登り星

鈴木

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場所は日の丸

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「明日は良い日でありますように」

 僕は祈る。
 別に仏教徒でもなければキリスト教徒でもない。

 しかし祈る。
 ただ祈る。

「今日はありがとうございます。
 無事に死なずにすみました。本当にありがとうございます」

 神を信じている。それはヤハウェ、ブッタ、イエスという有名な神ではない。
 僕は神学を学んでいない。だから分からない。

 どれが本物で、どれが偽物か。
 それとも全部が本物なのか。全部が偽物なのか。
 僕は何も分からない。

 しかし神がいると信じたい。そして助けてほしい。

 そのまま眠りに落ちた。

 夜中に起きる。しかしまたすぐ眠る。そしてまた起きる。これの繰り返し。

 朝が来てしまった。

 軽くご飯を食べる。あまり喉を通らない。食欲はない。

 初めての一人暮らし。
 初めての会社員。
 初めての都会。
 初めてづくしの三ヶ月だった。

「もう限界かも…」

 独り言。

 自分でアイロンをかけた白いシャツ。しわくちゃで怒られた事がある。だからアイロンをかける。睡眠時間を削ってでもかける。

 定期的にクリーニングに出すスーツ。スーツは全部で三着もある。嫌いな上司と、無駄な時間を使って、無駄なスーツを一緒に買いに行った。

「行ってきます」

 誰もいない部屋。行ってらっしゃい、とは言われない。

 実家が懐かしい。

 扉を開けて外に出る。

 目の前に化け物がいる。

「はじめまして。君の願いを叶えにきた者です」

 言葉が出ない。開いた口が塞がらない。呼吸をするのも忘れている。

「そんなに警戒しなくても良いですよ」

 目の前にいる化け物が言葉を話している。

 鳥のような顔をしている。しかし鳥ではない。二足歩行で言葉を話す。両手両足。まるで人間。しかし顔は鳥。

「私は苦しんでいる人を無視できない。あなたを助けたい」

 やはり言葉が出ない。

「安心してください。とりあえず、今日はいつも通り会社に行ってください。
 安心してください。私があなたを助けます」

 やっと息を吸えた気がする。

「それじゃ、とりあえず行ってきます」

 鳥人間は微笑んでいる。
 僕は軽く頭を下げて歩き出す。

「行ってらっしゃい」

 その言葉一つで助けられた。

 いつも通りの朝礼。しっかり嫌味を言われる。何をしても怒られる。重箱の隅を突くような注意。

 元気はうるさい。静かは暗い。僕はどうしたら良いんだろう。

「昼までにしっかり資料を作っておけよ。こんなの本当なら一時間で終わるはずだからな。昼でもだいぶ大目に見てやっているんだ。だから……」

 三〇分はグダグダ言われた。いらない嫌味。こんな事をされてモチベーションが上がるやつがいるのだろうか。下がるだけじゃない。負の気持ちで一杯になってしまう。


「ゴクリ。いけ」


 頭の中から声が聞こえる。

「そんな奴は自業自得だ」

 この声は朝の鳥人間。

「あなたは何も悪くありません。
 ゆっくりと。そしてばれないように。その人間の携帯電話を床に置きなさい。そしたらきっと良き方向に進みますよ」

 机の上の携帯電話をそっと取る。言われるがまま床に置いた。誰も気がつかない。

 なんとなく気分が晴れた。こいつの携帯電話を床に隠しただけだが、胸が少しスッとした。

 僕は本当に情けない。

 嫌味を定期的に言われる。こいつはヒマなのだろう。本当に鬱陶しい。

 なんとか昼までに終わった。こんなの一時間で終わる訳がないだろう。この後が嫌だ。またあいつの所に行かなければいけない。

 あぁ、マジで鬱陶しい。

「おい。あれ見てみろよ」

 先輩が話かけてきた。
 あいつの周りに女の人達が群がっている。

「あれどうしたんですか」

「あのエロオヤジ。盗撮していたらしいぞ」

「盗撮ですか」

「あぁ。床に置いたスマホで堂々盗撮。ずっと動画回していたらしいぞ」

「えっ!」

「本人は全否定。たまたまだってさ。
 でも少なくとも半年前から盗撮してたっぽいぞ」

 胸がスッとした。
 頭がスッキリした。
 気分が穏やかになった。

 昼食をとる。周りでも盗撮事件の話をしている。

 酸素がよく吸える。昼食後、気持ちの良い睡眠。三ヶ月ぶりだ。本当に気持ちが良い。


「負のエネルギーは美味しいね。栄養価も高い。健康と美に良い」
「こいつの負のエネルギーはなかなかだね。まだまだ絞り取れそうだよ」
「一般人より純度が高い。最高の負だよ」
「なかなか良い食べ物を探せたね」
「ここ地球だと結構楽に手に入るよ」
「さすがは地球。あのクズ達の畜産場って噂は本当っぽいな」
「大丈夫なのか。あいつらを敵に回すと面倒だぞ」
「これぐらいなら文句は言ってこないよ。あいつらだって、俺らと敵対したい訳ではないだろう」
「このガキの次は?」
「あの盗撮ジジイ。あいつも三ヶ月後には極上の負を作ってくれるよ」
「良いねぇ」
「あのガキはまだまだ負を抱えている。その原因達はまだまだある。あの盗撮ジジイみたいにタネを植えるよ」
「あぁ、極楽だな」
「あぁ、地球の負は最高だよ」


 僕は目を覚ました。一五分程しか寝ていない。しかしスッキリしている。

 最高。

 最高。

 何か夢を見ていた。何も覚えていない。どんな夢だったんだろう。気分は最高。きっと良い夢だったんだろう。

 鳥人間はすごい。
 言われた通りにした。
 それだけ。
 それだけで僕は救われた。

 神。

 簡単に使いたくない言葉。しかし鳥人間は僕からしたら神。
 
 本当に救われた。

 ありがとう。神のような鳥人間。

 その日の夜。
 鳥人間はいなかった。

 その代わり、声が聞こえるようになった。僕の声も届けられるようになった。

 僕を救ってくれてありがとうございます。

 星が上から下へ流れる。
 上から下へ。

 地球も同じ。

 上から下に落ちる。
 それが地球の常識である。
 下から上へ登る事はない。


 自由とは不完全である。


 僕の目の前に文字が浮かんだ。

「自由とは不完全?どういう意味だ?」

 僕は呟く。

 その文字はすぐに消えた。
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