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第1話 真実の愛と呼ばれた夜
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第1話 真実の愛と呼ばれた夜
王立学園の卒業舞踏会。
それは、王都の若き貴族たちが一堂に会する、年に一度の華やかな夜だった。
高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、無数の光を放ち、磨き上げられた大理石の床にはドレスと軍服がきらめいている。弦楽の音楽が静かに流れ、香水と花の香りが混ざり合い、会場はまさに社交界の縮図だった。
貴族にとって、この舞踏会はただの祝いではない。
誰と誰が婚約するのか。
どの家とどの家が結びつくのか。
それによって、社交界の力関係さえ変わる。
そのため今夜は、王都中の貴族の視線が集まっていた。
そして――
その空気を一瞬で変えてしまう人物が現れる。
入口の扉が大きく開いた。
「ジオニック公爵家ご嫡男、アドリアン・ジオニック様のご入場!」
会場がざわめく。
ジオニック公爵家。
王国でも指折りの名門貴族であり、軍事でも政治でも強い影響力を持つ家だ。その嫡男アドリアンは若くして社交界の中心人物とされ、将来を嘱望されていた。
だが、今夜のざわめきは、ただの人気によるものではなかった。
「……あれは?」
「女性?」
「見たことのない顔だ」
貴族たちの視線は、アドリアンの腕に絡む少女へと向けられていた。
金色の髪を簡単にまとめただけの少女。
着ているドレスは豪華だが、明らかに着慣れていない。歩き方もぎこちない。
そして何より――
貴族特有の空気がなかった。
社交界で育った人間ならば、立ち姿だけでわかる。
その少女は、貴族ではない。
会場の奥で、ある令嬢が小さく呟いた。
「……平民ね」
公爵令嬢セレスティアだった。
その言葉はすぐに周囲へ広がる。
「平民?」
「舞踏会に?」
「しかも公爵令息の腕で?」
ざわめきは大きくなっていく。
やがてアドリアンは会場の中央で立ち止まった。
まるで舞台の役者のように堂々と胸を張り、周囲を見回す。
そして声を上げた。
「諸君」
音楽が止まり、視線が一斉に集まる。
「紹介しよう」
彼は隣の少女の肩に手を置いた。
少女は緊張したように息を呑む。
「彼女の名はリナ」
ざわめきがさらに広がる。
そしてアドリアンは誇らしげに言い放った。
「私の――」
一瞬、言葉を区切る。
「真実の愛だ」
沈黙。
その次の瞬間、会場は騒然となった。
「真実の愛?」
「平民だぞ?」
「婚約者はどうする」
「あの家は確か……」
アドリアンはその反応を楽しむように微笑んだ。
「そうだ」
「彼女は平民だ」
そして肩をすくめる。
「だが、それがどうした?」
「貴族の婚約など所詮は家の都合」
彼はリナの顎を軽く持ち上げた。
「だが愛は違う」
「私は彼女を愛している」
まるで劇場の台詞のような言葉だった。
一部の若い令嬢たちは、うっとりした顔をする。
だが、古くから社交界にいる貴族たちは違う。
彼らは知っている。
この男がどんな人物かを。
アドリアンは周囲を見回し、ため息をついた。
「諸君の顔を見ればわかる」
「身分が気に入らないのだろう?」
誰も答えない。
彼は鼻で笑った。
「愚かなことだ」
「人間は身分で決まるものではない」
そこまで言ってから、ふっと口元を歪める。
「もっとも」
「平民の大半はつまらない連中だが」
空気が凍った。
隣にいた給仕の青年が、一瞬動きを止める。
アドリアンはそれを見て指を鳴らした。
「おい」
青年が慌てて近づく。
「酒を持ってこい」
「早く」
命令口調だった。
青年が去ると、アドリアンは再びリナに微笑む。
「心配するな」
「君は違う」
彼は優しく肩を抱き寄せた。
「君は特別だ」
「私は君を守る」
リナは小さく頷く。
「……ありがとうございます」
だが、その表情はどこか戸惑っていた。
アドリアンは満足そうに笑う。
「平民の世界は危険だ」
「だが安心しろ」
「私がいる」
「君を守れるのは私だけだ」
その言葉は甘かった。
だが――
その腕は、どこか逃げ道を塞ぐように強かった。
その夜。
王都でもっとも華やかな舞踏会で。
「真実の愛」という言葉と共に、
一つの歪んだ物語が始まろうとしていた。
王立学園の卒業舞踏会。
それは、王都の若き貴族たちが一堂に会する、年に一度の華やかな夜だった。
高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、無数の光を放ち、磨き上げられた大理石の床にはドレスと軍服がきらめいている。弦楽の音楽が静かに流れ、香水と花の香りが混ざり合い、会場はまさに社交界の縮図だった。
貴族にとって、この舞踏会はただの祝いではない。
誰と誰が婚約するのか。
どの家とどの家が結びつくのか。
それによって、社交界の力関係さえ変わる。
そのため今夜は、王都中の貴族の視線が集まっていた。
そして――
その空気を一瞬で変えてしまう人物が現れる。
入口の扉が大きく開いた。
「ジオニック公爵家ご嫡男、アドリアン・ジオニック様のご入場!」
会場がざわめく。
ジオニック公爵家。
王国でも指折りの名門貴族であり、軍事でも政治でも強い影響力を持つ家だ。その嫡男アドリアンは若くして社交界の中心人物とされ、将来を嘱望されていた。
だが、今夜のざわめきは、ただの人気によるものではなかった。
「……あれは?」
「女性?」
「見たことのない顔だ」
貴族たちの視線は、アドリアンの腕に絡む少女へと向けられていた。
金色の髪を簡単にまとめただけの少女。
着ているドレスは豪華だが、明らかに着慣れていない。歩き方もぎこちない。
そして何より――
貴族特有の空気がなかった。
社交界で育った人間ならば、立ち姿だけでわかる。
その少女は、貴族ではない。
会場の奥で、ある令嬢が小さく呟いた。
「……平民ね」
公爵令嬢セレスティアだった。
その言葉はすぐに周囲へ広がる。
「平民?」
「舞踏会に?」
「しかも公爵令息の腕で?」
ざわめきは大きくなっていく。
やがてアドリアンは会場の中央で立ち止まった。
まるで舞台の役者のように堂々と胸を張り、周囲を見回す。
そして声を上げた。
「諸君」
音楽が止まり、視線が一斉に集まる。
「紹介しよう」
彼は隣の少女の肩に手を置いた。
少女は緊張したように息を呑む。
「彼女の名はリナ」
ざわめきがさらに広がる。
そしてアドリアンは誇らしげに言い放った。
「私の――」
一瞬、言葉を区切る。
「真実の愛だ」
沈黙。
その次の瞬間、会場は騒然となった。
「真実の愛?」
「平民だぞ?」
「婚約者はどうする」
「あの家は確か……」
アドリアンはその反応を楽しむように微笑んだ。
「そうだ」
「彼女は平民だ」
そして肩をすくめる。
「だが、それがどうした?」
「貴族の婚約など所詮は家の都合」
彼はリナの顎を軽く持ち上げた。
「だが愛は違う」
「私は彼女を愛している」
まるで劇場の台詞のような言葉だった。
一部の若い令嬢たちは、うっとりした顔をする。
だが、古くから社交界にいる貴族たちは違う。
彼らは知っている。
この男がどんな人物かを。
アドリアンは周囲を見回し、ため息をついた。
「諸君の顔を見ればわかる」
「身分が気に入らないのだろう?」
誰も答えない。
彼は鼻で笑った。
「愚かなことだ」
「人間は身分で決まるものではない」
そこまで言ってから、ふっと口元を歪める。
「もっとも」
「平民の大半はつまらない連中だが」
空気が凍った。
隣にいた給仕の青年が、一瞬動きを止める。
アドリアンはそれを見て指を鳴らした。
「おい」
青年が慌てて近づく。
「酒を持ってこい」
「早く」
命令口調だった。
青年が去ると、アドリアンは再びリナに微笑む。
「心配するな」
「君は違う」
彼は優しく肩を抱き寄せた。
「君は特別だ」
「私は君を守る」
リナは小さく頷く。
「……ありがとうございます」
だが、その表情はどこか戸惑っていた。
アドリアンは満足そうに笑う。
「平民の世界は危険だ」
「だが安心しろ」
「私がいる」
「君を守れるのは私だけだ」
その言葉は甘かった。
だが――
その腕は、どこか逃げ道を塞ぐように強かった。
その夜。
王都でもっとも華やかな舞踏会で。
「真実の愛」という言葉と共に、
一つの歪んだ物語が始まろうとしていた。
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