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看護
しおりを挟む(上杉 要)
「誉っ、大丈夫?」
「え、……あー、はい」
勝手に部屋に入ってごめんと、要さんは詫びながら、「誉は今日午前あるでしょ? なかなか起きてこないから大丈夫かなって様子を見に来たら、汗すごいし少しうなされているようだったから……」と、申し訳なさ三割、心配七割くらいの表情で、入室と声を掛けた経緯を説明してくれた。
そうだ、今日はとっている講義が午前中にある。
大丈夫かと訊かれると、少しだるい。
要さんの言うとおり、結構汗をかいたらしくナイトウェアが湿っていて気持ちが悪い。
「ねえ、熱あるんじゃないの?」
心配そうな要さんにされるがまま、熱を測った。三十七度一分。
低くはないけど、これくらいが平熱の人だっている。
要さんが体温計と一緒に持ってきてくれた、お湯で濡らした暖かい湿ったタオルでさっと身体を拭き、替えの下着に着替えながら、自分の状態を考えてみる。
頭痛や吐き気や腹痛やくしゃみや鼻詰まりや咳などなど。明らかな体調不良の症状は無い。
やや身体が重く、気怠いくらい。体力は少し落ちている気がする。熱っぽさもあるが、さっき測った結果はそれほどでもなかった。
「うぅん……高熱ってわけじゃなくても、誉の平熱からしたら高いよね? 汗かいていたみたいだから熱は下がりつつあるのかも。それでも微熱があるなら、まだ万全じゃないってことでしょ? どうする? 今日は休んでおく?」
要さんの「疲れ、溜まってたんだよ。誉、全部頑張ってたから」という呟きは、私への労いというよりは独り言じみていて、心の底から心配している胸の裡がつい漏れ出てしまったようだった。
今日の予定は学校だけ。今後の予定の詰まり方を考えれば、出られるときは少しでも授業に出ておきたかったが……。
「はい、休んで完全に治し切ります」
ここで無理して不調が長期化するよりは、今日一日で完全回復を目指すことにした。
少し安心したような表情の要さん。
「今日はずっと一緒に居てあげるから」
要さんはいつも優しい。
でも、言葉の選択が、いつもと少し違う気がした。
普段の要さんなら、「今日はずっと家にいるから、なにかあったら言うんだよ」みたいな感じだと思う。
なんだろう、今日の要さんの言葉には、「甘い」ニュアンスが含まれていた。
休むことにした私は、先ほど着替えた新しい下着の上にこれも要さんが持ってきてくれたルームウェアを身に付けた。
「布団も取り換えるよ」要さんが至れり尽くせりで面倒を見てくれる。
少し寝てなと要さん。布団から顔を出した私はこっくりと頷いた。
「食欲は?」特に減退はしていないという私の自己申告に、「起きたときに口にできるようなにか用意しておくね」言うと、要さんは音を立てないように扉を閉めて退室していった。
まっさらで清潔感のある衣類と布団にくるまって。
安心感と温かい気持ちで身体が満たされて。
私はまた少し眠った。
今度は、夢は見なかった。
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