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第12話 夫婦会話、業務連絡
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第12話 夫婦会話、業務連絡
朝食の席は、静かだった。
食器が触れ合う音と、窓の外の鳥の声だけが響く。
「……本日の予定だが」
セーブルが、パンに手を伸ばしながら切り出す。
「午前は領内の収支報告。午後は北部からの使者と面談だ」
「承知しました」
エテルナは、紅茶を一口飲んでから答える。
「北部の件ですが、
事前に条件を整理しておいた方がよろしいかと」
「具体的には?」
「要求は三点。
第一に関税、第二に通行権、第三に補助金です」
セーブルは、少しだけ目を細めた。
「……断定が早いな」
「昨日の書簡の言い回しから推測しました」
さらりとした答え。
「譲歩するなら、通行権のみ。
関税は段階的調整、補助金は却下」
「同意する」
即答だった。
二人の会話は、
確認、補足、決定。
それだけで完結する。
――夫婦の会話とは思えない。
だが。
「……お二人は」
給仕をしていた老執事が、思わず声を漏らす。
「本当に、新婚なのですか?」
その問いに、エテルナが一瞬だけ動きを止めた。
「ええ。形式上は」
にこやかな微笑み。
「……形式上?」
老執事が戸惑う。
セーブルは、特に気にした様子もなく言った。
「業務に支障はない」
「いえ、それはその通りなのですが……」
老執事は、困ったように頭を下げ、去っていく。
――背中が、何かを言いたげだった。
午前の執務。
セーブルが書類に目を通し、
エテルナが隣で補足を入れる。
「この数字、前月比ではなく、
四半期で見ると歪みがあります」
「……確かに」
「原因は人件費ではなく、
輸送効率ですわ」
セーブルは、ペンを走らせる。
「修正案を出しておけ」
「すでにまとめてあります」
差し出される一枚の紙。
側近たちが、無言で顔を見合わせる。
(……会話、短すぎないか?) (でも、完璧だ……)
昼過ぎ。
北部からの使者が到着する。
応接室での交渉は、想定通りに進んだ。
「補助金については――」
「却下します」
セーブルが即答する。
使者が反論しようとした瞬間。
「代替案として、
こちらの条件をご検討ください」
エテルナが、静かに書類を差し出す。
内容を読んだ使者の表情が、みるみる変わる。
「……これは」
「双方に利益があります」
それ以上は、言わない。
結果、交渉は円満に終わった。
使者が退室した後。
「……見事だった」
セーブルが、低く言う。
「想定内です」
エテルナは、淡々と答えた。
だが、その直後。
「公爵様、公爵夫人様」
側近の一人が、意を決して口を挟む。
「失礼ですが……」
「何だ」
「……お二人は、
もう少し、雑談などをなさらないのでしょうか」
一瞬の沈黙。
エテルナが、少しだけ考える。
「必要でしょうか?」
「……いえ」
側近は即座に首を振った。
「必要ありません」
そう言って引き下がる。
夕方。
回廊を並んで歩きながら、
ふと、エテルナが足を止めた。
「……セーブル様」
「何だ」
「この結婚、
やはり、無理はありませんか?」
その問いは、
感情を探るものではなかった。
純粋な確認。
セーブルは、即座に答える。
「ない」
そして、一拍置いて続けた。
「むしろ、
これ以上に“楽な関係”は考えにくい」
エテルナは、少しだけ目を見開き――
そして、くすりと笑った。
「同感です」
その笑顔を見て、
セーブルは、ほんの一瞬だけ胸の奥が揺れた。
(……雑談、か)
確かに、
この関係には、不要なはずだ。
不要なはずなのに。
その夜。
執務を終えたセーブルは、
ふと、考えてしまう。
(――今日、彼女は何を食べて、
どんな本を読んで、
何を考えていたのだろうか)
業務とは、関係のない思考。
セーブルは、軽く首を振る。
「……合理的ではないな」
だが。
その“合理的でない考え”が、
すでに彼の日常に入り込んでいることを、
彼はまだ認めていなかった。
――この夫婦会話は、
確かに業務連絡だった。
だが同時に。
最も相性の良い、
会話の始まりでもあった。
---
朝食の席は、静かだった。
食器が触れ合う音と、窓の外の鳥の声だけが響く。
「……本日の予定だが」
セーブルが、パンに手を伸ばしながら切り出す。
「午前は領内の収支報告。午後は北部からの使者と面談だ」
「承知しました」
エテルナは、紅茶を一口飲んでから答える。
「北部の件ですが、
事前に条件を整理しておいた方がよろしいかと」
「具体的には?」
「要求は三点。
第一に関税、第二に通行権、第三に補助金です」
セーブルは、少しだけ目を細めた。
「……断定が早いな」
「昨日の書簡の言い回しから推測しました」
さらりとした答え。
「譲歩するなら、通行権のみ。
関税は段階的調整、補助金は却下」
「同意する」
即答だった。
二人の会話は、
確認、補足、決定。
それだけで完結する。
――夫婦の会話とは思えない。
だが。
「……お二人は」
給仕をしていた老執事が、思わず声を漏らす。
「本当に、新婚なのですか?」
その問いに、エテルナが一瞬だけ動きを止めた。
「ええ。形式上は」
にこやかな微笑み。
「……形式上?」
老執事が戸惑う。
セーブルは、特に気にした様子もなく言った。
「業務に支障はない」
「いえ、それはその通りなのですが……」
老執事は、困ったように頭を下げ、去っていく。
――背中が、何かを言いたげだった。
午前の執務。
セーブルが書類に目を通し、
エテルナが隣で補足を入れる。
「この数字、前月比ではなく、
四半期で見ると歪みがあります」
「……確かに」
「原因は人件費ではなく、
輸送効率ですわ」
セーブルは、ペンを走らせる。
「修正案を出しておけ」
「すでにまとめてあります」
差し出される一枚の紙。
側近たちが、無言で顔を見合わせる。
(……会話、短すぎないか?) (でも、完璧だ……)
昼過ぎ。
北部からの使者が到着する。
応接室での交渉は、想定通りに進んだ。
「補助金については――」
「却下します」
セーブルが即答する。
使者が反論しようとした瞬間。
「代替案として、
こちらの条件をご検討ください」
エテルナが、静かに書類を差し出す。
内容を読んだ使者の表情が、みるみる変わる。
「……これは」
「双方に利益があります」
それ以上は、言わない。
結果、交渉は円満に終わった。
使者が退室した後。
「……見事だった」
セーブルが、低く言う。
「想定内です」
エテルナは、淡々と答えた。
だが、その直後。
「公爵様、公爵夫人様」
側近の一人が、意を決して口を挟む。
「失礼ですが……」
「何だ」
「……お二人は、
もう少し、雑談などをなさらないのでしょうか」
一瞬の沈黙。
エテルナが、少しだけ考える。
「必要でしょうか?」
「……いえ」
側近は即座に首を振った。
「必要ありません」
そう言って引き下がる。
夕方。
回廊を並んで歩きながら、
ふと、エテルナが足を止めた。
「……セーブル様」
「何だ」
「この結婚、
やはり、無理はありませんか?」
その問いは、
感情を探るものではなかった。
純粋な確認。
セーブルは、即座に答える。
「ない」
そして、一拍置いて続けた。
「むしろ、
これ以上に“楽な関係”は考えにくい」
エテルナは、少しだけ目を見開き――
そして、くすりと笑った。
「同感です」
その笑顔を見て、
セーブルは、ほんの一瞬だけ胸の奥が揺れた。
(……雑談、か)
確かに、
この関係には、不要なはずだ。
不要なはずなのに。
その夜。
執務を終えたセーブルは、
ふと、考えてしまう。
(――今日、彼女は何を食べて、
どんな本を読んで、
何を考えていたのだろうか)
業務とは、関係のない思考。
セーブルは、軽く首を振る。
「……合理的ではないな」
だが。
その“合理的でない考え”が、
すでに彼の日常に入り込んでいることを、
彼はまだ認めていなかった。
――この夫婦会話は、
確かに業務連絡だった。
だが同時に。
最も相性の良い、
会話の始まりでもあった。
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