スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら

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剥き出しの

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「先ほどの色部さんたちとの約束があるから、そのままプロジェクトに関わるわけにはいかないでしょう。小国さん。あなたはこの世界に残り、禊を済ませ、筋を通して……その頃、大きなプロジェクトとなって若手のプロデューサーだけでは手に負えなくなっていたとき……」
 
 そこまで言うと、河内さんは私に少し申し訳なさそうな顔を見せた。
 
「彼から被害を受けた方がいる場で、適切ではないかもしれませんね。でも、私は今、己の思いと感情だけで話させてもらっています。不快に思われていたら申し訳ありません。被害者へのケアは、大前提で最低限クリアされているべきです。そこは首尾一貫ぶれませんのでご容赦いただければと」

 それは私に向けた言葉だ。
 私は頷きを返した。
 
「……小国さん。あなたはいくつもの噓をついたからな……簡単には許されないだろうよ。俺も、簡単に許す気はない。どうせ辞める気で、どうせやることがないなら、次は贖罪を目的に生きてみたらどうだ? 今回見せた執念と計画性で、必ず達成してくれるのだろう?」

 口調が変わっただけで、これほどまでに印象が変わるものなのか。
 目の前で話している大人は、ドライでビジネスライクなビジネスマンではなく、後輩や弟を諭す面倒見の良い先達に見えた。

「俺が一番許せなかった嘘はさ……あなたが『妹思いの兄などではない』と言ったことだ。手間や時間やカネをかけてここまでやっておいて、暇つぶしや愉悦のためだけだったなんて、誰が信じるよ。でも、それを俺が言っても説得力はないんだ……俺もまた、自分の心に蓋をして『仕事人』を気取っていたから。もう、取り繕うのはやめだ。小国さんに言われて、気が乗らない中で妹をブッキングしたんだが……そのことを妹に話した時の喜ぶ姿を見て、素直に嬉しいと思ったよ。それほどまでに喜んでくれた仕事を取り上げることになるのも、『仕事人』に徹していた俺は『この業界ではお流れなんてよくあること』と平静を装っていたが、本音では、あんなに喜んでいた妹の顔を曇らせることになると思ったら辛かった。それを隠していたのだから、俺だって嘘つきだった」

 戦略も会社の思惑も纏っていない、剥き出しの言葉。
 
「でも、俺は小国さんのおかげで、感情を優先して本音で仕事させてもらうことにしたから。次は俺の番だ。あんたには本音で生きてもらう」

 伝えたい相手に、伝えたい取り繕いのない言葉。
 
「業界に絶望したなら希望に換えろ。妹が傷を負ったなら癒してやれ。不貞腐れて厭世を気取って新たな不幸を撒くな。ガキくさい破滅願望の自己陶酔に浸るな」
 
 これは辛辣……!
 でも、若いころから馬が合い語り合った、社会に出てから得た『同志』。少し年上の河内さんは小国さんにとっての兄貴分だとしたら。
 本人の申告通り、本音でぶつかり、弟分の心を溶かそうとしているのだろうか。
 
「……俺も知らなかったよ。河内さん、あんた熱い男だったんだな」
 
 私も驚いた。河内さんがそういう感じの人だったなんて。
 
 小国さんは先程のやりとり同様に、また皮肉めいた言い方をしたが、表情から険は取れていた。
 
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