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受賞作のフルコース
エピローグ
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千早にメッセージを送ると、すぐに折り返しの電話がかかってきた。
十夜は帰宅を急ぐ人々の間を縫うように歩きながら、通話ボタンをスライドさせると耳に押し当てた。
「もしもし? 仕事は終わったの?」
「実はまだ終わってないんだけど、ちょっと時間が空いたから。それで、無料で良いって言うのはどういうこと?」
「俺にもよく分かんないんだけど、先方の手続きがどうとかで、今回は無料で良いからって」
電話の向こうで千早がクスクスと笑いだし、何故笑われたのか分からずに困惑する。
「なに? 無料だと何かあるの?」
「違う違う。同じだなって思って。私もね、最初に行ったとき無料で良いって言われたのよ」
「そうだ、千早姉、レッドスカイファイアードラゴンの肉食べたんだって?」
「うん、美味しかったよ」
あっさりと言われた感想に、思わず脱力しそうになる。
レッドスカイファイアードラゴンがどんなドラゴンだったのか力説しようとして、駅に近づくにつれて徐々に増えてきた人混みを見て口を閉ざす。どうせなら、今度千早にウィスティリア・ネームレスの本を渡して読んでもらったほうが良いだろう。
ファンタジーを好んでは読まない千早だったが、読書自体は嫌いではないはずだ。
「十夜はどんな料理を食べたの?」
「色々食べたよ。フレンチのフルコースだったから。しかもその後に、文字でできた食べ物は心の栄養にはなっても体の栄養にはならないからって言われて、ラーメンに連れて行かれた」
大盛りチャーシュー麺はまだ十夜の胃の中で、グルグルと消化を続けている。
最初はとても食べられないと思っていたのだが、男性お勧めのラーメン屋は味が良く、一口すすれば次から次へと食べたくなった。気づけば、残ったスープに投入する用の白米まで注文している有様だった。
「そうだったの? 十夜、お財布は持ってた?」
「持ってたけど、ここはおごるから! って言って払ってもらった。ちゃんとお礼は言ったけど、千早姉が行ったときも言っといてくれる?」
「分かった、忘れずに言っておくね」
ごそごそと、電話の向こうで千早が動く音がする。几帳面な彼女のことだ、きっとメモ帳でも探しているのだろう。
「……あのさ、千早姉……俺、小説書いてるんだ」
「うん」
今度読んでみてほしい。
その一言が、喉につかえてなかなか出てこない。
もごもごと言いあぐねているうちに、駅まで来てしまった。ポケットから電子マネーを取り出し、かざせば電子音と共に改札が開いた。
「あっ、もう駅着いたんだ? 気をつけて帰りなね」
駅のアナウンスは、電話口から千早の耳にも届いたようだ。気をきかせて通話を切ろうとする千早を引き留め、何とか言葉をひねり出す。今を逃したら、言い出せなくなってしまう気がしたのだ。
「こっ、今度さ……千早姉が暇なときで良いからさ……読んで、みてほしいかなって……できればで、良いから」
「読んでも良いの?」
嬉しそうな千早の声に、ほっと安堵する。
「感想とかアドバイスとか、あれば聞きたいなって」
「アドバイスができるかは分からないけど、感想は言うね。タイトルとペンネームは? まさか、北上十夜で書いてるわけじゃないんでしょう?」
「当たり前だよ。そこらへんは、あとでメッセージ送る」
「待ってるね」
最寄り駅を通る電車が来ると、アナウンスが響く。十夜は指示通り白線の内側で待機をすると、迫りくる電車に目を向けた。
「じゃあ、電車来るから、また」
「うん、またね」
電話を切る直前、小さな声で最後に一言告げる。
「千早姉、ありがとう」
電車が風をまといながら入ってくる。風の音と人々の喧騒の中、その言葉が届いたのかは分からないが、届かなくとも千早に気持ちは伝わったと信じている。
スマホをポケットにねじ込み、電車に乗り込む。行きほど空いてはいなかったものの、ポツポツと空席があった。
十夜は席には座らずに扉の隣に立つと、夜に沈みつつある街を眺めた。
夜空には白い三日月が浮かび、星が輝き始めていた。地平ではまだ沈み切っていない太陽がオレンジ色に周囲を染め上げ、人々やビルの間に濃い影を描いていた。
昼から夜へと切り替わるグラデーションが美しくて、十夜はぼんやりとそれを眺めながら、久しぶりに書く語の続きをどうしようか考えていた。
頭の中はすでに、ドキドキワクワクするような無限の物語の世界へと旅立っていた。
十夜は帰宅を急ぐ人々の間を縫うように歩きながら、通話ボタンをスライドさせると耳に押し当てた。
「もしもし? 仕事は終わったの?」
「実はまだ終わってないんだけど、ちょっと時間が空いたから。それで、無料で良いって言うのはどういうこと?」
「俺にもよく分かんないんだけど、先方の手続きがどうとかで、今回は無料で良いからって」
電話の向こうで千早がクスクスと笑いだし、何故笑われたのか分からずに困惑する。
「なに? 無料だと何かあるの?」
「違う違う。同じだなって思って。私もね、最初に行ったとき無料で良いって言われたのよ」
「そうだ、千早姉、レッドスカイファイアードラゴンの肉食べたんだって?」
「うん、美味しかったよ」
あっさりと言われた感想に、思わず脱力しそうになる。
レッドスカイファイアードラゴンがどんなドラゴンだったのか力説しようとして、駅に近づくにつれて徐々に増えてきた人混みを見て口を閉ざす。どうせなら、今度千早にウィスティリア・ネームレスの本を渡して読んでもらったほうが良いだろう。
ファンタジーを好んでは読まない千早だったが、読書自体は嫌いではないはずだ。
「十夜はどんな料理を食べたの?」
「色々食べたよ。フレンチのフルコースだったから。しかもその後に、文字でできた食べ物は心の栄養にはなっても体の栄養にはならないからって言われて、ラーメンに連れて行かれた」
大盛りチャーシュー麺はまだ十夜の胃の中で、グルグルと消化を続けている。
最初はとても食べられないと思っていたのだが、男性お勧めのラーメン屋は味が良く、一口すすれば次から次へと食べたくなった。気づけば、残ったスープに投入する用の白米まで注文している有様だった。
「そうだったの? 十夜、お財布は持ってた?」
「持ってたけど、ここはおごるから! って言って払ってもらった。ちゃんとお礼は言ったけど、千早姉が行ったときも言っといてくれる?」
「分かった、忘れずに言っておくね」
ごそごそと、電話の向こうで千早が動く音がする。几帳面な彼女のことだ、きっとメモ帳でも探しているのだろう。
「……あのさ、千早姉……俺、小説書いてるんだ」
「うん」
今度読んでみてほしい。
その一言が、喉につかえてなかなか出てこない。
もごもごと言いあぐねているうちに、駅まで来てしまった。ポケットから電子マネーを取り出し、かざせば電子音と共に改札が開いた。
「あっ、もう駅着いたんだ? 気をつけて帰りなね」
駅のアナウンスは、電話口から千早の耳にも届いたようだ。気をきかせて通話を切ろうとする千早を引き留め、何とか言葉をひねり出す。今を逃したら、言い出せなくなってしまう気がしたのだ。
「こっ、今度さ……千早姉が暇なときで良いからさ……読んで、みてほしいかなって……できればで、良いから」
「読んでも良いの?」
嬉しそうな千早の声に、ほっと安堵する。
「感想とかアドバイスとか、あれば聞きたいなって」
「アドバイスができるかは分からないけど、感想は言うね。タイトルとペンネームは? まさか、北上十夜で書いてるわけじゃないんでしょう?」
「当たり前だよ。そこらへんは、あとでメッセージ送る」
「待ってるね」
最寄り駅を通る電車が来ると、アナウンスが響く。十夜は指示通り白線の内側で待機をすると、迫りくる電車に目を向けた。
「じゃあ、電車来るから、また」
「うん、またね」
電話を切る直前、小さな声で最後に一言告げる。
「千早姉、ありがとう」
電車が風をまといながら入ってくる。風の音と人々の喧騒の中、その言葉が届いたのかは分からないが、届かなくとも千早に気持ちは伝わったと信じている。
スマホをポケットにねじ込み、電車に乗り込む。行きほど空いてはいなかったものの、ポツポツと空席があった。
十夜は席には座らずに扉の隣に立つと、夜に沈みつつある街を眺めた。
夜空には白い三日月が浮かび、星が輝き始めていた。地平ではまだ沈み切っていない太陽がオレンジ色に周囲を染め上げ、人々やビルの間に濃い影を描いていた。
昼から夜へと切り替わるグラデーションが美しくて、十夜はぼんやりとそれを眺めながら、久しぶりに書く語の続きをどうしようか考えていた。
頭の中はすでに、ドキドキワクワクするような無限の物語の世界へと旅立っていた。
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