婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第1話 罪を被せられた令嬢

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第1話 罪を被せられた令嬢

 フォールス・アキュゼーションは、書類の束を前に静かに息を整えた。

 王城の執務棟、その一角に設けられた補佐官用の部屋。重厚な机の上には、対外契約に関する正式文書と付随資料が整然と並べられている。インクの匂いと紙の乾いた感触は、彼女にとって日常の一部だった。

 この部屋で過ごす時間は長い。
 なぜなら、彼女は王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードの婚約者であると同時に、実務を任される存在だったからだ。

 ただし――決裁権はない。

 それが、フォールスの立場だった。

 書類を一枚ずつ確認し、文言を照合し、日付と承認印の位置を確かめる。形式に不備があれば指摘し、過去の文書と違いがあれば控えに記す。地味で、面倒で、だが確実に王政を支える仕事。

 フォールスは、その役目を黙々と果たしてきた。

 扉がノックもなく開く。

「まだ終わらないのか」

 苛立ちを含んだ声が響いた。

 顔を上げるまでもない。
 王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードだ。

「もう少しです」

 フォールスは立ち上がらず、淡々と答えた。

「第二条と付属資料に、不整合があります」

「またか」

 フレイムは露骨に顔をしかめ、机の端に腰を預ける。

「細かすぎる。形式など、後でどうとでもなる」

「対外契約です。形式の不備は、そのまま弱点になります」

「相手はセルディア王国だ。些細な点を突いてくるような国ではない」

 フォールスは、静かに視線を戻した。

 ――それは、油断だ。

 だが、彼女はその言葉を口にしない。

「この文書ですが」

 指先で一行を示す。

「本来ここに、承認番号が併記されるはずです。前回の契約書式では、必ず入っていました」

「省略しただけだ」

「省略する場合は、別途注記が必要です」

 フレイムは舌打ちした。

「君は、本当に融通が利かないな」

「職務ですので」

 感情のない返答だった。

 その態度が、フレイムの神経を逆撫でしたのだろう。彼は一瞬、何か言い返そうとしたが、やがて手を振った。

「もういい。提出しろ。責任は私が取る」

「承知しました」

 フォールスは、それ以上言わなかった。

 その言葉が、どれほど軽いものかを、彼女は知っている。

 責任を取る――
 それは往々にして、誰かに取らせる、という意味なのだ。

 フレイムが部屋を出て行った後、フォールスは控え用の書類に視線を落とした。原本はすでに封緘されている。だが、内容はすべて頭に入っていた。

 この契約には、違和感が多すぎる。

 誰かが、急いで整えたような痕跡。
 形式を知っているが、理解していない者の手。

 フォールスは、小さく息を吐いた。

 ――嫌な予感がする。

 その予感は、ほどなく現実となった。

 翌日、大広間に重臣が集められた。

 対外契約に関する緊急報告。
 その名目で始まった会議は、次第に空気を変えていく。

「この契約書には、不備がある」

「すでにセルディア王国側から照会が来ている」

「提出時の管理責任は、誰にある?」

 視線が、フレイムから外れ、周囲を探る。

 そして――
 フォールスに向けられた。

「補佐は、誰だ」

 フレイムは、一拍置いてから口を開いた。

「婚約者であるフォールス・アキュゼーションだ」

 その瞬間、フォールスは理解した。

 ――ああ、これか。

 責任の所在が、静かに、しかし確実にこちらへ寄せられていく。

「彼女が、書類を提出した」

 事実ではない。
 だが、完全な嘘でもない。

 フォールスは一歩前に出た。

「提出の最終判断をされたのは、王太子殿下です」

 その声は、広間に静かに響いた。

 一瞬、沈黙。

 だが、フレイムはすぐに言い返した。

「補佐として、不備を見逃した責任は重い」

 重臣たちは、互いに視線を交わす。

 空気が、決まっていく。

 フォールスは、悟った。

 ここは、裁きの場ではない。
 罪を決める場だ。

 そして、決められた罪を被る役目は――
 最初から、決まっていた。

 フォールス・アキュゼーションは、
 その日、自分が「罪を着せられる側」になったことを、
 静かに受け止めていた。
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