「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜

第1話 王宮の宴 〜偽りの聖女と宣告〜

第1話　王宮の宴　～偽りの聖女と宣告～

華やかなシャンデリアの光が、水晶のようにきらめく大広間を照らしていた。  
オルティア王国の王宮で催される「聖女選定の宴」。  
貴族たちが宝石をちりばめたドレスやタキシードに身を包み、優雅にワルツを踊り、笑い声を響かせる。  
その中心に立つのは、ヴァレンティン・オルティア王太子。  
金髪に青い瞳、完璧な容姿の彼は、今日も自信たっぷりに微笑んでいた。

そして、その隣に控えるのは、私――アリシア・ルナミア。  
公爵家の長女、20歳。  
幼い頃から「癒しの聖女」として育てられ、ヴァレンティン王太子の婚約者として王宮に仕えていた。  
白いドレスに銀糸の刺繍が施され、頭には聖女の象徴である白銀のティアラ。  
誰もが私を「完璧な聖女」と讃えていた。

……少なくとも、今日までは。

宴のクライマックス。  
ヴァレンティンが玉座から立ち上がり、広間に集まった貴族たちに向かって声を張り上げた。

「本日、ここに集う皆に告げる！  
この場で、婚約を破棄する！」

ざわめきが一瞬で広がった。  
誰もが目を丸くし、私の方を見た。  
私は静かに息を吸い、表情を変えずに彼を見つめた。

ヴァレンティンは、隣に立つ一人の少女を優しく引き寄せた。  
平民出身の少女――フィオナ・セレナ。  
金色の髪をゆるく巻き、清楚な白いドレスを着た彼女は、恥ずかしそうに頰を染めていた。

「このフィオナこそが、真の癒しの聖女である。  
彼女の力で魔物は退治され、国は安泰となる。  
アリシア・ルナミアは……偽りの聖女だ。  
無能で、呪い一つ解けない。  
このような者を、婚約者として置くわけにはいかない！」

広間が静まり返った。  
貴族たちの視線が、私に突き刺さる。  
嘲笑、驚愕、同情――様々な感情が混ざり合い、息苦しい空気が流れた。

私はゆっくりと口を開いた。

「……王太子殿下。  
それは、本当にご本人の意思ですか？」

ヴァレンティンは鼻で笑った。

「当然だ。  
フィオナの癒しの力は本物だ。  
先日の魔物討伐でも、彼女が一瞬で魔物を浄化したではないか。  
お前は……何もできなかった。  
ただ祈るだけ、祈るだけ。  
そんな偽物に、王太子の妻など務まるはずがない」

フィオナが、ヴァレンティンの腕にすがりつくように寄り添った。  
彼女の瞳は、涙で潤んでいる。  
でも、その奥にちらりと見えたのは――勝利の笑みだった。

私は静かに頷いた。

「わかりました。  
婚約破棄を承諾いたします」

ヴァレンティンが目を細めた。

「承諾？　ふん、当然だ。  
お前のような無能が、泣きわめくかと思ったが……意外に潔いな」

貴族たちの中から、くすくすと笑い声が漏れた。  
私はそれでも、表情を変えなかった。

「ただ、一つだけお願いがあります」

ヴァレンティンが眉をひそめた。

「何だ？」

「私の能力が『偽物』であるという証拠を、皆の前でお示しください。  
癒しの力ではなく、『呪い解き』の力であることを、証明していただけますか？」

一瞬の沈黙。  
ヴァレンティンは嘲るように笑った。

「呪い解き？　そんな能力は聞いたこともない。  
お前はただの祈り屋だ。  
証拠など必要ない。  
王太子の言葉が、すべてだ」

フィオナが、甘い声で囁いた。

「アリシア様……もう諦めてください。  
私たちが本物の聖女なのですから」

私は小さく息を吐いた。

「……そうですか。  
では、失礼いたします」

私はティアラを外し、ゆっくりと床に置いた。  
白いドレスの裾を軽く払い、背筋を伸ばして歩き出した。  
広間の扉に向かって。

貴族たちが道を空ける。  
誰も声をかけない。  
ただ、好奇の視線だけが、私の背中に突き刺さった。

ヴァレンティンの声が、後ろから響いた。

「王命だ！  
アリシア・ルナミアを、即刻王都から追放せよ！  
二度と、この国に足を踏み入れるな！」

私は振り返らなかった。  
ただ、静かに扉を開け、外の夜風に吹かれた。

王宮の廊下を歩きながら、私は心の中で呟いた。

『……本当は、呪い一つで国が滅ぶなんて、知ってるのに』

私の能力は「呪い解き」。  
それは、呪いを吸い取り、無効化する最強の力。  
癒しの力など、必要ない。  
ただ、誰も知らないだけだ。

幼馴染の騎士、ガレン・ブライトが、廊下の影から現れた。  
彼は心配そうに私を見つめた。

「アリシア様……本当に、あのままでいいのですか？」

私は微笑んだ。

「ええ。  
もう、偽りの聖女は終わりよ。  
これからは、私らしく生きるわ」

ガレンは頷き、私の荷物をそっと受け取った。

「では、私も一緒に参ります。  
どこへでも」

私は小さく首を振った。

「ありがとう、ガレン。  
でも、今は一人で……大丈夫」

ガレンの瞳が揺れたが、彼は黙って頭を下げた。

私は王宮の裏門から出た。  
夜空に輝く月を見上げながら、静かに歩き始めた。

辺境の荒廃した領地「ルミナス」へ。  
そこが、私の新しい始まりの地。