婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

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第3話 年上すぎる婚約者と三人の子ども

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第3話 年上すぎる婚約者と三人の子ども

ローマン公爵邸の朝は、驚くほど静かだった。

王都に名だたる武功を持つ家とは思えないほど、無駄のない音だけが流れている。廊下を歩く使用人の足音、窓から差し込む朝の光、遠くで聞こえる鳥の声。どれもが整えられ、過不足がない。

ミント・マリーベルは、用意された客室で身支度を整えながら、その静けさに少しだけ安堵していた。

(……派手ではありませんね)

公爵家と聞けば、もっと豪奢で息苦しい場所を想像していた。だが、この屋敷は、必要なものだけが正しく置かれている。まるで、主人の性格をそのまま映したようだった。

「ミント様」

扉の外から、控えめな声がかかる。

「朝食のご用意が整いました」

「ありがとうございます。すぐ参ります」

答えながら、ミントは一度だけ足元を見る。

ロシナンテは、部屋の隅で丸くなり、干し草をもぐもぐと噛んでいた。

「行ってきます。お留守番、できますね」

「ヒヒン」

(意訳:任せろ)

ロバ――にしか見えないその姿に、ミントは小さく微笑み、部屋を後にした。

食堂へ向かう途中、広い回廊を曲がったところで、三つの人影が視界に入る。

年の近そうな若者と少女、そして少し背の低い少年。

ミントは一瞬で理解した。

(……ローマン公爵のお子さまたち)

そのうちの一人――背の高い青年が、こちらに気づいて足を止めた。

「……あ」

短く声を上げ、続いて二人も振り返る。

視線が、自然とミントに集まった。

一瞬の沈黙。

そして、青年が口を開く。

「君が……父上の婚約者?」

声音には、戸惑いが混じっている。

ミントは立ち止まり、丁寧に一礼した。

「初めまして。ミント・マリーベルと申します」

それから、まっすぐに顔を上げる。

「皆さまが、ローマン公爵のお子さまたちですね」

青年は、少しだけ目を見開いた。

「……ああ。長男のジョーだ。十八歳」

続いて、隣の少女が軽く頭を下げる。

「ナンシー。十六よ」

最後に、少年が気まずそうに手を振った。

「アルフレッド。十四」

三人とも、視線を逸らしたり戻したりしながら、どう接すべきか迷っている様子だった。

無理もない。
父の婚約者が、自分たちよりもずっと年下の少女なのだから。

「……えっと」

アルフレッドが、思い切ったように口を開く。

「君、本当に……十歳?」

「はい」

即答だった。

三人は、そろって固まる。

「……十歳」

ナンシーが、小さく呟いた。

「思ったより……」

「幼い、ですよね」

ミントは、穏やかに言葉を継いだ。

「よく、そう言われます」

ジョーは、困ったように頭を掻いた。

「いや……その……」

視線が宙を彷徨う。

「父上は、何を考えて……」

「ジョー」

ナンシーが、小声で制する。

「本人の前で言うことじゃないわ」

「……悪い」

空気が、微妙に重くなる。

ミントは、その様子を見て、静かに口を開いた。

「お気遣いなく」

三人の視線が、再び集まる。

「私自身、この婚約が恋愛ではないことは理解しています」

「……」

「ですから」

少しだけ、言葉を選ぶ。

「皆さまが戸惑うのも、当然だと思っています」

その落ち着いた物言いに、ナンシーが眉をひそめた。

「……本当に、十歳?」

ミントは、首をかしげる。

「年齢の話でしょうか?」

「……いいえ」

ナンシーは、はっきりと言う。

「話し方が、あまりにも……」

「大人びている、ですか?」

「……そう」

ミントは、軽く息を吐いた。

「そう振る舞う必要があっただけです」

それ以上は語らない。

だが、その一言で、三人はそれぞれ何かを感じ取ったようだった。

「……とりあえず」

ジョーが、場を取り繕うように言う。

「朝食に行こう。父上も来るはずだ」

食堂に入ると、すでにグレイ・ローマン公爵が席についていた。

「来たか」

短く言い、ミントを見る。

「よく眠れたか」

「はい。おかげさまで」

そう答えると、グレイは小さく頷いた。

「座れ」

ミントが席につくと、三人の子どもたちもそれぞれ腰を下ろす。

沈黙の中で、朝食が始まった。

ナイフとフォークの音だけが、静かに響く。

しばらくして、アルフレッドが耐えきれなくなったように口を開いた。

「……父上」

「何だ」

「その……」

一瞬、ミントを見る。

「本当に……婚約、なんだよね?」

グレイは、フォークを置いた。

「ああ。正式なものだ」

「……」

「だが」

続ける。

「彼女を“妻”として迎えるつもりはない」

ミントは、その言葉に驚かなかった。

むしろ、確認できたことに安堵する。

「保護と後見が目的だ」

淡々とした口調。

「政治的な理由でな」

ナンシーが、静かに息を吐く。

「……やっぱり」

ジョーは、ミントをちらりと見た。

「君も、それで納得しているのか?」

「はい」

ミントは、迷いなく答える。

「私は、立場が必要なだけです」

「立場……?」

「私を、私として扱っていただける場所」

その言葉に、食卓の空気が少しだけ変わった。

(……この子)

ジョーは、内心で思う。

(年下とか、そういう問題じゃない)

ナンシーも、同じ結論に辿り着いていた。

アルフレッドは、首を傾げながら言う。

「……じゃあ」

「僕たちは、どう接すればいいの?」

その問いに、ミントは少し考えてから答えた。

「……難しいですね」

小さく微笑む。

「ですが」

視線をまっすぐ向ける。

「少なくとも、妹扱いはなさらないでください」

三人が、同時に瞬きをした。

「私は、皆さまより年下です」

「でも」

言葉に、芯が宿る。

「子どもではありません」

一瞬、静寂。

グレイは、その様子を黙って見ていたが、やがて低く言った。

「……聞いたな」

「彼女の意思だ」

ジョーは、ゆっくりと頷いた。

「……分かった」

ナンシーも、表情を改める。

「軽く考えていたわ。ごめんなさい」

アルフレッドは、少し困った顔で笑った。

「……努力するよ」

ミントは、深く一礼した。

「ありがとうございます」

朝食が終わるころには、
彼女を取り巻く空気は、来たときとは確実に変わっていた。

まだ距離はある。
だが、軽んじる気配は消えている。

ミントは、それで十分だと思った。

(……少しずつで、いい)

その頃、厩舎では。

ロシナンテが、干し草を噛みながら、静かに耳を立てていた。

「ヒヒン」

(意訳:順調だな)

誰よりも早く、この屋敷の変化を察しているのは、
やはり――ロバの姿をした彼だけだった。
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