永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる(オリジナルバージョン)

鷹 綾

文字の大きさ
1 / 25

第1章 セクション1『イソファガス家に届いた縁談』

しおりを挟む
第1章 セクション1『イソファガス家に届いた縁談』

「キクコ、お前に王太子殿下から婚姻の申し入れが届いた……いや、それだけではない。すでに“婚約が確定した”との知らせだ」

 開口一番、現イソファガス家当主・セシル・イソファガスはそう告げると、深々とため息をついた。
 豪奢ながらも落ち着いた執務室には、気品ある書棚が壁一面に並び、領主としての威厳を感じさせる重厚な机が据えられている。その机の向かい——まるで緊張感というものを知らないかのように、一人の少女が腰掛けていた。

「ちょっと、紅茶こぼすから大きな声はやめて。それに“お前”って呼び方も失礼よ、セシルお祖父様」

 少女はそう言いながら、何食わぬ顔でスコーンを一口かじる。
 金色に近い銀髪は窓から差し込む陽光を受けてきらきらと輝き、瑠璃色の瞳には悪戯っぽい光が宿っていた。見た目の年頃は、どう見ても十七歳前後の可憐な貴族令嬢だ。

 しかし——それはあくまで外見の話である。

 彼女の名は、キクコ・イソファガス。
 三百年以上を生き続ける、伝説の元聖女。

 永遠の十七歳という呪いを受け、時は彼女が十七歳に至った瞬間で完全に止まっている。老いることも、成長することもないまま、ただ世界だけが先へ先へと進んでいく。その長い年月の中で積み重ねられた経験と魔力は、もはや一個人の域を遥かに超え、国家をいくつ救ったかすら数え切れないほどだった。

「……なあ、キクコ。冗談ではない。真面目に聞いてくれ。今回の縁談は、本当に厄介なんだ」

 セシルはそう言いながら、目の前の少女が本来“孫娘”どころか、“高祖母”にあたる存在であることを思い出す。
 それでも彼女は、代々イソファガス家で立場を変えながら「孫娘」として生き続けてきた。その事実を思うたび、セシルは複雑な気持ちを抑えきれなくなる。

 しかもこの孫娘は、とにかく気まぐれで自由奔放。
 常識や遠慮といったものを、どこかに置き忘れてきたような存在なのだ。

「王太子殿下からの申し出だろうと、なにがそんなに困ってるの?」

 キクコは首を傾げ、紅茶を一口含む。

「キクコ……今のイソファガス家は、王家に次ぐ大貴族として扱われている。だが元を辿れば、我が家は王家の分家。その歴史は三百年前——つまり、お前が生まれた時代にまで遡る」

「つまり、うちの血筋を政略的に使いたいってことね。はいはい、分かってます」

 彼女はあっさりと言い切り、軽く肩をすくめた。

「で? どうせ断れないんでしょ? ……それにしても、一方的に“婚約確定”って、随分と横暴じゃない?」

「そうだ……王家からの正式な婚姻の通達だ。否定されるなど、最初から想定しておらんのだろう」

 セシルは言葉を選びながら続ける。

「……とはいえ、どうしても気が進まないなら、こちらから交渉の余地を探ることも——」

「ふーん、面白そうじゃない」

「……は?」

 あまりにも軽い返答に、セシルは思わず聞き返した。

 キクコは紅茶をもう一口すすると、悪戯っぽく口元を緩める。

「だって、なんだか不穏な匂いがするもの。でもね、どう転んだって立場的には私の方が格上よ?」

 そのまま、さらりと告げる。

「だったら、乗ってあげましょう。その“お遊戯”に」

「……あのな……」

 セシルはこめかみを押さえ、深く肩を落とした。

「ちなみに、その王太子ジルベール殿下だが……まあ、色々と噂がある」

「へぇ? 具体的には?」

「“自己陶酔型”“女好き”“目立ちたがり”“突発的に暴走しがち”」

「そりゃまた……見事な地雷原ね」

 キクコは頬杖をつき、どこか退屈そうに笑った。

「ま、百聞は一見に如かず。実際に会ってみれば分かることよ。どれだけ“愚か”かって」

「……それで、本当に王都へ行くつもりか?」

「ええ。ちゃんと正装してね。“イソファガス家の孫娘”として」

 そう言って、キクコは椅子から立ち上がった。
 身長は百五十にも届かない華奢な体躯。しかし、その小さな背中には、長い年月を生き抜いてきた者だけが纏う、揺るぎない風格があった。

 セシルは改めて思う。
 ——やはり、この少女は只者ではない。

「それに、今さら“ひいおばあ様”として扱われたくないしね。ずっと“孫娘”でいた方が、何かと楽なのよ」

「……だが、時も経ち、本当に年齢を知っている者は減ってきている」

「むしろ、真実を知る人がいなくなった方が、自由に生きられるわ」

「……世間が放っておいてくれれば、だがな」

「ところで、その王子って……イケメン?」

「……見た目だけはな。貴族社会での人気も高い。聖女アルシアとも、何度か一緒にいるところを目撃されている」

「ほう?」

 その名に、キクコの眉がわずかに動いた。

「現聖女……なるほどね。この縁談、表に見える部分だけじゃなく、裏の思惑もありそう」

「やはり、断った方が……」

「いいえ。受けて立つわ」

 キクコは窓の外、王都の方角へと視線を向ける。
 光に満ちた空を見つめながら、静かに、しかし確信をもって呟いた。

「“舞台”は整っているみたいだし、さて……どんな劇を見せてくれるのかしら?」

 その唇に、妖しくも楽しげな笑みが浮かぶ。

「さあ、お芝居の幕が開くわ。……主演は、もちろん私。観客に後悔させない演技を、たっぷり見せてあげる」


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...