『奢侈禁止令の鉄槌 ―偽の公爵令嬢が紡ぐ、着られぬ絹の鎖―』

鷹 綾

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第10話 その衣装は誰のものか

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第10話 その衣装は誰のものか

舞踏会場のざわめきは、波紋のように広がっていた。

音楽は止まり、広間の中央には奇妙な静寂が落ちている。

その中心に立つのは、セレスティーヌだった。

白銀の絹のドレス。
金糸の刺繍。
袖口に織り込まれた古い紋章。

それはただ豪華な衣装ではない。

この国の貴族ならば――
誰もが知っている意匠だった。

年配の貴族たちの顔色が、ゆっくりと変わっていく。

「……あの紋様は」

「まさか」

「ヴァルモン家の……」

その囁きが広がる。

セレスティーヌはその視線を、むしろ誇らしく受け止めていた。

扇を軽く振り、得意げに笑う。

「どうかしら?」

彼女はくるりと一度回って見せた。

絹のスカートがふわりと広がる。

「素敵でしょう?」

「王都でもこれほどの衣装は見たことがないはずよ」

父、ギヨーム・ド・ヴァルモンも満足そうに頷いていた。

「当然だ」

胸を張る。

「ヴァルモン公爵家の衣装だからな」

元婚約者の青年も笑う。

「さすがだ」

「やはり君こそが公爵令嬢だ」

その言葉にセレスティーヌは嬉しそうに微笑んだ。

だが――

その空気を切り裂くように、低い声が響く。

「……失礼」

王宮儀礼官テオドールだった。

彼はゆっくりと前へ進み出る。

その隣には、紋章管理官エドモン。

二人の視線は、真っ直ぐにドレスへ向いていた。

テオドールは静かに言う。

「確認させていただきます」

セレスティーヌは眉をひそめた。

「確認?」

「何を?」

テオドールの声は変わらない。

「お名前を」

セレスティーヌは不機嫌そうに答える。

「セレスティーヌ・ド・ヴァルモンよ」

そして胸を張る。

「ヴァルモン公爵家の娘」

その言葉に、エドモンがゆっくりと口を開いた。

「娘」

短い言葉だった。

だが、重かった。

「確認ですが」

彼は静かに続ける。

「あなたは公爵家の直系継承者ですか」

セレスティーヌは笑った。

「何を言っているの?」

「公爵家の娘なのだから、同じことでしょう?」

エドモンは首を横に振った。

「いいえ」

会場の空気が凍る。

「同じではありません」

そして彼はドレスを指さした。

「その衣装は」

一拍置く。

「ヴァルモン公爵家直系女子礼装」

ざわめきが広がる。

「直系……?」

「つまり……」

テオドールが淡々と続けた。

「王宮紋章院に登録された礼装です」

「着用資格はただ一人」

静かな声だった。

「ヴァルモン公爵家の直系継承者のみ」

セレスティーヌの笑顔が止まる。

「……だから?」

テオドールはまっすぐ彼女を見る。

「あなたがその資格を持つか」

「確認が必要です」

父が怒鳴った。

「何を言っている!」

ギヨームは前に出る。

「私はヴァルモン公爵だ!」

「娘が家の衣装を着て何が問題だ!」

だがその言葉は、完全に逆効果だった。

エドモンが静かに言う。

「あなたは」

「入り婿です」

会場のざわめきが一段と大きくなる。

ギヨームの顔が歪んだ。

「それがどうした!」

エドモンは冷静に続ける。

「つまり」

「爵位の継承権はあなたではなく」

彼は言葉を区切る。

「先代公爵夫人の血統に属します」

周囲の貴族たちが頷き始める。

古い家系では珍しくない制度だった。

だが、セレスティーヌは理解できていない。

「……意味がわからない」

彼女は苛立った声で言った。

「私はこの家の娘よ!」

「それで十分でしょう!」

エドモンは淡々と答える。

「十分ではありません」

そして静かに宣告した。

「あなたが着ているその衣装は」

「家の服ではありません」

一拍。

会場全体が息を呑む。

「それは」

彼の声は冷たかった。

「公爵家直系の身分そのものです」

沈黙。

そして次の言葉が落ちる。

「無資格者が着用すれば」

テオドールが続ける。

「奢侈禁止令違反」

さらに。

「爵位僭称の疑い」

会場が一斉にざわめいた。

セレスティーヌの顔から血の気が引く。

「……そんな」

小さく呟く。

「ただのドレスじゃない」

だがテオドールは首を振る。

「いいえ」

その声は静かだった。

「ただのドレスではありません」

そして告げた。

「その衣装は」

広間に響く声。

「国家に登録された身分の証です」

舞踏会場は、完全に凍りついた。
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