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第15話 初めての称賛
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第15話 初めての称賛
その日は、特別な出来事があったわけではなかった。
会議は予定通りに終わり、
報告は滞りなく処理され、
問題は問題として、淡々と片付いた。
――つまり、
理想的な一日だった。
「本日の案件は以上です」
側近の言葉に、セーブルは短く頷く。
「解散」
椅子を引く音が重なり、執務室には静けさが戻る。
だが、その静けさの中で。
「……エテルナ」
セーブルは、珍しく名を呼んだ。
扉の近くで資料をまとめていたエテルナが、振り返る。
「はい?」
その声には、
いつもと変わらない落ち着きがある。
セーブルは、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。
(……言う必要はないはずだ)
称賛は、効率を上げるためのものではない。
必要不可欠な工程でもない。
――だが。
「……今日の交渉」
結局、口を開いていた。
「想定以上に、うまくいった」
エテルナは、少しだけ首を傾げる。
「条件が揃っていましたから」
即答だった。
自分の功績だとは、微塵も思っていない口調。
セーブルは、そこで止まらなかった。
「それでもだ」
声は低く、だがはっきりしている。
「あなたの判断がなければ、
あの結果にはならなかった」
――称賛。
回りくどくもなく、
否定しようのない、率直な評価。
エテルナは、わずかに目を瞬かせた。
「……ありがとうございます」
だが、その返答は、
どこか距離を保ったものだった。
「私は、
必要なことをしただけですので」
その言葉に、
セーブルの胸の奥が、少しだけざわつく。
(……受け取らないな)
いや。
正確には――
受け取るという発想が、そもそもない。
それが、
彼女という人間だった。
「……それでも」
セーブルは、もう一度、言葉を重ねる。
「助かっている」
短いが、
これ以上削れない言葉。
エテルナは、今度こそ微笑んだ。
だがその笑みは、
喜びというより、納得に近い。
「そうでしたら、幸いです」
それだけ言って、
再び資料に視線を落とす。
――終わった。
会話としては、
それで十分だった。
だが。
その夜。
セーブルは、自室で一人、書類を閉じた後も、
しばらく動かなかった。
(……なぜ、引っかかる)
称賛した。
評価した。
それで終わるはずだった。
だが、
彼女はそれを“当然の業務”として処理した。
(……いや、それが正しい)
正しいはずだ。
なのに。
(――もっと、何かあるはずだろう)
その思考が、
合理的ではないことは、
自分が一番よく分かっている。
一方。
エテルナは、自室で紅茶を淹れていた。
(……珍しいですわね)
ふと、先ほどの会話を思い出す。
セーブルが、
はっきりと称賛の言葉を口にしたこと。
――だが。
(評価は、結果に対して与えられるもの)
だから、
過剰に受け取る必要はない。
それだけの話だ。
カップを置き、
窓の外を見る。
夜の公爵邸は、静かで整っている。
(……良い環境です)
期待も、強制もない。
感情に振り回されることもない。
――それで十分なはずだった。
だが。
同じ夜、
二人は別々の場所で、
同じことを考えていた。
(……この関係は、
少しずつ、変わってきている)
名前は、まだ付いていない。
だが、
“初めての称賛”は、
確実に境界線を一つ越えていた。
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その日は、特別な出来事があったわけではなかった。
会議は予定通りに終わり、
報告は滞りなく処理され、
問題は問題として、淡々と片付いた。
――つまり、
理想的な一日だった。
「本日の案件は以上です」
側近の言葉に、セーブルは短く頷く。
「解散」
椅子を引く音が重なり、執務室には静けさが戻る。
だが、その静けさの中で。
「……エテルナ」
セーブルは、珍しく名を呼んだ。
扉の近くで資料をまとめていたエテルナが、振り返る。
「はい?」
その声には、
いつもと変わらない落ち着きがある。
セーブルは、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。
(……言う必要はないはずだ)
称賛は、効率を上げるためのものではない。
必要不可欠な工程でもない。
――だが。
「……今日の交渉」
結局、口を開いていた。
「想定以上に、うまくいった」
エテルナは、少しだけ首を傾げる。
「条件が揃っていましたから」
即答だった。
自分の功績だとは、微塵も思っていない口調。
セーブルは、そこで止まらなかった。
「それでもだ」
声は低く、だがはっきりしている。
「あなたの判断がなければ、
あの結果にはならなかった」
――称賛。
回りくどくもなく、
否定しようのない、率直な評価。
エテルナは、わずかに目を瞬かせた。
「……ありがとうございます」
だが、その返答は、
どこか距離を保ったものだった。
「私は、
必要なことをしただけですので」
その言葉に、
セーブルの胸の奥が、少しだけざわつく。
(……受け取らないな)
いや。
正確には――
受け取るという発想が、そもそもない。
それが、
彼女という人間だった。
「……それでも」
セーブルは、もう一度、言葉を重ねる。
「助かっている」
短いが、
これ以上削れない言葉。
エテルナは、今度こそ微笑んだ。
だがその笑みは、
喜びというより、納得に近い。
「そうでしたら、幸いです」
それだけ言って、
再び資料に視線を落とす。
――終わった。
会話としては、
それで十分だった。
だが。
その夜。
セーブルは、自室で一人、書類を閉じた後も、
しばらく動かなかった。
(……なぜ、引っかかる)
称賛した。
評価した。
それで終わるはずだった。
だが、
彼女はそれを“当然の業務”として処理した。
(……いや、それが正しい)
正しいはずだ。
なのに。
(――もっと、何かあるはずだろう)
その思考が、
合理的ではないことは、
自分が一番よく分かっている。
一方。
エテルナは、自室で紅茶を淹れていた。
(……珍しいですわね)
ふと、先ほどの会話を思い出す。
セーブルが、
はっきりと称賛の言葉を口にしたこと。
――だが。
(評価は、結果に対して与えられるもの)
だから、
過剰に受け取る必要はない。
それだけの話だ。
カップを置き、
窓の外を見る。
夜の公爵邸は、静かで整っている。
(……良い環境です)
期待も、強制もない。
感情に振り回されることもない。
――それで十分なはずだった。
だが。
同じ夜、
二人は別々の場所で、
同じことを考えていた。
(……この関係は、
少しずつ、変わってきている)
名前は、まだ付いていない。
だが、
“初めての称賛”は、
確実に境界線を一つ越えていた。
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