お互いに」
シオンがエルミネアの手をぐっと握って、エルミネアも握り返す。
「シオンさんは、ずっと一緒にいるのもそれはそれで大変そう」
エルミネアは笑って言った。
するとシオンもそうだなあと呟いて笑った。
「俺といると面倒ごとに巻き込まれることが多くて大変だと思うけど、その分退屈はしないと思うよ」
月が金色に輝く。無数の星が瞬いている。
魔族や、妖達の歓びの声。
まだ名前も知らない、どこかの世界のどこかの国の夜空。
エルミネアが言う。
「わくわくしますね」
どこかで魔王の毒付く声が聞こえた。
「すみません。本当は俺だけでよかったのかもしれませんが……」
「え、何がですか?」
「この世界に残るのは、俺だけでよかったかなって。エルミネアさんは、元の世界に帰りたかったかもって。そう話を持っていくことも考えなかったわけではないんですが」
「そういうのは全然考えてませんでしたね。私も自分が興味あってこの世界に来ましたから、当然一緒に残るつもりでいました」
シオンはそれを聞いて、長い、長い息を吐き出した。
「よかった。少なくとも三年は一緒にいなければいけないわけですから、もし嫌だったら悪いなって思ってたんですよ」
「えええ、嫌とか特にそういうのも別に」
「そうですか?」
「嫌いな相手とそもそもこんなところまで調査にこようとは思いません。仕事とはいえ、この調査には、私は私の意思で参加を希望しましたから。よほど嫌な相手ならちょっと見送って先延ばしにしてたと思います。だって、今回の三年縛りがなくても、下手をすれば数年単位で二人だけで行動を共にすることになるんですよ。さすがにちょっと考えますよね」
言ってから、エルミネアは気が付いて慌てた。
まだ、言っていないことがあることを思い出したのだ。
シオンは優秀だ。
エルミネアが知る中でも、頭抜けて賢く、交渉術にも長けていて、頼りがいがある。格闘術や魔法はなくても、難局を切り抜けるだけの力を持ち合わせている。
「それどころか、ええと頼りにさせてもらっているので。だからこれからもどうか宜しくお願いします。あ、あと、それと、あの有難うございました、急いできてくれたんですよね? さっき、私がいきなり消えたから」
「さすがに慌てました。よかった無事で、相手がまともで、あなたが他者の悪意に傷つけられたりしていなくて」
シオンの表情は安堵に満ちていた。
声はいつもよりも少しだけ甘い気がした。エルミネアは急に落ち着かなくて、視線を下にずらした。
絨毯か何かのように広がる雲を越えた先が、目的地だ。この真下には、町があるのか、それか山や草原や砂漠や海や、川やそんなものがあるのか。
考える。考えて気をそらす。
だけど、シオンの声がエルミネアの思考を引き戻した。
「エルミネアさん、一つ提案があるんですけど」
「嫌です」
「まだ何も言ってません」
「な、な、なんか、いい予感が、しない!」
「え、そんなひどい」
本当にそう思っているのかと思うような声と顔だ。
そして親指で唇を押さえ、視線を泳がせて黙る。これは真剣に何かを考えている時だ。
それがわかってしまって、エルミネアは衝動的に逃げたくなったが、空の上では逃げようがなかった。そうこうしているうちにシオンが言った。
「三年という縛りはありますが、それが終われば我々は自由です。元の世界に帰っていいし、この世界で調査を続けるのもいい、また、他の世界を発見したらそこを目指すのもいい。まだ先のことで予想はつかないですし、その時自分がどうなってるかとか全然考えられないんですけど……でも、この調査が終わっても、エルミネアさん、あなたとまた組めたらいいなあって思って」
エルミネアはびっくりして、
「あ、はい。もしそうなれば、私も嬉しいです。アルクトスさんと一緒なのはとても心強いですし」
とだけ、どうにか返した。
思っていたよりも普通の内容だったから気が抜ける。
もっと何かこう、あの、
「縛ります?」
みたいな突拍子もないことを言われたら、どうしようとか無駄に警戒してしまった。
シオンが言う。
「では仕事外は?」
「え?」
「仕事外ではどうですか?」
頭上からセクハラになっても知らないよと、魔王の声が降ってきた。
シオンはそちらには返答せずに、目の前の女性に対して言った。
「その判断は本人にお任せします」
シオンはすっと掌を上に向けて、エルミネアの方に差し伸べた。
「人生のパートナーに。エルミネアさんと一緒ならどこにだって行ける気がするし、どこに行くにしてもあなたと一緒がいいです」
あまりにも唐突だったから、エルミネアは俯き少しの間逡巡する。
シオンはエルミネアがしっかりと考え答えを出すまで、待っていてくれた。
やがて顔を上げると、エルミネアは一歩近づいて言った。
「シオンさんと一緒にいるのは、なんだかとても大変なことな気がします。友人でいるにしても、家族でいるにしても」
「そう、そうかもしれない……本当はそう思われてるかもしれないな。みんな、何も言わないだけで」
エルミネアはシオンの掌に手をのせる。
つかむ。
「私は、ずっと連絡も取れないとか、会えないとか、あんまり寂しい思いはしたくないです」
「では一緒に、どこに行くのもなるべく一緒に、それができない場合も、放置したりしないようちゃんと努力します」
「お互いに」
「そう、お互いに」
シオンがエルミネアの手をぐっと握って、エルミネアも握り返す。
「シオンさんは、ずっと一緒にいるのもそれはそれで大変そう」
エルミネアは笑って言った。
するとシオンもそうだなあと呟いて笑った。
「俺といると面倒ごとに巻き込まれることが多くて大変だと思うけど、その分退屈はしないと思うよ」
月が金色に輝く。無数の星が瞬いている。
魔族や、妖達の歓びの声。
まだ名前も知らない、どこかの世界のどこかの国の夜空。
エルミネアが言う。
「わくわくしますね」
どこかで魔王の毒付く声が聞こえた。
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