婚約破棄はあなたの意思でしたわね? ~王太子を廃嫡に追い込み、義妹を平民に落とした公爵令嬢は新時代の王妃になります~

鷹 綾

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第二話 可哀想な妹

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第二話 可哀想な妹

翌朝。

王都は、見事なまでに騒がしかった。

「王太子殿下、真実の愛を貫く」
「冷酷な公爵令嬢、涙の義妹を追い詰める」
「愛に敗れた氷の令嬢」

見出しの文字が踊る新聞を、私はゆっくりと折りたたんだ。

氷の令嬢。

まあ、ずいぶんと便利な肩書きだこと。

「お嬢様、かなり脚色されております」

向かいに立つ執事が淡々と告げる。

「ええ。脚色がなければ、物語にはなりませんもの」

紅茶を一口。

渋みと香りが心を落ち着ける。

昨夜、舞踏会を後にした直後から動き始めた噂は、すでに王都全域へ広がっている。
当然だ。王太子の婚約破棄。しかも公開の場で。

物語が欲しい民衆にとって、これほど分かりやすい善悪構図はない。

強い姉。
弱い妹。
愛に目覚めた王子。

……実に美しい。

「セシル様は、今朝も王宮にいらっしゃるとのことです」

「そう」

予想通り。

涙を見せる場所は多いほど良い。

王宮の侍女たちの同情。
貴族夫人たちの庇護欲。
そして、王太子の英雄気取り。

すべて計算済みでしょう。

私は立ち上がる。

「馬車の用意を」

「どちらへ?」

「王宮へ」

執事が一瞬だけ目を細めた。

「お嬢様、早速ですか」

「ええ。物語が完成する前に、続きを書いて差し上げませんと」



王宮の応接間。

扉が開いた瞬間、重たい空気が肌にまとわりついた。

「ヴェルミリア様……」

そこには、目を赤く腫らしたセシルが座っている。
その隣には王太子アルヴァリオ。

そして数名の貴族夫人。

まるで裁きの場。

「お姉様……どうして来られたのですか」

か細い声。

震える肩。

完璧だ。

「ご挨拶に参りました」

私は微笑む。

「婚約破棄は正式なものと承りましたので、確認を」

王太子が腕を組む。

「当然だ。昨夜の宣言は王太子としての決断だ」

「そうですか」

私はゆっくりと頷く。

「では、書面での確認をお願いいたします」

一瞬、王太子の表情が固まった。

「書面?」

「ええ。婚約は国家間の契約に等しいもの。口頭のみでは不備がございます」

貴族夫人たちが顔を見合わせる。

「た、確かに……」
「公爵家との縁談でしたものね……」

王太子は苛立ったように舌打ちした。

「細かいことを言うな」

「細かくはございません」

私は穏やかに返す。

「殿下は王太子であられます。すべてが公的な意味を持ちますので」

セシルが不安そうに王太子を見上げる。

「殿下……?」

「……分かった。用意させる」

勝ち誇った顔は、少しだけ曇っていた。

書面に残る。
記録に残る。
責任が残る。

その意味を、彼はまだ理解していない。

「お姉様……」

セシルが立ち上がる。

「わたくしは、お姉様を傷つけるつもりではなかったのです。ただ……殿下をお慕いしてしまっただけで……」

涙が落ちる。

応接間の空気が、彼女の味方になる。

「わたくしは、いつもお姉様に怯えていました」

ざわり、と視線が集まる。

「怯えて?」

「お姉様は完璧で、強くて、冷たくて……わたくしなど必要ないと、そう思って……」

ほう。

私は静かに首を傾げる。

「わたくしが、あなたを脅したことがありましたか?」

「……っ」

セシルが言葉に詰まる。

「叩いたことは? 閉じ込めたことは? 食事を与えなかったことは?」

夫人たちが困惑する。

「それは……」

「ございませんわよね?」

私は微笑む。

「わたくしはあなたに、ドレスも教師も侍女も与えました。社交界デビューの準備も整えました」

セシルの指が震える。

「それでも、わたくしが“怖い”と?」

「……っ、だって!」

声が少しだけ裏返った。

「お姉様は、いつもわたくしを見下していました!」

ああ。

それが本音。

「見下して?」

私は穏やかに問い返す。

「努力しなさいと申し上げただけです」

「それが嫌だったのです!」

応接間が静まり返る。

王太子が慌てて口を挟む。

「ヴェルミリア! お前は妹に厳しすぎたのだ!」

「そうですか」

私は視線を彼へ向ける。

「では殿下。セシル様は、王太子妃としての教育をどこまで修了されましたか?」

「……何?」

「外交史、財政基礎、領地運営、貴族法。どれを理解しておられます?」

沈黙。

セシルの顔が青ざめる。

「愛があれば十分だ!」

王太子が声を張り上げる。

私は小さく瞬きをした。

「愛で帳簿は整いません」

応接間の空気が凍る。

「愛で兵は動きません」

「愛で国は守れません」

一歩、近づく。

「それでもよろしいのでしょうか、殿下」

王太子の喉が鳴る。

彼は理解していない。

自分が今、何を背負おうとしているのか。

「……お前は冷たい女だ」

彼はそう吐き捨てた。

私は微笑む。

「そうですか。それで?」

言葉が詰まる。

返す言葉がない。

私は一礼する。

「では書面が整いましたら、公爵家へお送りください」

踵を返す。

背後でセシルの声が震えた。

「お姉様……」

振り向かない。

同情も、怒りもない。

ただ一つだけ、確かなことがある。

“可哀想な妹”という物語は、長くは続かない。

愛は、数字に勝てない。

王宮の廊下を歩きながら、私は静かに息を吐いた。

「準備を」

付き従う執事が頷く。

「すでに始まっております」

そう。

これは感情の争いではない。

責任の問題だ。

そして責任は、必ず重さを持つ。

王太子殿下。

あなたは“愛”を選びました。

では――

“現実”もお受け取りください。
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