緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

文字の大きさ
1 / 67

リュナ

しおりを挟む
 結局、リュナに到着したのは陽が傾き始めた頃のことだった。
 街は思っていたとおり、祭りの準備の最中で、多くの人で賑わっていた。
 ルフスは店先や、道行く人をつかまえて、ティランのことを尋ねて回ったが、彼のことを知る者は誰一人としておらず、僅かな手掛かりすらつかめなかった。
 そのうち辺りが暗くなり、通りを歩く人の姿もまばらになってきて、宿を確保しようということになった。
 空いている宿を探して部屋を取り、一息ついたところで腹が減っていることを思い出す。
 宿に食堂はないから、外で食べることになり、宿の主人にお勧めの店を教えてもらった。
 ちょうど食事時ということで店は満席だった。
 外で待っていてくれと言われ、どうするか迷ったが、どこも同じような状況だったので、大人しく店の前に設置された木のベンチに並んで腰掛ける。
 ティランは先程から何やら落ち着きがない。
 縮こまって、ちらちらとルフスの方を横目に見やりながら言う。

「なあ、今更やけど……おれ、金やこう持ってへんぞ?」
「知ってるよ。いいよ今日の晩飯と宿代くらいどうにかなるし。それより腹減ったなー」
「なんでや?」

 ティランの声が急に低くなり、下からじろりと睨みつけるように見上げる。

「なんでそんな親切にする? まさかおまえも何か魂胆があるんやないやろうな……」
「魂胆? あー、さっきの奴らみたいになんかどっかに売ったりとか? ないない。おれそういう伝手とか全くないし。そもそも男って売れんのかな?」
「え、いや、そりゃまあ」
「そういうのってさ、大体女の人だろ。よく聞くの。昔の話を聞いたことくらいしかないけどさ」
「ああ、まあな。けど物好きがおるんや。それに人間売り買いするのは男だけとは限らんからな」
「え、そうなのか?」

 邪気のないルフスの態度に毒気を抜かれて、ティランは頷く。
 短く切りそろえられた赤髪の、同色の目をした恐らく同じ年頃の青年。武術でもしていたのだろうか、体つきがしっかりしている。背もでかい。羨ましい。これなら見くびられるようなこともあまりなさそうだ。
 それでも顔つきを見ると、まだ少しあどけなさがある。
 目の形が丸く、かわいらしい。眉は太めだ。笑うと八重歯が目立って、いたずらっぽい少年のようだと思う。

「けど変だよな」

 ルフスが店の壁にもたれかかって呟く。

「ティランは自分のことは名前も覚えてなかったのに、そういう世の中の色んなことは知ってるわけだろ」
「抜け落ちてるとこは他にもあるけど、概ね、な……」
「なんかよっぽど忘れたいことでもあったのかな?」
「はあ?」
「ほら、忘れたくなるほど嫌なことがあったから、忘れたんじゃないか?」
「……ま、そうかもな」

 ルフスの見解には一理ある。
 だとしたら思い出すべきではないのかもしれない。
 思い出すことが恐ろしくなるが、何も覚えていないのもまた不安だ。

「けど、思い出さなきゃあんたは帰るとこもなくて困るわけだし。とりあえず明日、医者に診てもらおっか」
「あ、ああうん」

 店のドアが開き、客が何人か出て行って、呼ばれる。四人掛けのテーブル席に案内され、飲み物と料理をいくつか注文する。
 ルフスとは対面の椅子に座って、ティランはふと疑問を口にする。

「そういえば、おまえさんはなんで旅しとるんや? 物見遊山ってわけでもないんやろ」
「ちょっとな、探し物があって」
「探し物って?」
「剣だよ」
「剣?」|
「英雄王の剣」

 ティランは僅かに首を傾ける。
 確かにさっき、その体格の良さからルフスは武術でもしているのだろうかとは思ったが、ルフスは今剣を携えていない。だから嗜んでいるとしても、それは体術だと思っていた。
 それに英雄王って。
 あれ?
 何か引っかかる気がする。頭の奥が疼くような痛みを覚える。

「ティラン」

 訝しむような、或いは心配してくれているのだろうか、覗き込んでくるルフスの目。
 赤の双眸。
 瞳孔と虹彩の色は銀だ。

「それも忘れてしまったのか? それとも元々知らないだけか?」
「わからん」

 小さく頭を振る。
 唾を呑み込んで、乾いた喉を潤す。
 ルフスが言う。

「伝説だよ。大昔、この辺り一帯を治めていた王様の。闇を祓い、邪を封印したとされる、緋《あけ》の英雄と呼ばれた王様が、ここからもっと東の、今はアドラステアって国がある辺りは昔アルナイルって名前で」
「アルナイル、大国、アルナイル……光の王」
「あ、それそれ。思い出したか?」

 ルフスが明るく笑った。大きく開いた口から、八重歯がのぞく。

「その伝説の王様の剣を、なんでおまえさんが探しとるんや? まさか金持ちの道楽とかいうなよ、べつに金持ってるようにも見えんけど」
「それがおれもよくわからないんだけどさ、神託がどうのって言われて……」
「神託?」
「村でさ、この前祭事があって、それでえらい巫女様がなんか月の神様の声を聞いたんだとかで、なんでかおれが選ばれて。おれはただの牛飼いで、剣とかそんなの触ったこともないし、正直それ見つけてどうすんのって感じなんだけど、長からほい旅の資金って金渡されるし、近所の子供たちからは兄ちゃんかっけーってキラキラした目で見られるし。そんでなんか流されるままに?」
「なんやそれ」

 大事な役目を与えられながら、全くやる気の感じられない言い草に、ティランは噴き出してしまう。
 そこへ両手と腕の上に、器用に皿を乗せた店員がやってきて、料理が置かれ、ルフスは笑いながら続けた。

「でもさ、こうやってのんびり旅してたら、うまいもんもたくさん食えるし、それはそれでいっかって思ってさ。ほらほら冷める前に食おうぜ。取り皿貸して、こっちの方のとってやるから」
「じゃ、おまえさんのも貸せ。こっち側のはおれがとったる」

 待たされた分、余計に腹が減っていた二人は話も忘れ、夢中で食べた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...