『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ

鷹 綾

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第3章 3-3 偽りの聖女の嫉妬と、追い詰められる王太子

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第3章 3-3 偽りの聖女の嫉妬と、追い詰められる王太子



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 王城の廊下を、聖女リリアンが静かに歩いていた。
 白いローブをひるがえし、無垢な微笑みを浮かべたその姿は、誰もが“救い”の象徴だと信じて疑わない。

 ――だが、その瞳の奥には、冷たい光が宿っていた。

(アレクシス様……最近、私から距離を置いている)

 唇を噛みしめる。

(どうして? 私が……どれだけアレクシス様を“必要としている”か、わかっていないの?)

 手を胸に当てる。

(私は……アレクシス様の魔力がなければ“壊れてしまう”のに……)

 彼女の力は“聖女”と呼ばれているが、本質は違う。

 ――人の魔力を吸収しなければ維持できない“擬似聖力”だった。

 だからこそ、王太子アレクシスの膨大な魔力は、彼女にとって欠かせないものだった。

(私から離れようとするなんて……許せない)

 淡い微笑の裏で、ひび割れた感情が蠢いていた。

     ◇

 一方その頃、アレクシスは執務室で必死に文献を読み漁っていた。

「……“偽りの聖女は、その力を保持するために強い魔力を必要とする”……
 “王族の魔力は純度が高いため、最も相性が良い”……」

 アレクシスの手が震えた。

(……やはり……)

 リリアンの行動、触れられたときの虚脱感、倒れていく民たち。

 すべての点が、ひとつに繋がってしまう。

 そして何より――胸の奥に重く刺さる“罪”があった。

(私は……セレナを……追放した)

 あの優しい瞳。
 毅然とした表情。
 あの日、断罪された時の彼女の言葉。

『つまり私は、聖女様の罪をかぶる影武者をしていた、ということですわね』

 あの皮肉の裏に、どれほどの苦しみがあったのだろう。

(私は、見るべきものを見ていなかった……)

 奥歯を噛む。

(セレナ……どこにいる……?
 どうか無事でいてくれ……)

     ◇

 その頃――王城の別棟。
 リリアンは、アレクシスの部屋の前で立ち止まっていた。

(アレクシス様……私から離れてはだめ。
 私を見ていてくれなきゃ、だめなの)

 扉に手をかけようとしたそのとき。

「リリアン様、アレクシス殿下はお疲れです。今は――」

 侍従が制止する。

 リリアンの表情が一瞬で変わった。

「……どきなさい」

「で、ですが――」

「どけと言ったの」

 まるで冷たい刃を滑らせたような声だった。

 侍従は背筋を震わせ、その場から逃げるように下がった。

 リリアンは扉を静かに開けた。

 その目は、恋する少女のものではない。

 ――執着する怪物の瞳だった。

     ◇

 執務室では、アレクシスが机に突っ伏しそうなほど疲れきっていた。

 資料の山、古文書の解読、民の被害状況の報告。

 すべてが、胸を締め付ける。

(この国が……崩れていく……
 その原因が……聖女だとしたら……?)

 自分の判断で、国を危険に晒し、
 そして――ひとりの女性を追放した。

(罪は……償わなくては……)

 その時だった。

 コン、コン――。

「アレクシス様……?」

 拒絶したくなるほど甘い声が響く。

「リリアンか……?」

 アレクシスは顔を上げた。

 扉がゆっくりと開かれ、リリアンが入ってくる。

「アレクシス様……最近、私を避けていますわよね」

「……避けているわけでは――」

「嘘です。全部、わかっています」

 リリアンはアレクシスの机に手を置き、体を寄せる。

「ねえ……アレクシス様。
 私たち……こんなに近くにいるのに、どうして触れてくれないんですか?」

「り、リリアン……っ」

「触れれば……今までみたいに……ほら、楽になりますよ?」

 伸ばされた手がアレクシスの頬に触れそうになった瞬間。

 アレクシスは椅子を倒しながら後ろへ飛び退いた。

「――触れるな!!」

 リリアンの瞳が大きく見開かれる。

「……どうして……?
 私を、嫌いになったの……?」

「違う……わけでは……ない……!」

「違わないのね」

 リリアンの微笑みが、少しだけ歪んだ。

「……ひどい人」

 甘い声なのに、背筋が凍るような冷たさがあった。

「私を好きだと言ってくれたのに……
 全部、嘘だったの?」

「私は……あの日、セレナを傷つけるつもりなど――」

 その名前を出した瞬間。

 リリアンの目が、カッと赤く染まった。

「――セレナ。
 またその名前……!」

 リリアンは机を吹き飛ばす勢いで叩いた。

「どうしてよ!?
 あの女は、殿下にふさわしくないって私に言ったくせに……!
 殿下があの女を愛しているわけないのに、なんで……!」

「リリアン……落ち着け」

「落ち着け……?
 ふふ、あはは……!
 落ち着けるわけないでしょう!?」

 笑いながら泣いているような声だった。

 そして、ゆっくり顔を上げ、冷ややかに言った。

「殿下には……私だけがいればいいの」

 アレクシスは一歩後ずさった。

(……このままでは……殺される……)

 そう感じた。

(逃げなくては――)

 しかし、リリアンはアレクシスの動きを読んでいた。

「どこへ行くの?
 アレクシス様は、私から離れられないのよ?
 だって……あなたの魔力がなければ……私は生きられないんだから」

 その言葉に、アレクシスは悟った。

(この女は……完全に、壊れている)

 リリアンは虚ろな目で微笑む。

「殿下……ねえ、お願い。
 ――私だけを見て?」

(……セレナ……)

 アレクシスの脳裏に浮かぶのは、追放された元婚約者。

(彼女は……無事なのだろうか……
 今すぐにでも探し出さなければ……!)

 その強烈な想いが、アレクシスを現実へ引き戻した。

(まだ……間に合う。
 罪を償う道はある……!)

 アレクシスは隙をついて部屋を飛び出した。

 背後で、リリアンの足音が響く。

「――アレクシス様!!
 逃げないで!!」

 全ての執着と狂気を孕んだ叫びが、王城中に響いた。

     ◇

 その頃――
 追われることも、狂気に晒されることも知らないセレナは、
 アーヴィングと共に穏やかな午後のティータイムを過ごしていた。

「セレナ、今日は新しい茶葉だ。気に入るといいのだが」

「あ……とても良い香りです……!」

 幸せな空気が流れる。

 ――しかし、王都で爆発し始めた“偽りの聖女の執着”は、
 いずれセレナの平穏を揺るがすことになる。

 その影は、もうすぐそこまで近づいていた。


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