73 / 197
マレ
しおりを挟む(柳沢 希)
スマホに届いていたメッセージ。
その送り主の少女を想った。
かつて、バレエに人生を捧げていたいた頃。
共に在った妹のような少女のことを。
私はバレエというものを、結局どれだけ追い求めていたのだろう。
きっかけは憶えてもいない。
ただ、親に連れられて行った教室に、いつの間にか通うことになっていた。その頃は母の友人の子たちも一緒だった。たしかマユちゃんとえっちゃん。正確な名前は多分知らない。
ふたりはいつの間にか居なくなっていた。
親が友人同士ということもあり、一緒に送迎してもらったり、帰りにどこか寄ったりと、それなりに仲は良かったと思うが、如何せん未就学児の交友関係だ。環境によるつながりがなくなれば関係性は自ずと途絶える。そのことに特に何の感慨も無かった。
同時に入会した子たちが気付いたら居なくなっていた頃から、同世代の中で頭が一つも二つも抜けた成績を出すようになった私に、まずは母が熱中し、やがて父も心血を注いでくれるようになっていった。
教室には日々新しい子たちが入ってくる。会話をする子もいれば、一度も話すことなく終わる子もいる。憶えている子も居るし、認識すらしてない子もいるだろう。
親の支援を、或いは熱中を、一身に受けバレエに取り組んでいった私は、一層バレエに没頭した。没頭をすればするほど、周囲は日に日に色を失った世界へとなっていった。
ある日、バーレッスンの隣が、ほんのり優しく灯るような温かさを伴う色で彩られていた。
まだ小さなその色は、その名前の通り、希望に満ちていて。
希。
きらきら輝く瞳は、好奇心と憧れに彩られていて、たくさん話しかけられた言葉以上にマレの想いを語っていた。
別世界の住人のように見えたお姫さまだか妖精さんだかが、目の前にいるのだ。興奮を抑えろというのが無理な話。
私のことをそのように語ってくれる少女に、はっきり言って私も悪い気はしていなかった。
幼い後輩が明らかに自分を慕い、尊敬し、隙があればついてきて話しかけ、一緒に踊れば一生懸命私を真似ようとしている。可愛くないわけがない。
同じ夢を見た、同じ道行きを往く、みっつ年下の女の子。
気がつけば、一緒にいることが多くなっていた。
私にも、資質という点で言えば相当なものは持っていたという自負はある。
同時期に始めた子たちを早々に彼方へと置き去りにし、前を進んでいる先輩たちすらあっという間に抜き去った。
親や教室、先生の期待に応えられる自信もあったし、そのことに喜びも見い出していた。
しかしマレは、モノが違っていた。
いつしか私の模倣の範疇には納まらなくなっていたマレ。
マレの資質は、私を軽く凌駕していた。
技能や身体的な素養にはそこまで大きな差は無かったかもしれない。得意不得意を見れば、私の方が優れている要素もあった。
静謐さや美しさ、流麗さは私の演舞を評する際によく用いられる属性だった。
私を模倣していたマレにも、それを表現する技能は備わっていた。そのうえで、マレの演舞は「その芯で静かに熱を放つ塊」の要素が顕れていて、観るものを惹き込み、評価するものをも熱くさせた。
その熱は、強く激しい演目とも相性が良く、解放された熱は躍動感という表現を通り越し、ダンスにて現わされる「歓喜」も「怒り」も「悲しみ」も、すべての感情が「鬼気迫る」段階まで引き上げられていた。
私では、私の演舞では、表現しきれなかった部分だった。
溶鋼は静かに熱を放つ。
熱く重く、しかして変幻自在の熱の塊は、自らと周囲を滾らせ、或いは火をつける。
だけどその溶鋼が冷めたとき。
靭くて硬い鋼になるのかもしれない。でも精製の仕方次第では、脆い仕上がりとなることもある。
マレがしなやかな靭さで在り続けるために、私は失えないピースだったのだろうか。
これが自意識過剰な自惚れだったのなら良いのに。もしそうならマレに思いっきり笑ってもらいたい。そうしたら、私も照れながら笑うのだ。
だけどそれは、詮無い妄想に過ぎない。
0
あなたにおすすめの小説
スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
何かを諦めて。
代わりに得たもの。
色部誉にとってそれは、『サンバ』という音楽で使用する打楽器、『スルド』だった。
大学進学を機に入ったサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』で、入会早々に大きな企画を成功させた誉。
かつて、心血を注ぎ、寝食を忘れて取り組んでいたバレエの世界では、一度たりとも届くことのなかった栄光。
どれだけの人に支えられていても。
コンクールの舞台上ではひとり。
ひとりで戦い、他者を押し退け、限られた席に座る。
そのような世界には適性のなかった誉は、サンバの世界で知ることになる。
誉は多くの人に支えられていることを。
多くの人が、誉のやろうとしている企画を助けに来てくれた。
成功を収めた企画の発起人という栄誉を手に入れた誉。
誉の周りには、新たに人が集まってくる。
それは、誉の世界を広げるはずだ。
広がる世界が、良いか悪いかはともかくとして。
スルドの声(共鳴) terceira esperança
桜のはなびら
現代文学
日々を楽しく生きる。
望にとって、それはなによりも大切なこと。
大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。
それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。
向かうべき場所。
到着したい場所。
そこに向かって懸命に突き進んでいる者。
得るべきもの。
手に入れたいもの。
それに向かって必死に手を伸ばしている者。
全部自分の都合じゃん。
全部自分の欲得じゃん。
などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。
そういう対象がある者が羨ましかった。
望みを持たない望が、望みを得ていく物語。
スルドの声(共鳴2) terceira esperança
桜のはなびら
現代文学
何も持っていなかった。
夢も、目標も、目的も、志も。
柳沢望はそれで良いと思っていた。
人生は楽しむもの。
それは、何も持っていなくても、充分に得られるものだと思っていたし、事実楽しく生きてこられていた。
でも、熱中するものに出会ってしまった。
サンバで使う打楽器。
スルド。
重く低い音を打ち鳴らすその楽器が、望の日々に新たな彩りを与えた。
望は、かつて無かった、今は手元にある、やりたいことと、なんとなく見つけたなりたい自分。
それは、望みが持った初めての夢。
まだまだ小さな夢だけど、望はスルドと一緒に、その夢に向かってゆっくり歩き始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
千紫万紅のパシスタ 累なる色編
桜のはなびら
キャラ文芸
文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。
周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。
しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。
そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。
二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。
いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。
※表紙はaiで作成しています
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
