スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら

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ゆっくりの帰路

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(要と誉)

 要さんはミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開け、喉を鳴らしながら水を飲んだ。
 お酒を飲み過ぎている要さんを少しでも楽にさせようと、見つけた自動販売機で買ってあげたのだ。酔っていているしグダっていた要さん。意識は虚であっても、「自分で出す! 誉の分も買ってあげる!」と言ってきかなかったが、私だって酔っている要さんくらいは制することができる。「良いですから!」と強引に買い、要さんにペットボトルを押し付けたのだった。


「誉は情けないところもたくさんあるけど、そこも込みで魅力になってるってすごいんだよ」


 ほかの人に言われたら、もしかしたら嫌味かもしれないと思う内容でも、要さんが言ってくれるなら言葉通りに捉えられる。とはいえ、情けないをそのまま良してしまうような甘えた発想を是とすべきではないのもわかっている。

 
「誉は……ほんと、情けないところすごいあるけど」
「わ、わかってますよぅ。仰る通りです」

 
 大学入ってからも助けられてばかりだ。
 ここ数カ月、人生に影響を与えそうな場面のほとんどで要さんの助けを借りている気がする。

 
「でもそれがどんどん誉をなんとかしたい人たちに波及していって、いつの間にか誉を中心とした目的を遂行する集団が出来上がっている。私も……その内のひとりなんだからね。やれることあったらさ、なんだって言ってよ。変に気負ったり、背負い込んだりしないで頼ってよね」

「すでにたくさん頼ってますし、多分やめたくてもすぐに良くなるってことはないと思うのでしばらくこのままかと……情けなくてすみません」
 
「良いんだって! って言いつつ、今わたしも相当情けないことなってるけどね。ごめんね」

 要さんの手元のペットボトルは、中身が半分ほどになっていた。
 私ができることなんて、酔った要さんを支え、水を与えることくらいだ。
 せめて、できることくらいはさせてもらいたい。

「たまには私だって要さんの役に立ちたい! だから、良いんです! 今日は要さんがちゃんと寝るまでエスコートしますよ。こういう時帰る家が同じだと良いですよね」
 
「んー、ごめん、今日は面倒見てもらう―……」
 
 要さんの右腕を、介助するように組んでいる左腕にかかる重さが、なんだか心地が良かった。

 夜道はすでに住宅街に差し掛かっている。
 物音は遠くの街道からたまに微かに聞こえる大型トラックと思しき、車両の走行音くらい。道ゆく人は見当たらない。

 おでん屋さんからは普通なら歩いて十分程度の道のりを、私たちは二十分弱かけてゆっくり歩いた。
 
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