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小国さんとの面談
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小国さんとは定期的に『divine finger』の応接室で面談の機会が設けられていた。
あの監督だし、素人だし、スタート時点での約束もあるしということで、カウンセリングも兼ねた面談だ。
特有の事情があるとはいえ、一演者に対し、まして主要の役でも無ければプロダクションに所属しているわけでもない一個人に、ここまで手を掛けるのは特例中の特例だろう。
「慣れた、というほど期間も回数も重ねたわけではありませんが、傍目にはだいぶ馴染んでいるように見えます。負荷が減って居たら良いのですが、実際のところどうですか?」
率直に言って欲しいという小国さんは、穏やかな笑顔で話しやすい雰囲気を作り、傾聴の姿勢を取ってくれている。
お陰でというか、元々あまり緊張する性質ではないことも手伝ってか、今は正直とてもリラックスした状態だ。
構造上深く腰をおろさざるを得ない身体が沈み込み様な革張りのひとり掛けソファの座り心地や、ふたりの前に置かれているホットのカモミールティの香りも効果的なのかもしれない。
「はい、お陰様で……撮影自体はちょっと楽しくなってきた気がします。妃夜さん――高梨さんとも少しずつ話せていますし、それも楽しいです。あ、それと! いつも差し入れありがとうございます。この前のドーナツ嬉しかったです」
待ち時間が長かった日。思いがけず妃夜さんと、たくさんではないがこころを少し通わせた会話を交わすことができた日。あの後そっと休憩所をのぞいたら、ドーナツは一種類ずつ残されていて、無事限定のものも食べられた。きっと、スタッフさんが気を使って私の分として一通り残しておいてくれたのだろう。
妃夜さんとのことを話す私に頷きながら、おお、いつの間に名前で――なんて、小国さんは独り言のように呟いて驚いていた。
「監督は、まあ、相変わらず、怖くないとは言えないですけれど、そういうものなんだと思えば、なんとか……理不尽だなと思うこともまだまだいくらでもありますが。なんていうんでしょう。そういうのも、なんか見方? によっては、ある意味『カワイイ』まであるんじゃないかなんて思うようになったりとか……」
ぶはっ!
聴きながら優雅にカモミールティを口に含もうとしていた小国さんが、なんとも表現し難い新たな監督への見え方を無理やり言葉にした内容が素っ頓狂だったのか、派手に咳き込んでいる。普段沈着で感情が安定したタイプの小国さんなので、この様子は結構レアものだ。
あの監督だし、素人だし、スタート時点での約束もあるしということで、カウンセリングも兼ねた面談だ。
特有の事情があるとはいえ、一演者に対し、まして主要の役でも無ければプロダクションに所属しているわけでもない一個人に、ここまで手を掛けるのは特例中の特例だろう。
「慣れた、というほど期間も回数も重ねたわけではありませんが、傍目にはだいぶ馴染んでいるように見えます。負荷が減って居たら良いのですが、実際のところどうですか?」
率直に言って欲しいという小国さんは、穏やかな笑顔で話しやすい雰囲気を作り、傾聴の姿勢を取ってくれている。
お陰でというか、元々あまり緊張する性質ではないことも手伝ってか、今は正直とてもリラックスした状態だ。
構造上深く腰をおろさざるを得ない身体が沈み込み様な革張りのひとり掛けソファの座り心地や、ふたりの前に置かれているホットのカモミールティの香りも効果的なのかもしれない。
「はい、お陰様で……撮影自体はちょっと楽しくなってきた気がします。妃夜さん――高梨さんとも少しずつ話せていますし、それも楽しいです。あ、それと! いつも差し入れありがとうございます。この前のドーナツ嬉しかったです」
待ち時間が長かった日。思いがけず妃夜さんと、たくさんではないがこころを少し通わせた会話を交わすことができた日。あの後そっと休憩所をのぞいたら、ドーナツは一種類ずつ残されていて、無事限定のものも食べられた。きっと、スタッフさんが気を使って私の分として一通り残しておいてくれたのだろう。
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「監督は、まあ、相変わらず、怖くないとは言えないですけれど、そういうものなんだと思えば、なんとか……理不尽だなと思うこともまだまだいくらでもありますが。なんていうんでしょう。そういうのも、なんか見方? によっては、ある意味『カワイイ』まであるんじゃないかなんて思うようになったりとか……」
ぶはっ!
聴きながら優雅にカモミールティを口に含もうとしていた小国さんが、なんとも表現し難い新たな監督への見え方を無理やり言葉にした内容が素っ頓狂だったのか、派手に咳き込んでいる。普段沈着で感情が安定したタイプの小国さんなので、この様子は結構レアものだ。
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