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当日
しおりを挟む(色部 誉)
あいにくの曇天。予報では午後には雨が降るらしい。湿度は高くて蒸し暑い。屋内でのイベントは天候に左右されないのがありがたい。
現在時刻は午前九時半。開場は午後。しかし会場には準備のため、主催者となってくれたDJのランドさん、音響のしょーちゃんたち、その他『ソルエス』メンバーや有志で集まってくれたスタッフが既に来ていて設営を行っている。私も主催者に混ざって会場側の担当者と、会場を紹介してくれたアキちゃんも含めて最終的な打合せをしていた。
控室は既に解放されているので、既に一部の出演者も集まってきている。私も簡単な打合せを終えたら、あとは主催者やスタッフさんに任せて、出演者としての準備に入るつもりだ。
いよいよイベント当日。気軽さを旨としたイベントとは言え、開場前の準備に追われる独特の雰囲気は否応なしに高揚感や緊張感を与えてくれる。
「ほまれちゃん! おはよー」
「おはよー」
マレとのんちゃんがやってきた。のんは楽器も持って来ているから大荷物だ。少々身軽なマレが、大きく膨らんだエコバッグを片手に下げている。来る前に買い込んだ二人分のお昼ごはんやドリンク、おやつだろうか。仲が良さそうで何よりだ。
「おはよう。いよいよだね」
「うん、楽しみ!」
「うん、あー、緊張するなぁ」
そっくりな顔のふたりはそっくりな表情で、逆の言葉を言った。
舞台慣れしていて度胸もあるマレ。
強気そうな表情の割に控えめなのん。
だけど、意外と繊細なマレ。
実は、芯は強いのん。
双子でも、色々なところに違いがある。当たり前だけど、どんなに似ていても、一緒に居たとしても、セットではなく、個々で異なる人物として扱うべきなのだ。
「はよー」
るいぷるがジアン、ミカと一緒に入ってきた。ふたりとも住んでいる場所からは少し遠い。待ち合わせて来たのだろうか。三人ともキャスター付きのスーツケースを片手で引き、もう一方の手にはスタバのカップを持っている。なにそのシアトルスタイル? おしゃれな社会人が出張に行く感じみたい。
次々に集まってくるメンバーに混ざり、私も控室へと行った。
複数演目に出る出演者は、なるべく連続にならないように順番が組まれている分、満遍なく出番が回ってくる。
早い段階の出番に備え、メイクや衣装の準備と、できれば同ユニット内で簡単な合せもしたかった。
順番は考慮されているとはいえ、全員にとって不都合の無い順序にすることは物理的に不可能だ。タイミングと演目によっては早着替えを想定した準備もしておかなくてはならない。
私にとっての鬼門は『confusão』からの『まれほまれ』だ。
間に一演目しか入っていない。この演目中に着替えてスルドを用意してスタンバイまで終えていなくてはならない。『まれほまれ』では私は踊らず、コンセプトとしてもマレを目立たせる構成なので、私の衣装自体は軽めだ。問題はないと思うがスムーズに着替えられるよう事前に準備はしておく。
逆に余裕のあるタイミングは舞台袖ではなく客席に行って観客と一緒に盛り上がりたい。
マレは人見知りをする方ではないがコミュニケーション能力が群を抜いて高いと言うほどでもない。
大抵の観客は仲間を伴って来ているだろうし、演者兼観客はほとんどが『ソルエス』関係者かサンバ業界のひとたちだ。
お互いが顔見知りだったり旧知だったりする。そんな中、マレは元々の知り合いは私とのんちゃんしかいない。ある意味アウェーの地だ。
気にしすぎかもしれないが、なるべく孤立しないように近くにいてあげたい。
大きなお世話だろうか? つい先日も、私は要さんに『私に対して過保護すぎです!』と言ったが、決して嫌というわけではない。むしろ嬉しい。それでも、要さんにあまり迷惑を掛けたくないという想いと、さすがにいつまでも守ってもらっているのは情けないという気持ちからの言葉だ。マレも同じように思うかもしれないが、嫌ということではないはず。ならば、直接言われるまでは気を使わせてもらおう。
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