婚約破棄されたので30歳年上公爵様と婚約しました ――魔法少女は、公爵夫人になります――

鷹 綾

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第21話 盤外の者

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第21話 盤外の者

夜の騒動から一夜明け、ローマン公爵邸は、異様なほど静かだった。

血の匂いも、破壊の痕もない。
それでも、屋敷の空気は確実に変わっている。

――ここは、もう安全な場所ではない。
その事実を、誰もが理解していた。

ミント・マリーベルは、朝の光が差し込む回廊を歩きながら、屋敷全体に巡らせた簡易結界の状態を確認していた。昨夜の戦闘で消費した魔力は、すでに回復している。だが、油断は禁物だった。

「……外側は、静か」

「内側も、問題ありません」

そう報告すると、足元のロシナンテが短く鼻を鳴らす。

「ヒヒン」

(意訳:静かすぎる)

「ええ」

ミントは、小さく頷いた。

「だからこそ、
次は“別の形”で来ます」

執務室では、すでにグレイ・ローマン公爵と三人の子供たちが集まっていた。机の上には、昨夜捕縛した暗殺者たちから得られた情報がまとめられている。

「評議会直轄ではない」

グレイが、低い声で言った。

「だが、
評議会“周辺”の資金が流れている」

ジョーが、眉をひそめる。

「つまり」

「公式には関係ない、
って顔をするつもりか」

「そうだ」

ナンシーが、苦い表情で腕を組んだ。

「一番、厄介なやり方ね」

アルフレッドが、机の端を指で叩く。

「……で?」

「次は、どう来る?」

ミントは、一歩前に出た。

「“失敗”を取り返しに来ます」

「排除が失敗した以上」

「次は」

「正当性のある形で、
私を無力化しようとする」

「正当性?」

「はい」

ミントは、淡々と続ける。

「私の力を」

「“危険”と定義する」

「制限をかける」

「管理下に置く」

グレイは、静かに息を吐いた。

「……王都に、
“魔法使用制限”の話が出るな」

「おそらく」

「私個人を名指しするのではなく」

「“未成年による過剰魔法行使”」

「“安全保障上の懸念”」

「そういった言葉で」

ナンシーが、舌打ちする。

「綺麗な言葉で、
首輪をつける気ね」

「はい」

ミントは、頷いた。

「だから」

「先に、
盤をひっくり返します」

その言葉に、全員がミントを見る。

「……具体的には?」

ジョーが尋ねる。

「簡単です」

ミントは、穏やかに微笑んだ。

「私が、
“管理できない存在”であることを
前提にさせます」

一瞬の沈黙。

アルフレッドが、目を瞬いた。

「……それ、
逆じゃないか?」

「普通は」

「管理できるって示して、
安心させるだろ」

「はい」

「それが、
“盤上の駒”のやり方です」

ミントは、はっきりと言った。

「でも」

「私は、
もう盤の外に出ました」

「なら」

「盤そのものを、
私に合わせさせます」

グレイは、しばらく彼女を見つめ――
そして、低く笑った。

「……なるほど」

「危険人物扱いを、
逆手に取るわけだ」

「はい」

「次の会合で」

「私は」

「“制限”を受け入れません」

「代わりに」

「条件を提示します」

その日の昼過ぎ。

王宮から、正式な通達が届いた。

――王都安全評議会臨時会合。
――議題:王都防衛における魔法戦力の運用と制限。

「……来たわね」

ナンシーが、書簡を睨む。

「予定通りです」

ミントは、落ち着いて答えた。

「出席者は?」

「評議会代表、王宮文官、騎士団上層」

「そして」

グレイが、書簡を読み上げる。

「……ロードレオン王太子」

ミントは、目を伏せずに頷いた。

「想定内です」

会合当日。

評議会の円卓は、重苦しい空気に包まれていた。

形式的な挨拶の後、議題が切り出される。

「昨夜の事件を踏まえ」

評議会代表が、慎重な口調で言う。

「王都における
高位魔法行使の管理体制を――」

「その前に」

ミントが、静かに口を開いた。

「発言の機会を、
いただけますか」

ざわめき。

だが、拒む理由はない。

「……許可する」

ミントは、円卓の中央に立った。

「私は」

「王都防衛において、
自発的に戦力を提供しました」

「命令ではありません」

「強制でもありません」

「結果として」

「被害は最小限に抑えられました」

「……事実だ」

誰かが、小さく呟く。

「ですから」

ミントは、続ける。

「私の力を」

「“管理すべき危険”とするなら」

「その前提を、
明確にしてください」

評議会代表が、眉をひそめる。

「前提、とは?」

「はい」

ミントは、はっきり言った。

「誰が、
私を管理できるのですか」

沈黙。

「王宮ですか?」

「評議会ですか?」

「それとも」

視線を、王太子へ向ける。

「王太子殿下、ですか?」

王太子は、言葉を失った。

ミントは、容赦しなかった。

「昨夜」

「私は、
“非公式な排除”を受けました」

「生きているのは、
失敗したからです」

「その状況で」

「管理を語るのは」

「順序が、
逆ではありませんか」

評議会の空気が、凍りつく。

ミントは、静かに結論を告げた。

「私は」

「制限を拒否します」

「代わりに」

「条件を提示します」

一拍。

「私の力は」

「王都防衛にのみ、使用します」

「命令ではなく」

「要請に応じて」

「そして」

「その要請は」

「ローマン公爵家を通すこと」

ざわめきが、広がる。

グレイが、静かに立ち上がった。

「ローマン公爵家は」

「責任を引き受ける」

「彼女の判断と行動について」

「すべてだ」

沈黙。

やがて、評議会代表が、苦々しく口を開いた。

「……事実上の、
独立戦力宣言だな」

「はい」

ミントは、頷いた。

「それが」

「“管理不能な存在”を
扱う唯一の方法です」

王太子は、目を伏せた。

――完全に、遅かった。

会合は、結論を出せぬまま終わった。

だが。

それで、十分だった。

公爵邸へ戻る馬車の中。

ミントは、深く息を吐いた。

「……これで」

「私を、
簡単には縛れません」

ロシナンテが、満足そうに鼻を鳴らす。

「ヒヒン」

(意訳:盤、崩れた)

グレイは、静かに言った。

「……もう」

「後戻りはできんぞ」

「はい」

ミントは、迷いなく答えた。

「最初から、
戻るつもりはありません」

こうして。

ミント・マリーベルは――

完全に、盤外の者となった。

誰にも管理されず、
誰にも切り捨てられず。

必要とされる時だけ、
姿を現す存在。

それは、
“公爵夫人候補”という肩書を超えた――

王都にとっての、
一つの抑止力だった。
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