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第3話 新聖女は、怯えた小動物のようでした
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第3話 新聖女は、怯えた小動物のようでした
王宮からの二度目の使者は、翌朝には到着した。
しかも今度は、「お願い」ではなく「決定事項」として。
「本日より三日間、新聖女ミリエラ様の補佐をお願いしたいとのことです」
淡々と告げる文官の声を聞きながら、私は内心でため息をついた。
(考える時間は、半日もなかったわね)
断ろうと思えば断れた。
立場も、理由も、十分にある。
けれど――
「……わかりました」
自分の口から出た返事に、文官の肩が目に見えて緩む。
「ただし、条件があります」
「じょ、条件……?」
「王太子殿下は、私の指示に一切口出しをしないこと。
そして、新聖女様を“見世物”のように扱わないこと」
文官は一瞬言葉に詰まったが、やがて深く頭を下げた。
「必ず、お伝えいたします」
――さて。
自分で選んだとはいえ、面倒な役を引き受けてしまったものだ。
◇
久しぶりに足を踏み入れた聖堂は、以前よりも華やかになっていた。
白い花、金の装飾、光を反射する床。
“真の聖女”を迎えるにふさわしい舞台装置。
けれど、その中央に立つ少女は――
「……っ」
私を見るなり、小さく息を詰めた。
新聖女ミリエラ。
淡い金髪に、まだあどけなさの残る顔立ち。
視線は落ち着かず、指先は震えている。
私は、わざとゆっくりと歩み寄った。
「初めまして。リュシア・ヴァルモンです」
名乗ると、彼女は慌てて頭を下げる。
「は、はい……! あの、その……よろしくお願いします……!」
……予想以上だわ。
才能があるのは確か。
聖力の量も、感受性も申し分ない。
けれど、これは――
「少し、座りましょうか」
「え?」
「立ったままだと、余計に緊張します」
私は近くの椅子を引き、彼女を促した。
ミリエラは戸惑いながらも、素直に腰を下ろす。
「……あの、私……」
彼女は視線を泳がせ、か細い声で続けた。
「私、本当に聖女なんでしょうか……?」
その一言で、すべてを理解した。
急に連れて来られ、
急に“奇跡を起こせ”と言われ、
できなければ、失望される。
――壊れない方がおかしい。
「大丈夫です」
私は、はっきりとそう言った。
根拠のない慰めではない。
事実として。
「あなたは、ちゃんと聖女です。ただ――」
言葉を選ぶ。
「扱い方を、誰も教えていなかっただけ」
ミリエラは、ぽかんと目を瞬かせた。
「聖女の力は、気合でも根性でも出ません。
心が安定していて、初めて応えてくれるものです」
「……心……」
「今のあなたは、怯えすぎています。
これでは力が暴れるか、閉じこもるか、どちらかです」
彼女の瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「……私、怒られると思ってました」
「怒る理由がありません」
私は静かに言った。
「あなたは、何も間違っていない」
その瞬間。
ミリエラの肩から、ふっと力が抜けたのが分かった。
聖堂の空気が、わずかに揺れる。
柔らかく、温かな光が、彼女の周囲に広がった。
――ああ。
これが、この子の“本来の力”。
私は心の中で、確信する。
(王太子殿下……あなたは、
“聖女”ではなく、“奇跡の演出装置”を探していたのね)
そして、怯えた小動物のようだった新聖女は、
私の袖を、そっと掴んだ。
「……あの、リュシア様」
「何でしょう?」
「しばらく……一緒にいても、いいですか……?」
その問いに、私は少しだけ目を細める。
「ええ。契約期間中は」
――それ以上でも、それ以下でもない。
けれどこの時、私はまだ知らなかった。
この小さな手が、
やがて王太子の運命を、静かに引きずり落とすことになるとは。
王宮からの二度目の使者は、翌朝には到着した。
しかも今度は、「お願い」ではなく「決定事項」として。
「本日より三日間、新聖女ミリエラ様の補佐をお願いしたいとのことです」
淡々と告げる文官の声を聞きながら、私は内心でため息をついた。
(考える時間は、半日もなかったわね)
断ろうと思えば断れた。
立場も、理由も、十分にある。
けれど――
「……わかりました」
自分の口から出た返事に、文官の肩が目に見えて緩む。
「ただし、条件があります」
「じょ、条件……?」
「王太子殿下は、私の指示に一切口出しをしないこと。
そして、新聖女様を“見世物”のように扱わないこと」
文官は一瞬言葉に詰まったが、やがて深く頭を下げた。
「必ず、お伝えいたします」
――さて。
自分で選んだとはいえ、面倒な役を引き受けてしまったものだ。
◇
久しぶりに足を踏み入れた聖堂は、以前よりも華やかになっていた。
白い花、金の装飾、光を反射する床。
“真の聖女”を迎えるにふさわしい舞台装置。
けれど、その中央に立つ少女は――
「……っ」
私を見るなり、小さく息を詰めた。
新聖女ミリエラ。
淡い金髪に、まだあどけなさの残る顔立ち。
視線は落ち着かず、指先は震えている。
私は、わざとゆっくりと歩み寄った。
「初めまして。リュシア・ヴァルモンです」
名乗ると、彼女は慌てて頭を下げる。
「は、はい……! あの、その……よろしくお願いします……!」
……予想以上だわ。
才能があるのは確か。
聖力の量も、感受性も申し分ない。
けれど、これは――
「少し、座りましょうか」
「え?」
「立ったままだと、余計に緊張します」
私は近くの椅子を引き、彼女を促した。
ミリエラは戸惑いながらも、素直に腰を下ろす。
「……あの、私……」
彼女は視線を泳がせ、か細い声で続けた。
「私、本当に聖女なんでしょうか……?」
その一言で、すべてを理解した。
急に連れて来られ、
急に“奇跡を起こせ”と言われ、
できなければ、失望される。
――壊れない方がおかしい。
「大丈夫です」
私は、はっきりとそう言った。
根拠のない慰めではない。
事実として。
「あなたは、ちゃんと聖女です。ただ――」
言葉を選ぶ。
「扱い方を、誰も教えていなかっただけ」
ミリエラは、ぽかんと目を瞬かせた。
「聖女の力は、気合でも根性でも出ません。
心が安定していて、初めて応えてくれるものです」
「……心……」
「今のあなたは、怯えすぎています。
これでは力が暴れるか、閉じこもるか、どちらかです」
彼女の瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「……私、怒られると思ってました」
「怒る理由がありません」
私は静かに言った。
「あなたは、何も間違っていない」
その瞬間。
ミリエラの肩から、ふっと力が抜けたのが分かった。
聖堂の空気が、わずかに揺れる。
柔らかく、温かな光が、彼女の周囲に広がった。
――ああ。
これが、この子の“本来の力”。
私は心の中で、確信する。
(王太子殿下……あなたは、
“聖女”ではなく、“奇跡の演出装置”を探していたのね)
そして、怯えた小動物のようだった新聖女は、
私の袖を、そっと掴んだ。
「……あの、リュシア様」
「何でしょう?」
「しばらく……一緒にいても、いいですか……?」
その問いに、私は少しだけ目を細める。
「ええ。契約期間中は」
――それ以上でも、それ以下でもない。
けれどこの時、私はまだ知らなかった。
この小さな手が、
やがて王太子の運命を、静かに引きずり落とすことになるとは。
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