緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

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二人の夢が叶う日

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 ティランが言い終えるのと同時に、周りの景色が変わった。
 元の、暗くて古くて荒れた城だ。
 窓の外は晴れていて、朝のようだった。確かこの城に着いたのは昼過ぎのはずだ。
 今いつなんだろうとルフスは思う。どのくらいの時間、あの夢をみていたのか。

「というか、あれって夢だったのかな。結局なんだったんだろう? まるで誰かの記憶か思い出のなかのような」

 ティランは少し考えて、それから言った。

「死んだ主の魂か、あるいはおまえさんの持っとる、いや……」

 言いかけてやめ、僅かに間を置いてティランは再び唇を開いた。

「この古の、城の記憶……」
「城の?」
「聞いたことがあるんや。長い時を経ると物にも魂が宿るんやと……なあ、ひょっとして、この城はおまえさんのことをあの使用人と勘違いしたんやないか?」

 言われて、ルフスはきょとんとする。
 ティランの視線はルフスの手元にある懐中時計に注がれていた。

「おまえさんがその時計を持っとったから……旅に出て長らく留守にしていた使用人が帰ってきたと。それで、幸せだったころのあの時間に、思い出の夢の中へおまえさんを連れ去った」
「うん。けどティランもさ、多分同じ夢を見てたんだよな?」
「そりゃあ主人の役が必要だったんやろ。さて」

 ティランは日記を引き出しの中へ、元あったようにしまうと、窓の方を見やる。

「この庭のどこかやとは思うんやけどな」
「何が?」
「墓」

 伸びた草をかき分けながら、広い庭を二人で手分けして探す。
 けれど枯れた木や、荒れた花壇、長い間雨ざらしでぼろぼろになった木のベンチといったものが出てくるばかりで、それらしきものは一向に見当たらない。
 ルフスが大きく息を吐きながら言う。

「墓、どっか別の場所に作ったってことはないかな?」
「えー絶対ここやと思うんやけどな」
「でも多分おれ、あらかた見てみたけどなかったぜ、こっちの方には」
「あ、待てよ。あの最後に見た湖って……」
「あ! えーとえーと、そうだこっち!」

 ティランが夢の中のことを思い出して言い、ルフスも気が付いたらしく声を上げた。そして真正面に指先を向ける。
 城の裏側。ぐるりと大きく回って、辿り着く。走ってきたから、二人とも息が切れていた。
 城に面した湖のほとり。夢の中の最後の夜に、二人が星を見上げていたのと同じ場所。しかしそこに墓らしきものは見られない。

「ここでもないのか」
「いや、あたりや。多分」

 がっかりしたようにルフスは肩を落とすが、ティランが言った。
 ティランは一本の木に歩み寄る。ティランの背丈と変わらない高さの裸木だ。
 その根元、やや手前の辺りにティランは膝をつく。そうして、掌で幹に触れる。

「木蓮。あの記憶の中では、この草地にはなかった……あの使用人がここに墓の代わりに苗木を植えたんとちがうかな。木蓮の花と、星を見るのが好きやったっていう主人のために」

 ルフスはティランの隣に並び、古びた懐中時計を、衣服のボタンに通すように枝にかけた。
 目を閉じ、胸の前で両手の指を組んで、束の間祈りをささげる。
 あんたの友人は、世界を旅して、あんたの見たかった景色を見て帰ってきたよ。
 そう、心の中で声をかけてみる。
 今頃は二人とも魂だけの存在になって、再会はできたのだろうか。再会できたのなら、きっと今頃旅の話を聞いていることだろう。
 そうだといいな。

「ルフス」

 呼ばれて目を開ける。
 ティランが呆気にとられた顔で遠くを見ていた。
 ルフスも振り返り、驚く。
 城の周囲に広がっていた森がいつのまにか姿を消していた。

「やっぱりティランが言ってたとおりだったんだ。本当はこの辺りに森なんかなかったんだな」
「いや多分、昔は森だったんやろうけど……」

 長い年月のなかで、いつしか切り開かれ、消えてしまった深い緑の森。
 考えると、切ないような気持ちになって、ティランは目を細める。
 ルフスが隣で言った。

「でもこれで、やっと先に進めるな」
「あ―――! そういやおまえ! ああくそっ、すっかり忘れとったわ。あれからどれだけ時間過ぎたんや、あれどうなっとる!?」

 ティランは大声をあげ、ルフスの服の裾を掴んで押し上げると、胸にある双葉の痣を見て顔をしかめた。

「あ、あー、ちょっと大きくなってる? ていうか伸びてる? いやでも大丈夫大丈夫、まだ少しだけだし」
「おまえなあ……」

 気が緩みそうなルフスの笑顔に、ティランは長い息を吐き出す。
 服から手を離し、言う。

「こわいとか、不安だとか、そういうのはないわけ?」

 お前のせいでと、責めもしない。八つ当たりもしない。
 それどころか、反対にこちらを気遣い、明るく振る舞う。
 ルフスは後ろ頭を掻いて唸る。眉は困ったように、八の字を描いていた。

「よくわからないんだよな。実感がないって言うか……今のところ痛いとか苦しいとか、そんなのもないしさ。だからさ、ティランがおれのこと気にしてくれてるのはわかってるんだけど………ごめん、おれそういうのどうしても苦手で。おれ以外の人がおれのことで悩んでると、どうしていいかわかんなくなるんだよ。できればあんまり気にしないでくれると助かるんだけど」
「なんでおまえが謝るんや」
「だからおれのことで、おまえに気を揉ませたりして悪いなーって」

 ルフスは思ったままことを口にしただけだったが、ティランは苦い顔をした。
 額に手をやり、がっくりと項垂れる。

「おまえな、ほんまもー……」
「なんだよ」
「いや、やっぱりええわ。おればっか焦っても、当事者のおまえがそれじゃ、なんやあほらしゅうなってきた」

 ティランは言って、踵を返す。歩きながら、後ろのルフスに声を投げる。

「行くぞ。まずは街道まで戻って、そこからまた北を目指す」
「あ、うん」

 ルフスは駆け出し、途中で一旦足を止め、振り返る。
 風の中に、花の香りを感じた。
 振り返ったルフスは一瞬、
 ほんの一瞬だけだったが、白い花を咲かせた木の傍で、草地に並んで座り、空を見上げる二人の青年の姿を見た気がした。
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