婚約破棄はあなたの意思でしたわね? ~王太子を廃嫡に追い込み、義妹を平民に落とした公爵令嬢は新時代の王妃になります~

鷹 綾

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第十話 王の疑念

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第十話 王の疑念

「……本当なのか」

低い声が、王の執務室に落ちた。

重厚な机の向こう側で、国王は静かに書類を見つめている。
その前に立つのは老宰相。

「はい、陛下。保証は婚約関係を前提としたものでございました」

「婚約を破棄したのは、アルヴァリオか」

「左様でございます」

国王は目を閉じる。

息子の気質は、理解しているつもりだった。
自信家。
感情に流されやすい。
だが、ここまでとは思っていなかった。

机の上には、契約書の写し。
王太子の署名。
そして保証失効の通知。

「南方開発の停止は事実か」

「完全停止でございます」

「違約金は」

「発生しております」

国王の指が机を軽く叩く。

「公爵家は敵対しているのか」

「いえ。条文通りの対応と説明しております」

「……敵対していない?」

「はい。契約終了の正式通知のみ」

国王は書類を置く。

つまり、公爵家は感情で動いていない。

冷静に、規則に従っている。

それが余計に重い。

「アルヴァリオを呼べ」



王太子は苛立ったまま父の前に立った。

「父上」

「座れ」

短い命令。

「南方開発が止まっている」

「一時的な問題です」

「違約金が発生している」

「公爵家の妨害です」

国王の目が鋭くなる。

「妨害か?」

「はい。ヴェルミリアが意地を張っている」

国王は静かに書類を差し出す。

「これを読め」

アルヴァリオは視線を落とす。

そこにあるのは、保証条文。

そして、自分の署名。

「……」

「婚約破棄はお前の判断か」

「……はい」

「公爵家の保証は婚約前提か」

「……そう書いてあります」

「では、保証が外れたのは誰の責任だ」

沈黙。

「公爵家か?」

答えられない。

「ヴェルミリアか?」

言葉が出ない。

国王は立ち上がる。

「責任は、署名者に帰属する」

その一言が、重く落ちる。

「お前は契約を読んだのか」

「……ヴェルミリアが確認を」

「読んだのかと聞いている」

「……いいえ」

空気が凍る。

国王の顔に、はっきりと失望が浮かぶ。

「王は、読まずに署名してはならぬ」

低く、冷たい声。

「それは民を裏切る行為だ」

アルヴァリオの拳が震える。

「だが、父上! 私は愛を――」

「愛で違約金は払えぬ」

言葉を断ち切る。

「愛で兵糧は届かぬ」

「愛で砦は守れぬ」

王の声が、静かに響く。

「お前は王になりたいのか、それとも恋人でいたいのか」

答えが出ない。



その頃、公爵邸。

「陛下が殿下をお呼びになったようです」

執事の報告に、私は小さく頷く。

「当然でしょう」

「お嬢様、陛下はどちらにつかれると」

私は少し考える。

「陛下は国につきます」

それだけだ。

感情ではなく、国家。

王はそこを見ている。

「南方の違約金は」

「支払い期限が迫っております」

私は窓の外を見つめる。

夕暮れが王都を赤く染めている。

「公爵家としては」

「動きません」

短く答える。

「婚約は破棄されたのですから」



王宮。

アルヴァリオは一人、廊下を歩いていた。

父の言葉が頭の中で繰り返される。

“読まずに署名してはならぬ”。

“責任は署名者に帰属する”。

胸の奥が重い。

「……ヴェルミリア」

彼女はいつも黙って後ろにいた。

修正し、整え、補っていた。

自分は決断しているつもりだった。

だが本当に決断していたのは――

誰だったのか。

遠くで鐘が鳴る。

南方では工事が止まり、労働者が待機している。

東部では補給が遅れている。

そして王都では、噂が変わり始めている。

「王太子殿下、契約を読まずに署名」
「公爵令嬢は条文通りだった」
「責任は殿下では……」

疑念は、静かに広がる。

国王の胸にも、初めて明確な疑問が芽生えた。

この息子に、王を任せられるのか。

それはまだ口には出されない。

だが確実に、形になり始めている。

嵐は外ではなく――

王宮の内側から、始まりつつあった。
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