白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第40話 理屈では負けましたので、責任を取ります

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第40話 理屈では負けましたので、責任を取ります

 ノエリア・ヴァンローゼは、
 その朝、はっきりと理解していた。

 ――もう、
 逃げ道はない。

 だが同時に、
 こうも思っていた。

(……ですが)

(……負けたとは、
 認めておりませんわ)

 理屈上は。


---

 朝食の席。

 いつも通り、
 ヴァルデリオの隣。

 いつも通り、
 同じ紅茶。

 いつも通り――
 落ち着く。

 この「いつも通り」が、
 すでに異常だと
 分かっているのに、
 やめる理由が見つからない。

(……これは)

(……習慣ですわ)

 ※なお、
 恋愛感情も習慣から始まる。


---

「……ノエリア」

 ヴァルデリオが、
 珍しく先に口を開いた。

「本日は、
 予定を空けている」

「?」

 ノエリアは、
 眉を上げた。

「政務は?」

「すべて後回しにした」

 即答。

(……非効率ですわね)

 だが、
 なぜか胸が
 ざわついた。


---

 庭園。

 春の空気。

 風が柔らかい。

 二人で歩く。

 沈黙が、
 心地よい。

 ――それが、
 決定的だった。

(……ああ)

(……これは)

(……もう、
 理屈の話では
 ありませんわね)

 ついに、
 自分で認めてしまう。


---

「……ノエリア」

 ヴァルデリオが、
 足を止める。

「昨日まで、
 言わなかったことがある」

 ノエリアの心拍が、
 一つ跳ねた。

(……逃げ場、
 なしですわ)


---

「白い結婚だろうと、
 構わなかった」

 彼は、
 静かに言う。

「君が望むなら、
 それでいいと思っていた」

 一歩近づく。

「だが」

 視線が、
 真っ直ぐ向けられる。

「私は、
 最初から君を
 選んでいる」

 ――完全包囲。


---

 ノエリアは、
 数秒、沈黙した。

 頭の中で、
 猛烈な会議が始まる。

(……反論案、
 第一)

(……感情と契約は
 別問題)

 →却下(動悸がする)

(……反論案、
 第二)

(……白い結婚は
 合理的)

 →却下(不安になる)

(……反論案、
 第三)

(……今さら引くのは
 不誠実)

 →却下(それは前進)

 ――全滅。


---

「……卑怯ですわね」

 ノエリアは、
 小さく息を吐いた。

「論理の逃げ道を
 すべて潰してから
 告白なさるなんて」

「君が理屈で
 逃げるからだ」

 淡々。

 ※正論。


---

 ノエリアは、
 額に手を当てた。

「……分かりました」

 一拍。

「理屈では、
 完全敗北です」

 認めた。

 世界が、
 静かに震えた。


---

「ですが!」

 指を立てる。

「私は最後まで
 無自覚でした」

「ええ」

「策略でも、
 計算でも
 ありません」

「知っている」

「つまり!」

 胸を張る。

「これは――
 事故ですわ!」

 ※とんでも理論。


---

 ヴァルデリオは、
 一瞬考え――
 頷いた。

「……事故なら」

 一歩、
 さらに近づく。

「責任を取る必要がある」

「そうですわね」

 即答。

 そこは否定しない。


---

 ノエリアは、
 深く息を吸った。

「……では」

 視線を上げる。

「白い結婚の予定は、
 正式に破棄いたします」

 ――宣言。


---

「理由は?」

 ヴァルデリオが
 静かに尋ねる。

「……理屈では
 説明できません」

 一拍。

「ですが」

 少しだけ、
 声が柔らかくなる。

「あなたが
 いない未来は――
 不合理ですわ」

 完全陥落。


---

 沈黙。

 そして。

「……それで十分だ」

 ヴァルデリオは、
 微笑った。


---

 その日の夕方。

 公爵邸は、
 ちょっとした騒ぎになった。

「え?」

「白い結婚、破棄?」

「正式に?」

「え、
 今まで違ったの?」

 ※最後の発言は
 全員スルーされた。


---

 夜。

 ノエリアは、
 日記を開いた。

『本日、
 理屈での防衛を
 全面放棄した。』

 一行空ける。

『感情に基づく
 決断を下した。』

 さらに一行。

『不思議だが、
 後悔はない。』

 閉じる。

 満足そうに。


---

 白い結婚(予定)。

 ――終了。

 新たに始まったのは、
 無自覚戦略無双ヒロインが、
 ようやく自覚した恋。

 なお。

 本人は最後まで、
 こう言い張っている。

「私は、
 最初から冷静でしたわ」

 ――誰も、
 信じていない。


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