あなたまるで鬼みたい

阿弖流為

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鐘の音

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 燃え盛る炎の向こう側で、何かが崩れ落ちる音がした。立ち込める煙の中、綾子はエドアルドの腕にしがみつきながら、荒れ狂う火の粉を避けるように身を低くした。

 「……くっ、こっちだ!」

 エドアルドが綾子の手を引き、闇の奥へと駆け出す。彼の掌は熱を帯び、しっかりと綾子の指を包み込んでいた。屋敷が倒壊する前に逃げ出さねばならぬと分かっていながら、綾子はほんの一瞬だけ、その温もりに意識を奪われた。

 (私は、何を考えているの……!)

 自らを戒めるように唇を噛みしめ、意識を前へと向ける。だが、そう思った矢先だった。

 「――っ!」

 突然、床が抜けた。綾子は短い悲鳴を上げながら、崩れ落ちる瓦礫の中に巻き込まれる。とっさに伸ばされたエドアルドの手が彼女の腕を掴んだものの、支えきれず、二人は共に闇の底へと落ちていった。

  ◇

 どれほどの時間が経ったのか。綾子がゆっくりと目を開くと、そこは半ば崩れた地下室のようだった。煤けた壁の隙間から微かな光が漏れ、辺りをぼんやりと照らしている。

 「……綾子、大丈夫か?」

 聞き慣れた低い声がすぐそばから響く。顔を上げると、エドアルドが己の体を庇うようにして彼女の上に覆いかぶさっていた。どうやら落下の衝撃を和らげるために、彼が咄嗟に庇ってくれたらしい。

 「あ、あなたが私を……?」

 綾子が戸惑いながら尋ねると、エドアルドは微かに微笑み、「怪我がないなら何よりだ」と呟いた。

 その言葉に胸が妙に高鳴るのを感じ、綾子はぎこちなく視線を逸らした。だが、その時になって初めて、彼の体がまだ自分の上にあることに気づく。

 「……ちょ、ちょっと、重いですわ……!」

 頬を赤らめながら訴えると、エドアルドはようやく状況に気づいたのか、「すまない」と言って体を起こした。だが、その直後、彼は苦しげに顔を歪め、肩を押さえた。

 「エドアルド!? まさか……!」

 綾子が慌てて彼の肩に手を伸ばすと、指先に温かい液体が触れた。血だ。落下の際に瓦礫で負傷したらしい。

 「すぐに手当を……!」

 綾子は着物の裾を裂き、即席の包帯を作ると、エドアルドの肩を押さえながら傷口に巻きつける。その間、彼は一言も発することなく、ただじっと綾子を見つめていた。

 沈黙の中、二人の呼吸音だけが地下室に響く。やがて、エドアルドがゆっくりと口を開いた。

 「……君は、随分と大胆なのだな」

 「えっ?」

 「こんな状況でも、私のために迷いなく動ける。それが意外だった」

 綾子は一瞬言葉を失った。だが、それは否定すべき言葉ではない。自分でも驚くほどに、彼の無事を最優先に考えていたのだから。

 「……貴方が鬼だから、ではありません。私は……貴方を、信じているのです」

 自らの言葉にどこか照れを覚えながら、綾子はそっと目を伏せる。すると、エドアルドの指が優しく彼女の顎を持ち上げた。

 「君は……不思議な人だな」

 彼の瞳が、まるで何かを探るように綾子を映す。その距離が、今までにないほど近いことに気づき、綾子の心臓は早鐘のように鳴った。

 (これは、いったい……!?)

 ――だが、その瞬間。

 どこか遠くで、耳をつんざくような異様な叫び声が響いた。まるで怪異そのものが苦しみながら叫んでいるかのような、不気味な音。

 「……くそっ、追ってきたか!」

 エドアルドはすぐさま立ち上がり、綾子の手を再び引いた。

 「行くぞ。こんなところで立ち止まっている場合ではない!」

 綾子もまた、昂ぶる感情を胸の奥に押し込めながら、彼の背中を追った。

 夜の帳が、二人を包み込む。だが、その闇の中で、確かに何かが変わり始めていた――。
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