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第28話 矛先の変わる時
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第28話 矛先の変わる時
北区工房街の件から、一週間。
王都管理局は表向きには沈黙を保っていたが、水面下では明らかに慌ただしくなっていた。点検予定の前倒し、内部規定の再確認、責任区分の見直し。
それらはすべて、**「逃げ道が塞がれた結果」**だった。
「……数字は、正直ですね」
ローマン公爵邸の執務室で、ミント・マリーベルは管理局から提出された修繕計画書を読み終え、静かに言った。
「危険度評価、
修繕優先度、
予算配分」
「どれも、
今までより具体的です」
グレイ・ローマン公爵が、低く応じる。
「誤魔化せなくなった、ということだ」
ナンシーが、書類を覗き込みながら苦笑した。
「完全に」
「あなたの“やり方”が、
浸透し始めてるわね」
「はい」
ミントは、頷いた。
「ですが」
「ここからが、
本番です」
ジョーが、眉をひそめる。
「……どういう意味だ?」
ミントは、一通の別書類を机に置いた。
「矛先が、
こちらに向き始めています」
書類の差出人は、王都文官組合。
名目は、「現場負担増加に関する意見書」。
「……ああ」
アルフレッドが、納得したように呟く。
「制度が動き出した分」
「現場の仕事が、
増えたってやつか」
「はい」
ミントは、淡々と説明する。
「今までは」
「曖昧にしておけば、
判断を先送りできました」
「ですが」
「危険性が文書化され」
「責任主体が明確になった結果」
「仕事が、
“仕事として発生”しています」
ナンシーが、腕を組む。
「……それを」
「あなたのせいに、
したい人も出るわよね」
「ええ」
ミントは、静かに答えた。
「“余計なことをした”」
「“現場を混乱させた”」
「そういう声が、
必ず出ます」
その予想は、的中した。
翌日。
王都文官組合の代表が、ローマン公爵邸を訪れた。
応接間の空気は、丁寧だが張り詰めている。
「……率直に申し上げます」
代表は、慎重に言葉を選びながら切り出した。
「最近の一連の対応により」
「現場の文官に、
過剰な負担が生じています」
「報告書の量、
確認作業、
責任明記」
「正直」
「回りきっていません」
ミントは、静かに聞いていた。
「そこで」
代表は、続ける。
「一部では」
「ローマン公爵家の方針が」
「現場を、
疲弊させているのではないか、
という意見も――」
ミントは、そこで口を開いた。
「質問しても、
よろしいでしょうか」
「……どうぞ」
「その負担は」
「新たに発生したものですか」
「それとも」
「今まで、
見えなかっただけのものですか」
代表は、言葉に詰まった。
ミントは、責めるような口調ではなかった。
ただ、事実を確認する声だった。
「危険な設備は、
以前から存在していました」
「修繕の必要性も」
「ですが」
「判断が、
先送りされてきた」
「今」
「それが、
表に出ただけです」
沈黙。
やがて、代表は小さく息を吐いた。
「……確かに」
「仕事自体は、
元からあった」
「ただ」
「向き合わずに、
済んでいた」
「はい」
ミントは、頷いた。
「私は」
「皆さんを、
苦しめたいわけではありません」
「ですが」
「現実を、
軽くすることはできません」
「軽く見せることは」
「できますが」
「それは」
「後で、
誰かを壊します」
代表は、しばらく考え込み――
やがて、苦笑した。
「……なるほど」
「これは」
「敵意ではなく」
「方向転換なのですね」
「はい」
ミントは、はっきり答えた。
「ですから」
「一つ、
提案があります」
「提案?」
「はい」
ミントは、新たな書類を差し出す。
「優先順位付けの、
共同基準案です」
「すべてを、
一度にやる必要はありません」
「やるべき順番を、
一緒に決めましょう」
代表は、書類に目を通し、目を見開いた。
「……これは」
「現場の意見が、
反映されている」
「はい」
「北区工房街の文官の方に、
助言をいただきました」
沈黙の後。
代表は、深く頭を下げた。
「……失礼しました」
「“負担”という言葉で」
「問題を、
すり替えかけていました」
「いえ」
ミントは、穏やかに答えた。
「矛先が、
こちらに向くのは」
「自然な流れです」
「制度が動く時」
「必ず、
誰かの負担が可視化されます」
応接を終えた後。
アルフレッドが、ぽつりと呟いた。
「……今日のも」
「魔法、
使ってないよな」
「はい」
ミントは、微笑んだ。
「ですが」
「一歩、
前に進みました」
ナンシーが、感心したように言う。
「敵を作らず」
「でも、
流されもしない」
「難しい綱渡りね」
「はい」
ミントは、静かに答えた。
「だから」
「矛先を、
正面から受けます」
その夜。
ミントは、ロシナンテと並んで庭を歩いていた。
「……今日」
「少しだけ」
「怖かったです」
「ヒヒン」
(意訳:人だな)
「ええ」
ミントは、小さく笑った。
「人ですから」
「でも」
「怖いから、
止まるのではありません」
「怖いからこそ」
「曖昧にしない」
ロシナンテが、静かに羽を震わせる。
「ヒヒン」
(意訳:前へ)
王都では、今も多くの人が動いている。
文官も、職人も、貴族も。
その動きは、まだぎこちない。
だが。
矛先が変わったということは――
責任の向き先が、定まり始めたということだ。
ミント・マリーベルは、その中心で立ち続ける。
好かれるためではない。
称えられるためでもない。
現実から、
目を逸らさせないために。
そしてそれこそが、
彼女が選んだ、
最も困難な戦いだった。
北区工房街の件から、一週間。
王都管理局は表向きには沈黙を保っていたが、水面下では明らかに慌ただしくなっていた。点検予定の前倒し、内部規定の再確認、責任区分の見直し。
それらはすべて、**「逃げ道が塞がれた結果」**だった。
「……数字は、正直ですね」
ローマン公爵邸の執務室で、ミント・マリーベルは管理局から提出された修繕計画書を読み終え、静かに言った。
「危険度評価、
修繕優先度、
予算配分」
「どれも、
今までより具体的です」
グレイ・ローマン公爵が、低く応じる。
「誤魔化せなくなった、ということだ」
ナンシーが、書類を覗き込みながら苦笑した。
「完全に」
「あなたの“やり方”が、
浸透し始めてるわね」
「はい」
ミントは、頷いた。
「ですが」
「ここからが、
本番です」
ジョーが、眉をひそめる。
「……どういう意味だ?」
ミントは、一通の別書類を机に置いた。
「矛先が、
こちらに向き始めています」
書類の差出人は、王都文官組合。
名目は、「現場負担増加に関する意見書」。
「……ああ」
アルフレッドが、納得したように呟く。
「制度が動き出した分」
「現場の仕事が、
増えたってやつか」
「はい」
ミントは、淡々と説明する。
「今までは」
「曖昧にしておけば、
判断を先送りできました」
「ですが」
「危険性が文書化され」
「責任主体が明確になった結果」
「仕事が、
“仕事として発生”しています」
ナンシーが、腕を組む。
「……それを」
「あなたのせいに、
したい人も出るわよね」
「ええ」
ミントは、静かに答えた。
「“余計なことをした”」
「“現場を混乱させた”」
「そういう声が、
必ず出ます」
その予想は、的中した。
翌日。
王都文官組合の代表が、ローマン公爵邸を訪れた。
応接間の空気は、丁寧だが張り詰めている。
「……率直に申し上げます」
代表は、慎重に言葉を選びながら切り出した。
「最近の一連の対応により」
「現場の文官に、
過剰な負担が生じています」
「報告書の量、
確認作業、
責任明記」
「正直」
「回りきっていません」
ミントは、静かに聞いていた。
「そこで」
代表は、続ける。
「一部では」
「ローマン公爵家の方針が」
「現場を、
疲弊させているのではないか、
という意見も――」
ミントは、そこで口を開いた。
「質問しても、
よろしいでしょうか」
「……どうぞ」
「その負担は」
「新たに発生したものですか」
「それとも」
「今まで、
見えなかっただけのものですか」
代表は、言葉に詰まった。
ミントは、責めるような口調ではなかった。
ただ、事実を確認する声だった。
「危険な設備は、
以前から存在していました」
「修繕の必要性も」
「ですが」
「判断が、
先送りされてきた」
「今」
「それが、
表に出ただけです」
沈黙。
やがて、代表は小さく息を吐いた。
「……確かに」
「仕事自体は、
元からあった」
「ただ」
「向き合わずに、
済んでいた」
「はい」
ミントは、頷いた。
「私は」
「皆さんを、
苦しめたいわけではありません」
「ですが」
「現実を、
軽くすることはできません」
「軽く見せることは」
「できますが」
「それは」
「後で、
誰かを壊します」
代表は、しばらく考え込み――
やがて、苦笑した。
「……なるほど」
「これは」
「敵意ではなく」
「方向転換なのですね」
「はい」
ミントは、はっきり答えた。
「ですから」
「一つ、
提案があります」
「提案?」
「はい」
ミントは、新たな書類を差し出す。
「優先順位付けの、
共同基準案です」
「すべてを、
一度にやる必要はありません」
「やるべき順番を、
一緒に決めましょう」
代表は、書類に目を通し、目を見開いた。
「……これは」
「現場の意見が、
反映されている」
「はい」
「北区工房街の文官の方に、
助言をいただきました」
沈黙の後。
代表は、深く頭を下げた。
「……失礼しました」
「“負担”という言葉で」
「問題を、
すり替えかけていました」
「いえ」
ミントは、穏やかに答えた。
「矛先が、
こちらに向くのは」
「自然な流れです」
「制度が動く時」
「必ず、
誰かの負担が可視化されます」
応接を終えた後。
アルフレッドが、ぽつりと呟いた。
「……今日のも」
「魔法、
使ってないよな」
「はい」
ミントは、微笑んだ。
「ですが」
「一歩、
前に進みました」
ナンシーが、感心したように言う。
「敵を作らず」
「でも、
流されもしない」
「難しい綱渡りね」
「はい」
ミントは、静かに答えた。
「だから」
「矛先を、
正面から受けます」
その夜。
ミントは、ロシナンテと並んで庭を歩いていた。
「……今日」
「少しだけ」
「怖かったです」
「ヒヒン」
(意訳:人だな)
「ええ」
ミントは、小さく笑った。
「人ですから」
「でも」
「怖いから、
止まるのではありません」
「怖いからこそ」
「曖昧にしない」
ロシナンテが、静かに羽を震わせる。
「ヒヒン」
(意訳:前へ)
王都では、今も多くの人が動いている。
文官も、職人も、貴族も。
その動きは、まだぎこちない。
だが。
矛先が変わったということは――
責任の向き先が、定まり始めたということだ。
ミント・マリーベルは、その中心で立ち続ける。
好かれるためではない。
称えられるためでもない。
現実から、
目を逸らさせないために。
そしてそれこそが、
彼女が選んだ、
最も困難な戦いだった。
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