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第39話 静かな逆流
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第39話 静かな逆流
王都からの観察団が到着したのは、予告より一日早かった。
とはいえ、混乱は起きなかった。
門番は通常通り対応し、受付は淡々と記録を残す。
特別扱いはしない――それが、事前に共有した唯一の方針だった。
「……思ったより、静かですね」
観察団の一人が、城内を歩きながらそう漏らした。
「ええ。
ここでは、静かな日が普通です」
案内役の官吏は、余計な説明をしない。
質問されたことにだけ答え、判断は委ねる。
(いい)
私は、少し離れた位置からその様子を見ていた。
見せるための演出は、していない。
だが、隠してもいない。
午前中、観察団は複数の部署を巡った。
資料の整い具合、業務の進行、現場の裁量――
どれも、突出していない代わりに、歪みも少ない。
「制度としては、未完成ですね」
昼前、観察団の責任者が、率直に言った。
「はい」
私は、即座に肯定した。
「完成させる予定はありません」
その答えに、彼は一瞬、言葉を失った。
「……なぜ?」
「完成した制度は、
変化に対して脆いからです」
私は、静かに続ける。
「ここでは、
“直し続けること”を前提にしています」
責任者は、興味深そうに眉を寄せた。
「それは、
現場の負担が増えるのでは?」
「負担は、あります」
私は、否定しない。
「ですが、
考えずに従う負担よりは、
自分で考える負担の方が、持続します」
午後、観察団の一部は城下へ向かった。
市場、工房、倉庫街。
どこでも、同じ質問を繰り返している。
「王都の視察が来て、
やりにくくなっていませんか?」
商人の一人は、少し考えてから答えた。
「やりにくくは、ないですね」
「では、変わったことは?」
「……自分の判断を、
説明できるかどうかを、
考えるようになりました」
その言葉を、観察団の記録官が書き留める。
別の場所では、若い職人がこう言った。
「見られてると思うと、
最初は緊張しました」
「でも、
“失敗してもいい”って言われてからは、
前より楽です」
「楽、ですか?」
「はい。
誤魔化さなくていいので」
夕方、観察団と私たちは、簡単な意見交換を行った。
「正直に言います」
責任者が口を開く。
「この領は、
他所にそのまま移植できません」
「でしょうね」
私は、微笑んだ。
「ですが――」
彼は、言葉を続ける。
「考え方は、
想像以上に刺激的です」
「特に、
“余白を意図的に残す”という発想は」
私は、首を傾げる。
「余白は、
守らなければ消えます」
「効率の名の下に、
真っ先に削られるので」
責任者は、深く頷いた。
「王都では、
今まさにそれが起きています」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「速さと成果を求めすぎて、
判断が硬直し始めている」
「だから、
この視察が企画された」
私は、静かに理解した。
(……逆流が、始まっている)
これまで、
王都から地方へ、制度が流れてきた。
だが今、
地方の“考え方”が、
王都へ戻ろうとしている。
夜、観察団は城を後にした。
別れ際、責任者が私に言った。
「模範にはしません」
「ですが、
問題提起として、持ち帰ります」
「それで、十分です」
私は、はっきり答えた。
彼は、少し笑った。
「あなた方は、
不思議な領ですね」
「ええ」
私も、笑みを返す。
「だからこそ、
ここにしかできない役割があります」
観察団が去った後、城内は再び静かになった。
だが、その静けさは、
以前とは質が違う。
皆、どこかで感じている。
こちらから流れを変えたという手応えを。
夜、執務室で日誌を開く。
今日は、大きな成果は出ていない。
制度も、数字も、ほとんど変わらない。
だが、確かに――
流れが、逆向きに動いた。
私は、こう書き留めた。
――影響とは、
押し付けるものではない。
問いとして残るものだ。
窓の外では、川の水が静かに流れている。
上流から下流へ。
だが、ときに、
渦が生まれ、流れを揺り戻す。
その渦の一つが、
今、この領に生まれたのだと――
私は、確かに感じていた。
王都からの観察団が到着したのは、予告より一日早かった。
とはいえ、混乱は起きなかった。
門番は通常通り対応し、受付は淡々と記録を残す。
特別扱いはしない――それが、事前に共有した唯一の方針だった。
「……思ったより、静かですね」
観察団の一人が、城内を歩きながらそう漏らした。
「ええ。
ここでは、静かな日が普通です」
案内役の官吏は、余計な説明をしない。
質問されたことにだけ答え、判断は委ねる。
(いい)
私は、少し離れた位置からその様子を見ていた。
見せるための演出は、していない。
だが、隠してもいない。
午前中、観察団は複数の部署を巡った。
資料の整い具合、業務の進行、現場の裁量――
どれも、突出していない代わりに、歪みも少ない。
「制度としては、未完成ですね」
昼前、観察団の責任者が、率直に言った。
「はい」
私は、即座に肯定した。
「完成させる予定はありません」
その答えに、彼は一瞬、言葉を失った。
「……なぜ?」
「完成した制度は、
変化に対して脆いからです」
私は、静かに続ける。
「ここでは、
“直し続けること”を前提にしています」
責任者は、興味深そうに眉を寄せた。
「それは、
現場の負担が増えるのでは?」
「負担は、あります」
私は、否定しない。
「ですが、
考えずに従う負担よりは、
自分で考える負担の方が、持続します」
午後、観察団の一部は城下へ向かった。
市場、工房、倉庫街。
どこでも、同じ質問を繰り返している。
「王都の視察が来て、
やりにくくなっていませんか?」
商人の一人は、少し考えてから答えた。
「やりにくくは、ないですね」
「では、変わったことは?」
「……自分の判断を、
説明できるかどうかを、
考えるようになりました」
その言葉を、観察団の記録官が書き留める。
別の場所では、若い職人がこう言った。
「見られてると思うと、
最初は緊張しました」
「でも、
“失敗してもいい”って言われてからは、
前より楽です」
「楽、ですか?」
「はい。
誤魔化さなくていいので」
夕方、観察団と私たちは、簡単な意見交換を行った。
「正直に言います」
責任者が口を開く。
「この領は、
他所にそのまま移植できません」
「でしょうね」
私は、微笑んだ。
「ですが――」
彼は、言葉を続ける。
「考え方は、
想像以上に刺激的です」
「特に、
“余白を意図的に残す”という発想は」
私は、首を傾げる。
「余白は、
守らなければ消えます」
「効率の名の下に、
真っ先に削られるので」
責任者は、深く頷いた。
「王都では、
今まさにそれが起きています」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「速さと成果を求めすぎて、
判断が硬直し始めている」
「だから、
この視察が企画された」
私は、静かに理解した。
(……逆流が、始まっている)
これまで、
王都から地方へ、制度が流れてきた。
だが今、
地方の“考え方”が、
王都へ戻ろうとしている。
夜、観察団は城を後にした。
別れ際、責任者が私に言った。
「模範にはしません」
「ですが、
問題提起として、持ち帰ります」
「それで、十分です」
私は、はっきり答えた。
彼は、少し笑った。
「あなた方は、
不思議な領ですね」
「ええ」
私も、笑みを返す。
「だからこそ、
ここにしかできない役割があります」
観察団が去った後、城内は再び静かになった。
だが、その静けさは、
以前とは質が違う。
皆、どこかで感じている。
こちらから流れを変えたという手応えを。
夜、執務室で日誌を開く。
今日は、大きな成果は出ていない。
制度も、数字も、ほとんど変わらない。
だが、確かに――
流れが、逆向きに動いた。
私は、こう書き留めた。
――影響とは、
押し付けるものではない。
問いとして残るものだ。
窓の外では、川の水が静かに流れている。
上流から下流へ。
だが、ときに、
渦が生まれ、流れを揺り戻す。
その渦の一つが、
今、この領に生まれたのだと――
私は、確かに感じていた。
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