正解を出さない私たちが、それでも前に進めた理由

鷹 綾

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第40話 静かな到達点

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第40話 静かな到達点

 朝の王宮は、いつもと変わらない音に満ちていた。

 人の話し声。
 書類を運ぶ足音。
 窓の外から届く、遠い街のざわめき。

 だがクロエには、それらがこれまでとは少し違って聞こえていた。
 緊張でも高揚でもない、落ち着いた重なり合い。
 それぞれが、自分の役割を理解したうえで動いている音だった。

「……ここまで、来たんですね」

 独り言のように呟きながら、クロエは回廊を進んだ。

 今日は、特別な会合はない。
 結論を宣言する場も、成果を誇る場も設けられていない。
 それでも、この日が一つの到達点であることを、彼女ははっきりと感じていた。

 午前中、各部署から届いた報告は、どれも簡潔だった。
 進行中の内容、確認済みの事項、保留にしている点。
 そこには「承認を求める」という文言はほとんどなく、代わりに「共有」「確認」「次回検証」という言葉が並んでいる。

 クロエはそれらを読みながら、胸の奥で静かに頷いた。

 誰か一人が決めて、誰かが従う形ではない。
 だからといって、無秩序でもない。
 それぞれが、自分の判断を持ち寄り、必要なところで交わしている。

 昼前、地方代表から届いた短い報告には、こう記されていた。

「現地では、現在の進め方に大きな混乱はありません。判断に迷う場面はありますが、共有できているため、孤立することはありません」

 その一文を読んだ瞬間、クロエはゆっくりと息を吐いた。

 孤立しない。
 それは、最初に彼女が願っていたことの一つだった。

 午後、クロエは中庭に出た。
 噴水の水音は穏やかで、庭を行き交う人々も落ち着いた表情をしている。

 誰かが声高に成果を語ることもない。
 だが、誰も不安に足を止めていない。

「……静かですね」

 隣に立ったアストールが、そう言った。

「はい。でも、この静けさは……」

「崩れる前の静けさではないな」

 クロエは、小さく首を振る。

「積み上がったあとの静けさです」

 これまで、何度も迷い、立ち止まり、確かめてきた。
 決めないことを選び、引き受けないことを選び、揺らぎをそのまま置いてきた。

 その積み重ねが、今の空気を作っている。

「結局、大きな結論は出さなかったな」

 アストールの言葉に、クロエは微笑んだ。

「はい。でも、結論を急がなくても進める場所には、辿り着きました」

「それが、到達点か」

「……ええ」

 それ以上、言葉は必要なかった。

 夕刻、クロエは自室に戻り、最後の記録を記していた。
 そこに、華やかな言葉は並ばない。

 判断が共有されていること。
 修正が前提になっていること。
 不安が言葉にできること。
 誰も一人で背負っていないこと。

 それらを、淡々と書き留める。

「……ここまでで、いい」

 完璧ではない。
 これからも迷いは生まれるだろう。
 ずれも、不安も、また現れる。

 だが、そのたびに戻れる場所がある。
 確かめ合い、言葉を交わし、前に進むための土台が、ここにはある。

 夜、灯りを落とす前に、クロエは窓の外を見た。
 王都の明かりが、静かに瞬いている。

 誰かの声に押されることもなく、
 誰かの沈黙に怯えることもなく、
 それぞれが、それぞれの場所で息をしている。

「……これで、終わりではありません」

 だが、始まりでもない。

 ただ、ここに辿り着いた。
 それだけで、十分だった。

 クロエは静かに目を閉じた。
 騒がしさも、緊張もない夜の中で、確かな到達点の手応えだけが、胸の奥に残っていた。
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