禁断食堂へようこそ

佐倉有栖

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受賞作のフルコース

第六話

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 ね? 簡単なことでしょう?
 そう言ってウィンクを投げてくるが、全然簡単なようには聞こえなかった。

「嘘を信じる?」
「あなたの書く物語は、ノンフィクションなの?」
「違います」
「なら、フィクション、つまりは虚構。この世のどこにも存在しない世界、いない人間、あるはずのない会話、起こりえない物語、そうじゃない?」

 十夜の書いている話は、ファンタジーだった。ドラゴンやゴブリンが闊歩する世界は、当然ながら現実ではない。この世界には魔王もおらず、勇者の剣を求めて天空の都市を冒険することもない。
 今までの人生で見聞きしてきた物語を糧とし、想像力を膨らませて描いた世界は、細部にまで気を使ったつもりだった。
 手書きの地図も用意し、物語には関係のない各国の年表まで作った。大学ノート数冊分にわたって書き連ねた世界は、ときおり夢の中にまでその手を伸ばしてきた。
 勇者一行と共に冒険をしたことだって、何度もあった。それほどまでに、十夜の中では真実の物語として芽吹いていた。

「でも……なら、なんで……なんで俺の話は、選ばれなかったんだ?」

 押し殺していたはずの感情が爆発する。

「世界観だって、キャラクター設定だって、ちゃんと作った。受賞した話よりも、よっぽど作り込んだはずなんだ。それなのに、なんでっ!」
「ちょっと待って、話が見えないわ。えぇっと……ひとまずは落ち着いて。深呼吸をするの」

 混乱したように目を白黒させながら、男性が両手を十夜の方に向けて落ち着くようにジェスチャーをする。
 吸って吐いてと言う指示に従って深呼吸を繰り返すと、不思議と心が落ち着いてきた。

「つまり、十夜君は何かの賞に挑戦して、残念ながら落選したってことよね?」

 唇をかみしめながら、小さく頷く。一次通過発表の時からすでに数か月たっているにもかかわらず、未だに心の奥底では納得していない自分がいることに気づいた。
 ポツポツと、自分がどれだけの情熱をこめて作品を作っていたのかを話し出す。なかなか筆が進まずに徹夜をした話や、初めて良い評価を貰えた日の話、感想がついたときの話。思いついた順番に話していたため時系列もバラバラで、聞いていて面白い話でもなかっただろうに、男性は一切口をはさむことなく、ときおり相槌を打つ以外は静かに十夜の話に耳を傾けていた。

 そんな男性の姿に、十夜の口もより滑らかになった。
 日頃の鬱憤を晴らすように、受賞作について十夜なりの評価を口にする。
 何番煎じとも知れない、ありきたりな物語。特定のワードを入れただけの、無個性の話。何故受賞したのか、さっぱり分からない作品たち。
 一度口にしてしまうと、止めどなく感情が溢れ出す。だんだん否定の言葉が多くなり、次第に相手を落とすような言いかたになる。

 チリリと、首筋に鈍い痺れを感じる。いつの間にか、暖かかった空気がひんやりとしたものに変わっていた。鼻先に冷たい痛みを感じ、指先や足先の感覚がなくなる。
 目の前に座る男性が苛立っている雰囲気を感じる。しかし、彼の表情は先ほどから少しも崩れていない。口元に柔らかな微笑みを浮かべたまま、じっと十夜を見つめていた。
 美しいヘーゼルの瞳と目が合う。魅惑的な瞳に浮かんでいるのは、軽蔑だった。
 ひゅっと喉が鳴り、十夜の意思を無視して零れ落ちていた言葉たちが消えていく。十夜が黙り込んだことで、両者の間に気まずい沈黙が下りた。もっとも、気まずいと思っているのは十夜だけだろうが。

「十夜君は、本当に受賞作が何の面白みもない、ただのテンプレートの焼き回しだと思っているの?」

 果たして自分はそんなことを言ったのだろうかと思うが、きっと言ったのだろう。心の奥底では、今回の受賞作はネット上にたくさん転がっている話の固有名詞だけを変えただけだと思っていた。

「無個性で、何で受賞したか分からない作品って、そう思ってるのね? 読んでもいないのに」
「読んではいないですが、でもタイトルとあらすじで大体わかります」
「そう。まぁ、最近はあらすじを兼用しているような、一目で内容がわかるタイトルが多いわよね。その分、どうしても既視感がある単語が並んだり、ね」
「そうなんですよ!」

 同意を得たとばかりに食いつけば、男性は小さく首を振って十夜の淡い期待を否定した。

「別に、それがダメとも良いとも言ってないわ。利点も欠点もあるのを分かった上で、どちらを取るかは作者の勝手だもの。私が気になったのはね、タイトルやあらすじだけで読んだ気になってあれこれと持論を展開して、面白くない話だと決めつけてる十夜君の姿勢よ」

 ピシャリと言い放たれた言葉は冷たく、十夜の胸に突き刺さった。

「本当に、今回の受賞作が十夜君の言うように、無味無臭の話なのかどうか、実際に確かめてみる? 作者の思いが詰まった生きた文章かどうか、判別する手段ならあるんですもの」

 男性が空中で人差し指をクルクルと回す。その指先からは何も出ていなかったが、本棚に並んだ本たちが武者震いのようにガタガタと震える音がした。

「でもその前に、一本だけ電話をかけさせてね。本になっていないお話をコピペするのは、ちょーっと手順が必要なのよ」
「えっ、電話をかけるんですか?」
「そうよ、当然でしょう。メールでも良いんだけど、どうしても返事を待つ時間が長くなっちゃうからね。電話のほうが手っ取り早いでしょう?」

 それまで冷たい表情を浮かべていた男性の顔が、悪戯っぽい笑顔に変わる。

「なあに、その顔。まさか、私は電話を使わないでも他人と意思疎通ができるとでも思った? 残念ながら、そんな超能力はないのよ。人と連絡を取るときは、スマホを使うに決まってるでしょう」

 ポケットから取り出したスマートフォンを左右に振る。ターコイズ色の石がついたストラップが揺れ、蛍光灯の光を反射してキラキラと輝いた。
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