21 / 26
鐘の音
しおりを挟む
燃え盛る炎の向こう側で、何かが崩れ落ちる音がした。立ち込める煙の中、綾子はエドアルドの腕にしがみつきながら、荒れ狂う火の粉を避けるように身を低くした。
「……くっ、こっちだ!」
エドアルドが綾子の手を引き、闇の奥へと駆け出す。彼の掌は熱を帯び、しっかりと綾子の指を包み込んでいた。屋敷が倒壊する前に逃げ出さねばならぬと分かっていながら、綾子はほんの一瞬だけ、その温もりに意識を奪われた。
(私は、何を考えているの……!)
自らを戒めるように唇を噛みしめ、意識を前へと向ける。だが、そう思った矢先だった。
「――っ!」
突然、床が抜けた。綾子は短い悲鳴を上げながら、崩れ落ちる瓦礫の中に巻き込まれる。とっさに伸ばされたエドアルドの手が彼女の腕を掴んだものの、支えきれず、二人は共に闇の底へと落ちていった。
◇
どれほどの時間が経ったのか。綾子がゆっくりと目を開くと、そこは半ば崩れた地下室のようだった。煤けた壁の隙間から微かな光が漏れ、辺りをぼんやりと照らしている。
「……綾子、大丈夫か?」
聞き慣れた低い声がすぐそばから響く。顔を上げると、エドアルドが己の体を庇うようにして彼女の上に覆いかぶさっていた。どうやら落下の衝撃を和らげるために、彼が咄嗟に庇ってくれたらしい。
「あ、あなたが私を……?」
綾子が戸惑いながら尋ねると、エドアルドは微かに微笑み、「怪我がないなら何よりだ」と呟いた。
その言葉に胸が妙に高鳴るのを感じ、綾子はぎこちなく視線を逸らした。だが、その時になって初めて、彼の体がまだ自分の上にあることに気づく。
「……ちょ、ちょっと、重いですわ……!」
頬を赤らめながら訴えると、エドアルドはようやく状況に気づいたのか、「すまない」と言って体を起こした。だが、その直後、彼は苦しげに顔を歪め、肩を押さえた。
「エドアルド!? まさか……!」
綾子が慌てて彼の肩に手を伸ばすと、指先に温かい液体が触れた。血だ。落下の際に瓦礫で負傷したらしい。
「すぐに手当を……!」
綾子は着物の裾を裂き、即席の包帯を作ると、エドアルドの肩を押さえながら傷口に巻きつける。その間、彼は一言も発することなく、ただじっと綾子を見つめていた。
沈黙の中、二人の呼吸音だけが地下室に響く。やがて、エドアルドがゆっくりと口を開いた。
「……君は、随分と大胆なのだな」
「えっ?」
「こんな状況でも、私のために迷いなく動ける。それが意外だった」
綾子は一瞬言葉を失った。だが、それは否定すべき言葉ではない。自分でも驚くほどに、彼の無事を最優先に考えていたのだから。
「……貴方が鬼だから、ではありません。私は……貴方を、信じているのです」
自らの言葉にどこか照れを覚えながら、綾子はそっと目を伏せる。すると、エドアルドの指が優しく彼女の顎を持ち上げた。
「君は……不思議な人だな」
彼の瞳が、まるで何かを探るように綾子を映す。その距離が、今までにないほど近いことに気づき、綾子の心臓は早鐘のように鳴った。
(これは、いったい……!?)
――だが、その瞬間。
どこか遠くで、耳をつんざくような異様な叫び声が響いた。まるで怪異そのものが苦しみながら叫んでいるかのような、不気味な音。
「……くそっ、追ってきたか!」
エドアルドはすぐさま立ち上がり、綾子の手を再び引いた。
「行くぞ。こんなところで立ち止まっている場合ではない!」
綾子もまた、昂ぶる感情を胸の奥に押し込めながら、彼の背中を追った。
夜の帳が、二人を包み込む。だが、その闇の中で、確かに何かが変わり始めていた――。
「……くっ、こっちだ!」
エドアルドが綾子の手を引き、闇の奥へと駆け出す。彼の掌は熱を帯び、しっかりと綾子の指を包み込んでいた。屋敷が倒壊する前に逃げ出さねばならぬと分かっていながら、綾子はほんの一瞬だけ、その温もりに意識を奪われた。
(私は、何を考えているの……!)
自らを戒めるように唇を噛みしめ、意識を前へと向ける。だが、そう思った矢先だった。
「――っ!」
突然、床が抜けた。綾子は短い悲鳴を上げながら、崩れ落ちる瓦礫の中に巻き込まれる。とっさに伸ばされたエドアルドの手が彼女の腕を掴んだものの、支えきれず、二人は共に闇の底へと落ちていった。
◇
どれほどの時間が経ったのか。綾子がゆっくりと目を開くと、そこは半ば崩れた地下室のようだった。煤けた壁の隙間から微かな光が漏れ、辺りをぼんやりと照らしている。
「……綾子、大丈夫か?」
聞き慣れた低い声がすぐそばから響く。顔を上げると、エドアルドが己の体を庇うようにして彼女の上に覆いかぶさっていた。どうやら落下の衝撃を和らげるために、彼が咄嗟に庇ってくれたらしい。
「あ、あなたが私を……?」
綾子が戸惑いながら尋ねると、エドアルドは微かに微笑み、「怪我がないなら何よりだ」と呟いた。
その言葉に胸が妙に高鳴るのを感じ、綾子はぎこちなく視線を逸らした。だが、その時になって初めて、彼の体がまだ自分の上にあることに気づく。
「……ちょ、ちょっと、重いですわ……!」
頬を赤らめながら訴えると、エドアルドはようやく状況に気づいたのか、「すまない」と言って体を起こした。だが、その直後、彼は苦しげに顔を歪め、肩を押さえた。
「エドアルド!? まさか……!」
綾子が慌てて彼の肩に手を伸ばすと、指先に温かい液体が触れた。血だ。落下の際に瓦礫で負傷したらしい。
「すぐに手当を……!」
綾子は着物の裾を裂き、即席の包帯を作ると、エドアルドの肩を押さえながら傷口に巻きつける。その間、彼は一言も発することなく、ただじっと綾子を見つめていた。
沈黙の中、二人の呼吸音だけが地下室に響く。やがて、エドアルドがゆっくりと口を開いた。
「……君は、随分と大胆なのだな」
「えっ?」
「こんな状況でも、私のために迷いなく動ける。それが意外だった」
綾子は一瞬言葉を失った。だが、それは否定すべき言葉ではない。自分でも驚くほどに、彼の無事を最優先に考えていたのだから。
「……貴方が鬼だから、ではありません。私は……貴方を、信じているのです」
自らの言葉にどこか照れを覚えながら、綾子はそっと目を伏せる。すると、エドアルドの指が優しく彼女の顎を持ち上げた。
「君は……不思議な人だな」
彼の瞳が、まるで何かを探るように綾子を映す。その距離が、今までにないほど近いことに気づき、綾子の心臓は早鐘のように鳴った。
(これは、いったい……!?)
――だが、その瞬間。
どこか遠くで、耳をつんざくような異様な叫び声が響いた。まるで怪異そのものが苦しみながら叫んでいるかのような、不気味な音。
「……くそっ、追ってきたか!」
エドアルドはすぐさま立ち上がり、綾子の手を再び引いた。
「行くぞ。こんなところで立ち止まっている場合ではない!」
綾子もまた、昂ぶる感情を胸の奥に押し込めながら、彼の背中を追った。
夜の帳が、二人を包み込む。だが、その闇の中で、確かに何かが変わり始めていた――。
0
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる