正解を出さない私たちが、それでも前に進めた理由

鷹 綾

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第38話 確かめながら進むということ

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第38話 確かめながら進むということ

 朝の王宮は、いつも通りの時間が流れていた。特別な号令も、慌ただしい呼び声もない。だが、人々の動きには、はっきりとした意識が宿っている。昨日見つかった小さなずれは、すでに共有され、修正の前提として扱われていた。

 クロエは回廊を歩きながら、その変化を感じ取っていた。以前なら、ずれは誰かの責任として扱われ、原因探しに時間が割かれていただろう。だが今は違う。ずれは、確かめるための材料として自然に受け止められている。

「進んでいるから、確かめる必要が出てくる」

 その感覚は、確信に近かった。

 午前の打ち合わせでは、前日に追記された共有基準が実際に使われることになった。現地から届いた新たな報告には、小さな注記が添えられている。判断の変更点と、その理由。大きな成果ではないが、前提に触れる部分が丁寧に書かれていた。

 文官たちは、それを静かに読み合わせる。誰かが声を荒げることもなく、疑問点は短く整理される。確認すべき点は確認し、問題がなければ次に進む。それだけのことが、以前よりもずっと簡単になっていた。

「共有されていると、考える余裕が生まれますね」

 若手の文官が、思わず漏らした言葉に、周囲が小さく頷いた。クロエは、その様子を一歩引いた位置から見ていた。自分が前に出なくても、場が動いている。それが、何よりの成果だった。

 昼前、地方代表から追加の意見が届く。要望ではなく、提案でもない。ただ、現地で試してみたことと、その結果が淡々と書かれている。うまくいった点もあれば、思ったほど効果がなかった点もある。どちらも同じ文量で記されていた。

「失敗を隠していない」

 クロエは、その点に強く安心した。うまくいかなかったことを、そのまま共有できる関係は、簡単には築けない。だが今、この場にはそれがある。

 午後の時間帯は、検証に充てられた。結論を出すためではない。試した内容が、前提とどう噛み合っているかを確かめるためだ。議論は穏やかで、必要以上に広がらない。誰かが断定的な言葉を使いそうになると、別の誰かが「仮の話として」と自然に言い添える。

 クロエは、そのやり取りを聞きながら、静かに思った。確かめながら進むというのは、疑い続けることではない。信じているからこそ、確認するのだ。信頼がなければ、確認は監視に変わる。

 夕刻、アストールと並んで回廊を歩いたとき、彼は短く言った。

「今日は、地味だったな」

「はい。でも、必要な地味さです」

「派手さがないと、不安になる者もいる」

「ええ。でも今は、不安を隠すより、確かめる方が選ばれています」

 アストールは、少しだけ満足そうに頷いた。

 夜、クロエは自室で今日の記録を見返した。決定事項はほとんどない。だが、確認された点は多い。前提が合っているか、共有が機能しているか、修正が必要かどうか。その一つ一つが、確実に前へと繋がっている。

 確かめながら進むということは、立ち止まることではない。歩幅を揃え、足元を見失わないようにすることだ。早さを競わなくても、迷わずに進める道はある。

 クロエは灯りを落とし、静かな夜に身を委ねた。次に訪れるずれも、迷いも、きっと同じように扱える。その確信が、胸の奥に静かに根を下ろしていた。
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